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夏の眼差し  作者: 通木遼平


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前編




 春から夏に移り変わる季節の日差しが、ガラス張りの温室と隣接した心地よい居間に差し込んでいた。時折庭の木々で羽を休ませている小鳥たちの声が聞こえてくる以外ではかすかなペンの音と紙がこすれる音だけが室内の穏やかな空気に彩りを与えていた。

 こんな風に穏やかな午後を過ごせるようになるなんて――ティナ・ハーディは読んでいた本から視線を上げた。飾り文字のデザインがまとめられている、ページ数はそれほど多くない大判の本だ。若い令嬢たちが友人をちょっとした集まりに誘う時の招待状にこういう文字を使うのが、この頃の流行りだった。


「どうかしら? とってもうまく書けたと思うわ!」


 温室越しに見える庭の木々は、風に身をまかせている。初夏の太陽を思い出させる声に、ティナは庭へと向けていた視線を移した。

 ティナ自身はあまりこういう文字を使わないが、目の前で得意げに書き終わったばかりのカードを見せてくれている少女のために学んでおきたかったのだ。


「ええ、とてもお上手ですわ。リネットさま」


 本を脇によけ、リネットからカードを受け取るとティナはうなずいた。親しい友人を招待してお茶会を開くため、その招待状を作っているところだった。


 この春に、ティナはこの明るい十一歳の少女の話し相手を務めることになった。きちんとした家庭教師は別にいるが、日常を共に過ごしながら普段のちょっとしたマナーを気にかけたり、手紙の書き方やきれいな文字の書き方を教えたりするのがティナの仕事だった。


「最近、文通をしているお友だちにも字がきれいになったって言われたの。ティナのおかげね」

「そんなことはありません。リネットさまは元々お上手でしたよ」

「人並みよ。でもこの頃は前よりうまくなったのが自分でもわかるの」


 ティナが返したカードを机の上に置きながら、リネットはにっこりと笑った。ティナにアドバイスをもらいながら書いた招待状は今までで一番の出来だ。文面も母にほめられて、ティナがいてくれてよかったと話す彼女に、ティナも表情をやわらげた。




***




「孫娘の話し相手になっていただけないかしら」


 突然の呼び出しに応じると、昔からティナを気にかけてくれているイライザ夫人は世間話の後にそう切り出した。

 詩や物語を愛する彼女が主催している読書会にティナが叔母に連れられて参加したのはまだ十歳になる前のことだったと思う。それ以来、読書会だけではなく手紙などでも交流をつづけてきた。歴史ある公爵家を長年支え、社交界にも未だ絶大な影響力を持つ彼女と親しいことは、今までティナを随分と助けてくれた。


「お孫さまというと……」

「王弟殿下に嫁いだ末娘の子よ。リネットというの。もう十一歳だし、お友だち以外とも交流をしていってもいい頃でしょう? あなたは所作もきれいだし、あの子の傍で色々と気にかけていただきたいの」

「ですが、家庭教師の方がいらっしゃるのでは?」

「ええ、もちろん。けれど家庭教師が四六時中一緒にいるわけではないでしょう?」


 「いられたら、わたくしでも嫌だわ」と夫人は朗らかに笑った。


「常日頃から、気をつけなければね。おしゃべりの合間に、さりげなく注意してくれるような方があの子の傍にいたらと思って――もちろん、両親に話は通してあるわ」

「……もっと他に、ふさわしい方がいらっしゃるのでは?」

「わたくしはあなたがいいと思ったの。それに、あなたなら手紙や文字も見てあげられるでしょう? ティナ、あなたは昔から字が上手でしたものね。わたくし、あなたにはじめて手紙をもらった時、とっても感心したのを覚えているわ」

「ありがとうございます」


 素直に感謝しながらも、ティナは申し出を受けるべきか戸惑っていた。


「それに――それに、あなたは少し社交の場から離れた方がいいわ、ティナ。とても疲れているのでしょう? 顔色もよくないわ」


 やさしさと心配が混ざった声音に、ティナは息をのんだ。

 議会の開始と共にはじまった王都での社交シーズンで、今最も話題になっているのはとある姉妹とその婚約の話だった。姉妹の姉とある令息は家同士で決められた婚約関係にあったが、婚約者は姉妹の妹と密かに惹かれ合い、それに気づいた姉が身を引いて恋人たちは結ばれた――その話はあるところでは美談として、また別のところでは嘲笑混じりに噂として広まっていた。


 そしてその姉妹の姉が他でもないティナのことだった。


 妹と婚約者であるケヴィン・コールウェルが恋人同士だと気づいた時、ティナは特に何の感情も抱かなかった。ケヴィンは家同士で決められた婚約者だったが、はじめて会った時からあまりうまくやっていけないだろうと予感がしていた。もちろん、婚約者になったからにはその予感は胸の奥底にしまってそれなりに接してきたが、いつか結婚する相手だと意識しても特別な感情を抱くことはできなかった。

 一方、妹のシャーロットに対してはそうではなかった。

 物心ついた時にはすでに妹はハーディ家の中心だった。太陽の光をいっぱいに集めたような黄金色の髪、新緑を思わせる明るい緑色の瞳とその髪色はお互いに引き立て合っている。白い肌とバラ色の頬はいつだって匂い立つようだった。ティナの髪色と瞳も同系色だったがずっと落ち着いていた色合いで、容姿に関してはそれなりではあったが、妹と並べばどうしても見劣りしてしまう。

 妹の愛らしい姿に両親さえ夢中になり、妹の願いなら何でも叶えてやっていた。当然のことながら妹は見た目の愛らしさを損なうことなくわがままで甘え上手な性格に育ち、その分ティナは割を食うことになったのだ。


「お姉さまずるいわ。わたしも新しいドレスが欲しいのに……」

「そのブローチすてきね。でも色合いがお姉さまには明るすぎると思うわ。わたしの方が紙も瞳も明るいし、お姉さまにはもっと合うものがあると思うの」

「あの伯爵家からお茶会の招待が? お姉さまよりわたしが行った方がいいのではないかしら? だってわたしの方があの家のご令嬢と年が近いもの。きっと話も合うわ」


 そうして徐々にドレスやアクセサリーは妹のものになり、予算まで妹にまわされ――そこまで興味がなかったのでこれはまだマシなことだった――ティナ宛に来たあらゆる招待状は適当に理由をつけてシャーロットが代わりに出席し、贈り物も妹のものになった。

 だからケヴィンとシャーロットの関係が明らかになり、婚約者の変更の話が出た時、ティナはまたか……と思うと同時に、あきらめとむなしさに胸の奥が沈んでいくのを感じた。両親は妹のしあわせを祝福し、ティナのその後には無関心で、跡継ぎの兄もコールウェル家と姻戚関係になった後の旨味にしか興味がないらしく、ティナに視線を向けることはなかった。


 その上、ちょうどちょうどはじまった社交のシーズンにおいてこのことはいい話のタネとなった。噂について気にもせず――むしろ、全ての人が自分たちを祝福してくれていると信じて――シャーロットとケヴィンは仲睦まじくあちこちのパーティやら茶会やらに参加している。それが元々ティナとケヴィンへの招待だった場合はなおさら注目を集めた。


「お姉さまのおかげでわたしたち、婚約できたのです」


 周囲の視線や声を気にしないシャーロットの可憐な声はそういう場で特によく響く。


「ひと目会った時から、お互いが運命の相手だとわかったのです。でもケヴィンさまはお姉さまとすでに婚約を結んでいて……」

「この想いをあきらめなければいけないことはわかっていました……ですが、わたしたちの気持ちに気がついたお姉さまが()()()()()身を引いてくださったのです」

「無事に婚約ができて本当にしあわせで……身を引いてくださったお姉さまのためにも二人で世界一しあわせにならなければと話しておりますの」


 あきれと羞恥でとても声の方は見られなかった。ティナが身を引いたのは別に二人の関係に共感や感動、同情をしたからではない。今までティナのものでシャーロットが気に入ったものはどんなに拒否しても必ず妹のものになった。今回もそうなるだろうと思って抵抗しなかっただけだ。ケヴィンに思い入れがあったわけでもないし、どうでもよかった。

 シャーロットも大人しくしていればいいのに、あんな風にあれこれ話しては……周囲は話のネタに困らないだろう。ティナにはいい迷惑だ。


「勝手な憶測であれこれと言われてね。ましてやそれが人の気持ちのことならなおさら――相手にしていたら、疲れてしまうわ」


 イライザ夫人の声に、ティナは過去から思考を戻し、小さくうなずいてお礼を言ったのだった。




***




 夫人の申し出を受けてよかったと、ティナは心から思っている。少しお転婆なところもあるが明るく素直なリネットはいい生徒でかわいらしい年下の友人だ。リネットの両親も忙しくしていたが顔を合わせれば色々と気遣ってくれて申し訳なくなるくらいだし、使用人たちもみんな気持ちのいい人ばかりだった。


「折角字がうまくなっても喜んで飛び跳ねているようじゃあな」


 唯一気になることと言えば――ティナは温室の傍に置かれたカウチへと視線を向けた。

 長い脚を無造作に投げ出して横になっているのはリネットの従兄だ。リネットの少し癖のある黒髪と違って真っ直ぐなそれは、ヘーゼルの瞳に影を落としていた。一見行儀が悪くも感じる彼の無造作な仕草が、鼻筋の通った精悍な顔立ちにやわらかな雰囲気を加えていて、どこか気さくさを感じさせた。

 セオドア・レイノルズは社交界で同年代の令嬢たちから――特にまだ婚約者が決まっていない令嬢たちから絶大な人気を誇っている令息だった。


「飛び跳ねてなんていないわ!」


 イライザ夫人の紹介でティナがリネットの話し相手となってすぐ、セオドアはかわいがっているという従妹を訪ねて来た。王都に滞在中は元々こうしてよく顔を見せに来ていたという。この王弟殿下のタウンハウスは王都でも郊外にあるが、イライザ夫人も暮らす公爵家のタウンハウスからだと馬に乗ることができればそれほど時間はかからない。

 ティナははじめて会った時から彼が自分を警戒しているのだろうと思っていた。でもそれも、仕方のないことかもしれない。頬をふくらませて抗議するリネットは愛らしく、まだ純粋だ。これから少しずつ交友を広げていく中で、おかしな噂の渦中にいる人物なんて傍にいない方がいいと考える人が周囲にいないはずがない。


「もう! お兄さまはわたしをからかいに来ているの? この頃は本当によく来るのね」

「まさか。かわいい従妹のご機嫌をうかがいに来ているのさ。僕が来るのは迷惑か?」

「それは……会えるのはうれしいけれど。でもご心配なく。ティナが来てから何でもうまくいっているの。字もきれいになったと思うし、昨日もマナーの先生に褒められたし」

「リネットさまの努力の成果ですわ。わたくしは、何も……」

「そんなことないわ」


 リネットの言葉に顔が熱くなるのを感じながらティナは首を振った。セオドアの視線が一瞬強く突き刺さり、それからすぐにそらされた。「どうだろうな」と鼻で笑う声に、リネットが抗議するのはすっかり見慣れた光景だ。

 ティナがここで暮らすようになってから、セオドアは以前よりも頻繁に従妹を訪ねてくるようになったらしい。彼はティナに対していつも無愛想で、それを隠すことはしなかった。とはいえ社交の場でよく令嬢たちに囲まれているのもあって、彼の女性に対する態度はいつもそっけないことはよく知られている――リネットはまだそういう場に顔を出さないので知らないのだが――そのこともあって、ティナは彼の態度について何か言うことをしなかった。


 ただ、視線の強さだけはきっと自分に対してだけだろうとは感じていた。




「どうして何も言わないんだ?」


 そう唐突に声をかけられたのは、それから数日後のことだ。薄い雲が空を覆い、蒸し暑さを感じる日だった。リネットは家庭教師の授業中で、ティナは日課にしている午後の散歩をしようと広い庭園に一人でいた。ここでの生活は穏やかで心地いいものだったが、気をつけないと室内にこもりがちになってしまう。


 日傘を上げて見上げたセオドアの視線は今日も強く突き刺さるようだった。


「……何を言えばいいのでしょう?」

「僕の態度について」

「あなたがわたしを警戒しているのは仕方ないことだと思っていますから」


 ティナはそっと視線を伏せた。


「世間の噂のことで、リネットさまに悪影響がないか気になさっているのでしょう?」

「君の家のこと、まともなヤツなら眉をひそめている。正直、あまり関わりを持ちたくない」

「わたしもハーディ家の者でなければそう思ったでしょう」


 しかし残念ながら、あれはティナの家族だった。少なくとも血縁上はそう呼べる関係だ。


「おばあ様はどうして君をリネットの話し相手にしたんだろうな」

「イライザ夫人はわたしを気にかけてくださっているだけです……昔から」


 ティナにとってそういう相手は少なかった。イライザ夫人と、ティナと彼女を会わせてくれた叔母くらいだ。


「……君は疲れているみたいだ」


 セオドアの声は、どこかためらうようだった。風が雲を流していたが、あいにくと晴れ間は見えない。もしかしたらこれから数日後には雨が振るのかもしれない。毎年夏が来る直前は雨がつづき、その雨が止む頃には気温が上がって一気に暑くなる。

 ティナはセオドアのヘーゼルの瞳を見上げた。光の加減か、この庭園の深い緑を反射しているのか、室内で見るよりも緑がかって見える。そしてその視線にあるいつもの突き刺すような強さは迷子になっているようだった。


「そうかもしれません」


 自分でも驚くくらいそっけない声だった。ティナは日傘の陰にその表情を隠した。イライザ夫人にもそう言われたのを思い出していた。社交のこと、婚約のこと、そして家族のこと――そのどれからも離れてやっとティナは自身の疲れを自覚しはじめていた。


「でも……リネットさまと過ごす時間は穏やかで……もうしばらくの間、ここにいてもいいでしょうか?」


 日傘の向こうで息をのむ音が聞こえた気がしたが、ティナはそれを確認しなかった。自分がここにいることを今のところ家族は何も言ってこないが、今後もそうだとは限らない。イライザ夫人が目を光らせている以上、めったなことは起きないと信じたいが――あの妹を放置してきた家族だ。


「それは……僕が決めることじゃない。リネットの両親――殿下や叔母上が決めることだ。僕はせいぜい、従妹に悪影響がありそうな人間を警戒するくらいしか……」


 セオドアは言葉を切った。それから少し間をおいて「中に戻ろう」とティナを促した。気づけば肌にじんわりと汗が滲んでいた。リネットの授業も、そろそろ終わる頃だろう。


 この日以来、セオドアがティナとリネットが同じ時間を過ごしているところに居座ることはほとんどなくなった。もちろん、リネットの様子を見に来て従兄妹同士じゃれあうことはあった。

 しかしそれとは別に、ティナが庭で日課の散歩をしている時にふらりと現れて一緒に歩きながら他愛のないおしゃべりをしたり、ティナが一人静かに過ごしているところにやってきて少し離れたところに落ち着いて自分の時間を過ごしたりすることが増えて行った。


 あの突き刺すような視線がなくなってからの彼との時間はティナにとって不思議と居心地のいいものだった。


「どこかに出かけたりしないのか?」


 雨の季節が過ぎて本格的に夏がはじまると、貴族や富裕層の人たちは避暑に出かけることが一般的だった。屋敷の中で一番日当たりが悪く、暑い日は過ごしやすい一室でティナはリネットの手習いの見本を作っていた。


「リネットさまは避暑に行きたがっていましたが、ご両親がお忙しいようでして……」

「違う、君のことだよ」

「わたし、ですか?」

「家族は何も言ってこないのか?」

「それは……ええ、今のところは。もしかしたら何か連絡があるのに気を遣ってくださる方がいるのかもしれませんが」

「叔母上あたりがやりそうだな」


 セオドアは肩をすくめた。彼女の婚約に関する話題は夏の直前くらいから少し流れを変えていた。妹のシャーロットがいくら「やさしい姉が自ら身を引いてくれた」ということを色々な言い方で広めても、肝心の姉であるティナが一切社交の場に現れなくなってしまったのだ。

 ただでさえおもしろおかしく噂していた貴族たちが、こんなおもしろいことを放っておくはずがない。姉妹の確執とか、元婚約者のケヴィンとの関係とか、果ては家族のことまであることないこと噂されるようになりつつあった。

 逆風が吹きはじめた中で、ハーディ家の人間――特にティナの父や兄が接触を図らないわけがなかったが、誰かがそれを邪魔しているからかティナは噂の移り変わりのことも家族がどういう状況にあるのかも何も知らないままだった。


「元々避暑には行ったり行かなかったりでしたから、ここは静かで過ごしやすいですし、このまま夏を過ごすのも悪くないと思うのです――セオドアさまは避暑に出かけられるのですか?」

「僕は今年はアルスティユーで過ごす」

「アルスティユーに公爵家の別荘が?」

「以前はカントリーハウスを別荘として使っていたけど、公爵家が今使っている別荘は別の場所だ。おばあ様や母たちはそこに行くと言っていた」


 たしかにイライザ夫人からの手紙にはそんなことが書かれていた。女だけで気ままに過ごすつもりだと。


「アルスティユーは僕が独立したら継ぐことになっている。今は色々と準備をしていて、様子を見に行くついでにゆっくりしてくるよ」

「それでは、しばらくこちらには来られないのですね」

「そうなるな」

「リネットさまががっかりされますね」


 パッと顔を上げたセオドアの視線は、ティナを警戒していた頃とは違って突き刺すような色を持ってはいなかったが別の強さを含んでいた。訴えかけるようなその強さに、以前の視線の時とは違ってティナはうろたえた。彼が何かを言いたいのはわかったが――いや、本当は()()言いたいのかもわかるような気がしたが、何を言いたいのかわからない……「そうだな」とセオドアは答え、石を丸呑みにしたような顔をしたきりその話題を発展させようとはしなかった。


 自身は避暑に行けないリネットに八つ当たりをされながらセオドアはアルスティユーに旅立っていった。戻ってくるのは二十日ほど後になるという。夏が終わる前には帰ってくるようだ。不機嫌な従妹に帰ったらどこか遊びに連れて行くと約束しているのを見ながら、ティナはため息を何度も呑み込んでいた。


 夏の間をティナはリネットと変わらぬ日々を過ごした。時折、リネットが主催した同じように避暑や領地に行かず王都に留まっているリネットの友人たちとのお茶会に混ぜてもらったり、リネットの母のお茶の相手をしたりと家族と過ごすのとは全く違うはじめての楽しい夏だった。

 リネットの母に家族からの連絡はないのかとたずねてみたが、元々ティナへの連絡はイライザ夫人を通すように夫人自身が家に言ってあるのだという。つまり、イライザ夫人が握りつぶしているのだろう。

 最初の頃はティナがどこの貴族家にいるのかも知らなかったのではないかというのだから驚きだ。イライザ夫人は自身の孫娘の相手をさせるとしか言わず、どの孫娘かまで言わなかったらしい。リネットが一番年下だが、ティナともっと年が近い令嬢もいたはずだからそちらだと思われていたのかもしれない。


 もっとも、この屋敷にそれなりに人の出入りがある以上、今はもうどこにいるか知られているだろう。そろそろ今後のことも考えなければいけない……ティナは気が重くなるのを感じた。ここで過ごす内に、ティナは実家から離れようという気持ちが固まりつつあった。方法はまだ何も思いついていない――イライザ夫人か、リネットの母親か、誰かの力を借りることになるだろう。ふとセオドアのヘーゼルの瞳を思い出したが、ティナは考えないようにした。




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