2.「三度目の正直」
由人のいない場所ではお酒は飲みません。
約束したのは大分前のことだ。
はじめてお酒を飲んだ日、私は相当醜態をさらしたらしい。らしい、というのは私には記憶がさっぱりなかったせいだ。
一、二杯口を付けたところまでは覚えている。そのあたりで理性の箍が飛んだのか、記憶がなく、翌日爽快な顔で目覚めた私に待っていたのは、彼の物凄いしかめ面とお説教。
正座で座らされ膝詰めで説教。それは二時間以上にも及び、膝が痛くなった。
両親はそれを笑ってみていただけである。
そして、2回目にお酒を口にした時にも私の記憶はお空の彼方へとんでいってしまい、朝気づくなり目に入ったのは彼の仏頂面とお説教。
何時間お説教されたかは考えたくない。勿論膝は痺れて使い物にならなくなっていた。
3度目はないと言われていた。3度目をしたらお仕置きだとも。
そして迎えた3回目。例によって、前日の記憶はない。
これはやばいと冷や汗を流して、戦略的撤退を考えてみたが、既にお怒りモードスイッチオンの彼は唯一の逃げ場を見事に封じてくれている。
よりにもよって、私の部屋は2階で、運動神経に自信がない私は、飛び降りるということもできない。
そもそもパジャマ――――何時の間に着替えたのかわからないが、おそらく家族の誰かに着替えさせられたのだろう――――のままで外にいくこともできやしない。
と、なると彼がでっかい体で塞いでいる私の部屋の扉が、唯一の出入り口となる。
朝、私が目覚めた時には腕を組んで扉に寄りかかるようにして立ちふさがっていた。
「お前ね、何度言ったらわかるの? これ、もう3回目だよ? 二度はないっていったのよな」
大嘘つきめ!
彼は目には冷ややかな光を浮かべ、口元には笑みを浮かべるなんて器用なことをしながら、そんな言葉を口にした。
彼は怒っている時ほど良く笑う。長年の経験が、今、彼は相当怒っているという答えをはじき出した。
怒鳴られるよりも怖い。
「いや、由人の言ったことを忘れていたわけじゃないのよ?」
私はせめてもの言い訳を試みた。
「きちんと気をつけてましたとも。……ただ、その、まさか目の前にあったオレンジジュースがお酒だったとは気づいていなくて、ね」
えへ、と可愛く笑ってみたけれど、結果は彼の目に冷ややかさを増しただけだった。
火に油を注ぐ、と言う言葉を思い出したのは、既に言葉が口を離れてからだ。
「そんなことは問題じゃない。口にするもの全てに気を付けるようにといっていたはずだよな。酒弱いんだから」
じり、と由人が一歩迫る。私は逆にその分ずりずりと後ずさった。
「気をつけてたって! 確かに私が頼んだのはオレンジジュースだったの。……何故かアルコールに変わってたけど、ね、信じて!」
由人がまた一歩近づく。私はさらに後ろに下がった。
「信じる? どうやって?」
フン、と鼻で笑ってさらに一歩私を追い詰めた。私はもう少し下がろうとして、それ以上下がれない事に気づく。壁だ。
しかも、私はベッドの上。後がない。
ぎしり、とベッドが揺れた。彼が私を追い詰めるためにベッドの上に膝立ちで乗ってきたからだ。
そのまま、私に近づくと、彼は私を壁に押し付けられるようにして耳元に囁いてきた。
「……お前なぁ、信用は一度失ったらそう簡単には戻らないもんだぜ?」
「お前じゃなくて、お姉ちゃんだって……」
弱弱しく抵抗しても、彼は聞き入れない。
姉弟だという言葉は既に私と彼との間では防波堤にもなりはしない。一線はもうとっくの昔に越えてしまったのだから。
血の繋がりのないヤツな、と吐き捨てるようにいって、彼は私を黙らせた――――自分の唇でもって。
お仕置きの内容については私は黙秘権を行使したい。
ただ、血の繋がりのないとはいえ姉弟に相応しくない内容であるとだけ言っておこう。
恋人同士なら相応しいかと問われても、私は固く口を閉じるのみだ。私は貝になる。
追い詰められた私がまともに認識できた最後の言葉は、
「今日から母さん達は旅行だってさ。……覚悟はしてあるな?」
由人の少し熱を孕んだような言葉だった。