表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

1

「ほら見てみなよ」ポールは広場を指差した。

「まったくやつらといったら、知恵遅れにちがいない。頭がおかしいから、くだらないものを、さも大事そうに並べている。盲目もはなはだしい。やつらはおいらたちのことが見えていないんだ。おいらたちはやつらを見るのも不快だってのに、毎日のようにやってくる」ポールは嫌そうに、眉をひそめた。


 広場には、多くの名もなき集団がいた。ポールがいうように、彼らは毎日やってきていた。毎日広場にやってきては、腐ったオレンジを売っていた。オレンジはカビで包まれていてた。それらを買っている人を、僕はまだ見たことがなかった。


「あんなフジツボみたいなもの、誰が買うっていうんだい。誰も買うはずかないさ。猫だって手をつけない」ポールはせせら笑って、名もなき集団を見ていた。名もなき集団は何をするでもなく、ただ客を待っていた。


「でも、もしかしたら買う人はいるかもしれないぜ」


「いるはずがないさ。第一、買って何をするんだ? 食べるのか?」


「食べないだろうけど……」


「じゃあ、買う道理がない。食べないオレンジなんて、読まない本といっしょさ。意味がない」


 僕たちはしばらく、名もなき集団を眺めていた。彼らの一挙手一投足に、僕たちは反応した。例えば彼らが足を伸ばせば、立ち上がるのかと注目し、背中に手を伸ばせば、何かを取り出すのかと身構えた。けれども結局は、いつもと同じで、彼らはオレンジを売りにいこうとはせず、誰も買いにいこうとはしなかった。僕たちは、ほどほど飽きてしまった。



 やがて、給仕を終えてエカテリーナが、僕たちのテーブルに近づいてきた。エカテリーナはポールの横に座り、恋人のように身体をよせた。


「なにをみていたの?」


「あ、なに、かわいそうな人たちを見ていたんだよ。俺のかわいい小鳥ちゃんが気にすることじゃないよ」


「まあ、小鳥ちゃんだなんて」エカテリーナは恥かしそうに、顔を赤らめた。二人は楽しそうに話をはじめた。


「お邪魔なようなんで、失敬しようかな」僕は言った。


「あら、そんなつもりじゃなかったのよ」


「そうだよ、いてくれよ。お前がいないと、いちゃつきがいがない」


 彼らは笑った。面白くなかったけど、僕も笑った。僕はテーブルにつきなおした。この一杯を飲み終えたら帰ろうと思った。



 僕は名もなき集団の数を数えた。全員で十七人いた。それらは子供から老人まで幅広かったが、一貫して一回り小さかった。まるで、一枚肉を剥がされたのかと思うぐらいに、その小ささは目立っていた。


 そこに大男が現れた。集団との比較で、大男は樹木のようにも見える。大男は大またで名もなき集団に近づき、何かを放った。何かは地面で跳ね、金属音を響かした。しばらくそれは続き、そしてとまった。コインにちがいなかった。


「オレンジをひとつくれ」大男の顔は、不敵ににやけていた。


「おお、あいつ何をやる気だ」ポールも面白そうに、にやけていた。エカテリーナもつられて、にやける。周りも大男の行動を面白がってみている。誰しもがポールやエカテリーナのように、にやけていた。空気が重みをもって、沈んでいった。辺りのざわめきが静まる。それでも、辺りはいやらしいほどに明るかった。


「オレンジだ」大男はもう一度言う。名もなき集団は黙って、落ちたコインを凝視していた。まるで幼児が見知らぬ人をみているように、集団はコインをみている。しばらくして、集団の一人が、コインを拾った。ひどくやせた手だった。爬虫類のようにすばやく、コインを懐に入れる。かわりにオレンジをひとつ、恐る恐る差し出た。彼も笑っているようだった。


 大男はオレンジを受け取った。そして間髪いれず、それを集団に投げつけた。オレンジは爆弾のように破裂し、飛散した。


 それは一瞬の出来事だった。後に残ったのは、立ちすくむ集団と馬鹿笑いだけだった。僕はそれを遠くから見ていた。

 僕はとても笑えなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ