5-1.「どちらがずるい?」
無言無視の、(私からの一方的な)静かなる戦いの火蓋が落とされてまもなく。
私と由人の『きょうだい喧嘩』開始後、二日目にして――母による終戦協定の提案があった。
「あんたお姉ちゃんだから許してあげなさい」
勿論私は、そんな理由で許してたまるかと抵抗を試みたのだが、敵は強かった。
"黙りなさい、扶養家族"という言葉――最終兵器の投入をほのめかす母の恐喝に、私はあっけなく膝を屈することになった。
勝てるわけがない。学生である私は、遊ぶ金くらいはバイトで稼いでいるが、学費と生活費はまだ親に面倒を見てもらっている身分だ。
苦学生の道を選択できるほど、私は器用じゃない。
私は不満を胸に抱きながらも、しぶしぶ由人の所へ向かうはめになったのだった。
――と、ここまでが、先ほどまでの話。
訪ねた由人の部屋は真っ暗で、はじめは誰もいないのかと思ったが、かすかに身じろぎするような音が聞こえた。
部屋のスイッチを手探りしながら、呼びかける。
「……由人?」
かさり、と音がした。
音につられてそちらを見ると、少し暗闇に慣れた私の目が、布の塊を捉えた。
ひょっとして、暗がりで蹲っているようなあの物体が、まさか私が探している人間なのだろうか。
「いないの?」
「…理佳?」
今度は返事があった。
理佳。私の名前だ。
やはり、布の塊、と思ったものが由人だったらしい。
私の呼びかけに反応して、布巾の塊からもぞりと顔を覗かせたのは確かに私のおとうとだった。
そういえば、久しぶりに、由人に名前呼ばれたかもしれない――いつもお前、ってばっかり呼ぶんだから。
「――おねえちゃんって呼びなさいって」
口癖のようになった言葉を唇から吐き出した。
おねえちゃんなんて立場大嫌い、とさっきまで思っていた癖に、私は『おねえちゃん』という立場に縋っているのだから矛盾している。
「ヤダ。今は二人だからいいだろう?」
由人が頭をふった。小さな子供みたいに。
その仕草を見て、昔、こんなことがあったなと思い出す。
あの時も喧嘩をして、由人はおんなじように毛布の中にすっぽりと隠れて暗がりの中で蹲っていた。
大きくなってまでおんなじことをしていると思うと、おかしくなった。
黒くてもやもやしていた気持ちが少しだけ、すぅっと消えていく。
「あんた、何やっているの?」
「……なにもしていないよ」
「そんな毛布被って。寝てたの?」
「寝てはいなかったよ」
「じゃあ、そんな所で何していたのよ。…ねえ、まさかあんた泣いてたとか言わないでしょうね?」
流石にそこは小さい頃とは違うだろうと思いつつも、確認のために聞いてみる。
「……そんな訳はないだろ」
「そうよね」
私はいいながら、漸く探り当てた部屋の電気のスイッチを入れた。
急にぱっと明るくなって、目がくらみそうになる。
私も暗闇に目が大分慣れていたから、眩しさが目に染みて、瞬きした。
何度か瞬きして、漸く落ち着いた目で、由人を見た。
――少し、やつれたような気がする。
ゆっくりと近づいていくと、由人がぼんやりとした目でこちらを見上げた。
目元は腫れていなかったが、若干充血している。これは泣いたからというよりは、どちらかというと、余り寝ていないという顔だった。
「何もしてなかった……できなかった、が正解かな」
「へぇ?」
「もう、本当に口を聞いてくれないかと……」
さすがに堪えたよ、と由人は苦笑した。
「二日くらいで大げさね」
「理佳はこうと決めたらそこから動かないようなところもあるから、このままずっと続いたらどうしようかと。……そんなに怒るとは思わなかった。俺のこと、嫌いになった?」
「……ううん?」
嘘をつこうか、と一瞬迷ったけれど私はきちんと由人の言葉を否定した。
ここで嘘をついてもこじれるだけだと、私の経験が弾き出したから。
「そっか」
ほっとしたように由人が息を吐いた。
――ここが、きっと仲直りのタイミングだろう。
由人の気持ちは見えた、と思った。