3-2.「一番いい運動」
「相談があるんだけど」
私は帰宅するなり由人の部屋に押し掛けた。
ちらりと私を見た由人は、まずは座れと促した――――座れと、彼の膝の上に。
これは座らないといけないのか。
なんだろうか、この甘えモードは……。
もしや、昨日までの一件で調子づいたのだろうか。
じりじりと背中に冷たいものが流れたような気がするが、由人が引く気配がない。
諦めてため息をつくと、仕方なく言われるままに彼の膝の上に座った。
私はそのまま後ろを振り返るようにして、相談を切り出すことにした。
「……というわけで、体力つける為に運動した方がいいかと思ったんだけど」
「体力?何のために?」
不思議そうに由人が首をかしげた。
「……私がすぐへばるからさ。……今日、しんどかった」
もう、大学で力尽きるかと思った。
「麻美に相談したんだけど、とてもじゃないけど私にできそうな運動がなかったから」
「例えばどんな?」
「マラソン」
「ああ、無理だな」
由人は考える時間を一秒もとらず即答した。
確かに私には無理だけれど!――――もう少し考えてほしかった。
「水泳」
「やらせない」
「だよね……」
予想通り。
そうだよ、いい有酸素運動なのに、由人の我侭な理由でできないのだ。
口惜しい。
「エアロビ」
「どうせ、金がかかるからって自分から却下したんだろ」
「当り。……とまぁ、八方塞がりで。何かいい案ない?」
「適度に体力が付いて、カロリーも消費できて、楽で、金がかからない奴がいいんだろ?」
「うんうん」
あるのか、そんな運動!
期待に顔を輝かせて見上げると――由人はにやりと笑った。
なに、そのイヤな笑顔。
とても嫌な予感がした。
逃げ腰になりかかった私を、後ろからがっちりと由人が私を抱えこむ。
「あるだろ。……俺と毎日ヤればいいん…………」
私は最後まで言わせず、思いっきり頭を後ろに向かってぶつけてやった。
ガツンと凄い音がする。私も、正直少し痛かったがそんな場合ではない。
怯んで私を抱きしめる腕が緩んだのを確認して、腕から抜け出すと、私は部屋を飛び出した。
「アホかーーーーーーーー!!! いっぺん死んで来い!」
お姉ちゃんは、そんな奴に育てた覚えはありません!
1階から聞こえる母の、
「あんたたち、姉弟喧嘩もほどほどにしなさいよー?」というのんきな声には、
「由人が一方的に悪いの!」
という言葉と叩きつけて、私は自室に篭り、鍵を閉めて、さらに扉の前に物を置いてやった。
これでは入れまい。
教育には甘やかしすぎはやはりよくない。
躾が肝心だ。暫く冷たくしてやろう。少しは反省したらいいのだ。