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夫が愛人と共にカジノで遊びまくって、莫大な借金を背負いました。取り立て人が脅してきます。借金を代わりに返せ?夫がどうなっても知らないぞ?ええ、どうぞご自由に。煮るなり焼くなり好きにしてくださいませ。

作者: 大濠泉
掲載日:2025/12/24

 粉雪が舞う、冬の夜ーー。


 ペカルデューイ王国の名門ランソン伯爵家のお屋敷に、三台の馬車が乗り付けた。

 最前列で停まった馬車の中から、全身黒づくめの、黒髪、黒眼の長身男が姿を現す。

 彼はジョルジュプーレという名で、カジノからの使者、借金の取り立て人だという。


 だが、留守を預かっていたアンネット・ランソン伯爵夫人は、使用人を何人も従えながらも、自ら先頭に立って、門前で両手を広げ、男を邸内へ入れようとはしなかった。

 アンネット伯爵夫人は赤髪を振り乱し、青い瞳を目一杯開けながら、宣言した。


「今すぐ、お引き取りください!

 我が家にはもう取り立てるモノはありませんし、そもそも取り立てられる(いわ)れが、もはやなくなったからです」


 長身の取り立て人ジョルジュプーレは、赤髪の奥方を相手に、深々と頭を下げた。


「それでも、私どもは取り立てるしかございません。

 失礼ながら、門前にて、口上させていただきます。

 我らカジノ会館では、ランソン伯爵家のご当主モーリス様の身柄を預かっております。

 到底手持ちの資金では足りないほどの負けが込んでおられます。

 ですから、資金が幾らかでも工面できないものかと、こちらへ伺いました」


 留守を預かるアンネット伯爵夫人が「無い袖は振れぬ」という態度を取る。


 すると、「それでは」とばかりに、カジノからの使者は、両手を縛られた夫モーリス・ランソン伯爵を後方の馬車から、従者の手によって引き摺り出してきた。

 さらに夫だけではなく、愛人のポワゾン・ジャンポミエ男爵令嬢も引き連れてくる。

 両者とも手首を縛られた状態だ。

 縄が上半身にも深く食い込んでいて、文字通りの虜囚となっている。


 それでも妻のアンネット・ランソン伯爵夫人は、毅然とした姿勢を崩さなかった。


「こんな人たちがどうなろうと、私は知りません。

 少なくとも、我が家に用はありませんので」


 金髪、碧眼の夫モーリス・ランソン伯爵は驚く。

 何かと自分に文句を言いながらも、結局は尻拭いをし続けてくれた妻アンネットが、ほぼ一ヶ月ぶりに顔を合わすと、様子が変わっていたからだ。


「こんな男、煮るなり焼くなり、好きにしてくださって結構です!」


 と、妻のアンネットが吐き捨てるように言うのである。


 カジノからの使者ジョルジュプーレは、溜息をつき、黒い頭髪を掻いた。


「ああ、奥方様。

 私どもは別に、ランソン伯爵家の名誉を損なおうとしているのではありません。

 むしろ逆です。

 体面を保つことができるよう、協力させて欲しいと申し上げているのです。

 お金さえいただければ、名門貴族家のお屋敷になぞ、私どものような平民が押しかけることはございません。

 金払いが良いだけのこんな男、金さえいただければ、こちらこそ用済みですんで。

 失礼ながら、あなたの旦那様はまことに扱いづらかった。

 すっからかんになりながらも、博打をやめない。

 ツケで賭け続ける。

 あまりに借金が嵩んだので、どうにか働かせて元を取ろうとして、一ヶ月ぐらい様子を見ましたが、使えない。

 横柄な態度ばかり取って、従業員として使えるはずもない。

 かつまた賭け方を見るだけでも、やることなすことに緻密さが足りないことがわかる。

 こんなようでは経理にも役立てられないですからね」


「あら、やっぱり。

 ウチの旦那様、軍務省の経理課に配属されているのですが、使えませんでしたか。

 とはいえ、貴族としては、それなりに教育を受けてきたと思うので、礼儀作法ぐらいはこなせるはずなんですけど」


「従業員が必要な作法とは大きく違いますよ。

 それにいくら子供の頃に躾られても、長じてからの自己教育がなされていないんじゃあ……」


「要するに、あまりにも使えないから返品にきた、と?

 でも、コチラでも用済みですよ。

 引き取るつもりは毛頭ありません」


「これは手厳しい奥方様ですなあ。

 とはいえ、こんなのでも伯爵様ですからね。

 身柄を明け渡す際に、家の者から金を取るぐらいはできるだろうと思ったのですがね。

 ああ、そういえば、もうあらかたこの屋敷からは、金目のものは奪っていましたね」


◇◇◇


 この全身黒づくめの長身男は、一年ほど前にもランソン伯爵邸にやって来たことがあった。

 あのときは、夫モーリスと共に玄関から応接間へと入り込んで、目に付いた家財の査定をして、高価なものを次々と持っていったものだった。

 私が先祖から引き継いだ高価なネックレスとイヤリングと指輪のセットが応接間に飾ってあったのだが、それを全部、持っていってしまって、


「これで旦那様の負けがチャラになりました。良かったですね」


 などと言われたときには、ほんとに腹が立った。

 あのとき、応接間に施された金銀に彩られた装飾を見回しながら、長身の黒服男は、


「さすが貴族の家だ。

 これだったら、いくら負けが込んでも、旦那様は返せますよ」


 と言って、黒い瞳を輝かせていた。


◇◇◇


 あれから一年ーー。

 夫モーリスは博打に勝てる算段が、いまだにまったく付いていなかったようだ。


 モーリス・ランソン伯爵は慌てた調子で、妻のアンネットに問いかける。


「おい、お前。ほんとうに金はないのか。

 いや、もっとあったはずだろ」


「ございません。

 もっとも、あなたさえいなければ、ランソン伯爵家は、その家格に相応しい豊かさがあったはずですが」


「金目のモノがなければ、こやつらは引き下がらんぞ。

 俺様がこの屋敷に帰れなくなる」


「では、お帰りいただかなくて結構です。

 それでも我がランソン伯爵家は一向に困りません」


「おいおい、何を言うか。

 この家の当主に向かって失礼だぞ。

 我がランソン伯爵家は建国以来の名門だが、俺がいないと当主がいないのだからーー」


 アンネットは青い瞳に冷たい光を宿す。


「別にあなたがずっといなくても、我が家は通常運転なだけですから。

 あなたは、いつもカジノに出かけては、夜の酒場で怪気炎をあげたりしてるだけですから、いつもいないようなものです」


 夫婦の間に、冷めた空気が漂う。

 その中に割って入るようにして、取り立て人ジョルジュプーレは手を叩く。


「でしたら、仕方ありませんな。

 奥方様から金を引っ張るのが無理となると、他の手立てを考えるしかありません。

 そうですねえーー先代の御当主様に泣きつくとか、爵号を売り払う、とか……」


 アンネットは扇子を広げて、目を細める。


「あら。それは、どちらも出来ませんよ。

 お義父様もお義母様も今は領地にあってお忙しいですし、爵号を売ろうにも、その権限はもうこの男にはありません。

 この男はいまや、我がランソン伯爵家と何の関係もございませんから」


 粉雪が肩に降り積もる。

 吐く息が白くなるほど寒い。

 それなのに、アンネット伯爵夫人は、取り立て人ばかりか、夫モーリスすら門の内側にすら入れようとしない。

 カジノからの馬車が門前に到着するや否や駆け付けて、そのまま立ちはだかっていた。


 モーリスは縛られた両手をそのまま前に突き出す姿勢で、一歩、身を乗り出す。


「何を言っている!

 我がランソン伯爵家の当主は俺だぞ。

 俺が居ないことには、国からの給金もなければ、爵位も得られない。

 だから、俺が売ろうと思えば、爵位を売ることもできる。

 もちろん、売りはしないが。

 とにかく、この屋敷と爵位は共に所有権は家督者である俺のもの。

 断じて、お前、アンネットのものではない。

 妻だからって、我がランソン伯爵家を自分のものと思うなよ、成り上がりの男爵家育ちのくせに。

 それに、我が国では、女は爵号を授与されない。

 当主の俺が、お前に出て行けと言ったら、出て行くしかないのだぞ!」


 アンネットは扇子をパチンと閉じる。


「ええ、以前ならね。

 でも今は、そのようなことにはならないですよ。

 あら、ご存知ありません?

 伯爵号はすでに〈息子〉に譲られておりますのよ」


 モーリスは金髪を掻き上げて、吐き捨てる。


「嘘つけ。

 我が家に跡取り息子など、いるわけがない。

 子供が一人もいないのでな!」


 アンネットは、扇子をビシッ! と夫モーリスに差し向ける。


「ええ、そうよ!

 でも、子供がいないのは私の責任ではありません。

 結婚したのは、私が十八歳、あなたは二十七歳ーーもう三年も前のこと。

 当時の私は、王国貴族の令嬢らしく男性経験がなかったので、かなりウブでした。

 緊張しながらも、あなたに愛してもらえると思っていた。

 それなのに、あなたは、私とほとんど肌を合わせることなかった。

 ベッドを共にした期間は、半年もなかったですよね?

 ろくに私の肌にも触れずに、夜の街で遊びまくって。

 結婚してから、ちょうど二、三ヶ月くらいでしたかしら。

『お前の身体に飽きた』

 と言って、あなたは夜の街に出かけていくようになったわ。

 あっけに取られたのですけども、女の側から引き留めることもかなわず。

 あなたが私に用があるのは、金の無心のときぐらいになった。

 それなのに、義父様や義母様からは、

『跡継ぎはまだか』

 と私ばかりが催促を受けてーー。

 おかげで私たちの間には、子供ができませんでした。

 当然ですよね。

 もっとも、外で、どれほど子供がいるのかは分かりませんが、仮に居たとしても、もう遅いですよ。

 我がランソン伯爵家では、もうとっくに養子を迎えておりますから」


「養子だと!? そんなものを取った覚えはーー」


 動揺するモーリスに対して、アンネットは再び扇子を広げ、嘲笑う。


「何をおっしゃるのかしら。

 半年前、賭け事の負けが込んだとき、

『金をなんとしても工面しろ』

 と、あなたはおっしゃったじゃないですか。

 そのとき、それなりのお金を王家からいただいて、第六王子であるリシャール様が我がランソン伯爵家の養子になってくださったのです。

 ほら、これが養子縁組を認めた契約書です。

 あなたにこれ以上、シラを切られないために持参して来ました。

 良く見てください。

 ランソン伯爵家の紋章印もしっかり押してあります」


「こ、こんな契約書は知らん。

 俺は紋章印を押した記憶はないぞ!」


「そうかもしれませんね。

 あなたは家宰に紋章印を預け切りですから。

 でも、ご存知でした?

 領地経営を共にするうちに、ランソン伯爵家の家宰のほか、多くの使用人たちから、私が信用を勝ち得ていることを。

 ですから、紋章印は私が自由に押させてもらっています」


「お前が勝手に押したのなら、それは詐欺だ。

 俺は認めていないーー」


「そんなの、誰が紋章印を押したかなんて、問題ではありませんよ。

 紋章印があること、それ自体が、ランソン伯爵家の当主が了承した、ということを意味するのですから。

 それにサインばかりは、あなたにしてもらっているはずですよ。

 ほら、この養子縁組の契約書、あなたの手によるサインがきっちり入ってます。

 ちょうど半年前のことです。

 もっとも、あなたはいつもろくに書面も見ずに、酔っ払ったまま、サインなさるでしょ?

 おおかた、自分がサインした契約書の中身をほとんど覚えていないーーいや、読んですらいないはず。

 どちらにせよ、そんな不真面目な男なぞ、名門伯爵家の当主とは認められませんよ。

 実際に、今までだって、あなたは必要なかった。

 これからも必要ありません。

 あなたは無価値な存在なのです」


「な、なんだと!?

 この私、モーリス・ランソン伯爵に価値がないだと!」


「はい、まったく。

 何度も、そう申し上げてきたじゃありませんか。

 あなたに聞く耳がなかっただけで」


「ぐっ……!」


 一触即発の緊張した空気が、ランソン伯爵邸の門前で張り詰める。

 取り立て人ジョルジュプーレが、やれやれ、と溜息をつく。


「夫婦喧嘩は犬も食わないと申しますが、実際、困りましたな。

 奥方様の言いようでは、このモーリス伯爵ーーいや、元伯爵ですかなーー彼を使って金を工面するのは難しい状況のようですね。

 貴族の血統ゆえ、最低でも精子をいただければと思っていたのですが、すでに養子を迎えたとあっては、女に子種を仕込んで、その子に相続権を主張させることも難しくなっているようで、残念です。

 それにしても、養子に王子を使うとは。

 考えましたね、奥方様。

 こうなっては、我々もランソン伯爵家に手を出しにくい。

 王家を敵に回したくはありませんから。

 う〜〜ん、困ったな。

 せめてモーリス伯爵に高位貴族ならではの才能でもあれば、精子も役に立つと思うのですが、この男の振る舞いを見ていると、たいした遺伝も望めないでしょう。

 でも、身体はありますからね。

 いろいろとやりようがあるはずですよ。

 我が王国では、移植手術がそれなりに発達しておりますから、腎臓や肝臓、あと眼球など、売るものはいくらでもあります。

 そちらの女性も同様です」


 取り立て人ジョルジュプーレは、モーリスの愛人ポワゾン・ジャンポミエ男爵令嬢へと目を向ける。

 すると、彼女はモーリスの後ろから前へと足を踏み出し、取り立て人に喰ってかかる。


「ちょっと!

 ふざけないで!

 私の身体は、私のモノよ。

 勝手に切り刻まないでちょうだい!」


 横合いから、アンネット伯爵夫人が扇子の裏で笑みを浮かべる。


「あら、あなた、まだいたの?

 まったく、貴族令嬢の端くれだというのに、教養のない平民女みたいに遊び呆けて。

 評判ですよ、あなたの素行の悪さは。

 娘のあなたのおかげで家名を落とされたとお嘆きのレイモン・ジャンポミエ男爵が、あなたの借金を立て替えてくれるとは到底思えませんけどね」


 ポワゾン男爵令嬢は、一瞬、アンネットの方に目を遣ってから、顔をモーリス・ランソン伯爵に向ける。

 睨み付けるような、強い眼差しであった。


「でも、モーリス・ランソン伯爵様が、私と結婚してくれるって言ったわ。

 ね、そうでしょ!?」


「そうだけど……それは賭け事に大勝したら、とーー」


 夫とその愛人との間に、微妙な空気が漂う。

 妻のアンネットが茶化すように口を挟む。


「そうそう。ポワゾン男爵令嬢。

 あなた、その華美な宝飾品はすべて、私の夫からもらっていたようですわね。

 その宝飾品を売れば良いんですよ。

 そしたら、あなたの身柄程度はなんとかなるでしょう?」


 アンネットは、初めてポワゾン・ジャンポミエ男爵令嬢と出会ったときに受けた屈辱を忘れず、ずっと根に持っていた。


◇◇◇


 今から半年前のことーー。


 桃色髪のポワゾン嬢は、夫モーリスにピッタリと身体を密着させながら、ランソン伯爵邸に姿を現した。

 そして妻のアンネット伯爵夫人の目の前で、モーリスとイチャつき、露骨に甘えまくった。


「ねぇ、モーリス。

 今度勝ったら、私に大きなエメラルドの指輪を買ってくださらない?」


「おう。良いとも。何でも買ってやるよ」


「それと私、湖畔近くに小洒落た別荘を持ちたいの。

 あなたと二人で過ごすためのものよ」


「わかった。

 わかったから、ポワゾン。

 これから妻に金を工面してもらうのだから、静かにしろ!」


「やったー!」


 ポワゾンは背伸びしてモーリスにキスすると、顎を突き立て、上から目線で口にする。


「ということで、奥方様。

 あなたの夫モーリスが、またカジノで負けてしまったわ。

 だから奥方様にも協力してもらわなきゃね」


 夫モーリスは、しなだれかかる愛人の桃色髪を撫でながら、胸を張る。


「おお、そうだ。

 この屋敷にあるものは全部、俺のモノなんだぞ。

 いくら負けが込んでも返せるだけの豊かさがあるからな!」


 愛人ポワゾンは勝ち誇ったような顔で念を押した。


「ですから、そういうわけで、奥様も協力してくださいね」と。


◇◇◇


 つまり、夫モーリスは半年以上も前から、この桃色髪のふしだらな娘と親密な関係にあったのだ。

 そして今もまた、あのときと同じように、口先だけの偉そうな態度で、アンネット・ランソン伯爵夫人から、金目のモノを奪い取ろうとしている。


(でも、そうはさせない。

 今度は私のターンだ!)


 アンネットは、改めて両足を広げて、門前で立ちはだかる。

 粉雪が舞い散る中、扇子をポワゾンに差し向けつつ断言した。


「この屋敷には、あなたたちのものは何一つありません。

 あなたたちの負けは、あなたたちですべて背負ってください!」


 ポワゾンは両手を縄で縛られたままで、モーリスの身体に身を寄せ、頬を膨らます。


「そんな冷たいこと言って。

 私たちがどうなっても良いの?

 カジノを取り仕切っているのは、闇ギルドーー危険なマフィアなのよ。

 この黒づくめの男が低姿勢だからって門前払いすると、モーリス様が酷い目にあったり、私だって酷い目に会うの。

 あなたはそんな冷酷な人なの!?

 違うわよね?

 だったら、私たちを助けると思って、あと五千万マニー出してちょうだい。

 そしたらあと十日は遊べるし、負けだって三千万だから、十分、取り返せるのよ。

 倍の一億にして返してあげるんだから。

 さあ、五千万出しなさい。

 門を開いて、それ相当の価値あるものを、今すぐ用意させなさい」


 アンネットは扇子を広げて、声を裏返した。


「はあ? 何言ってるの? 

 そんなお金がもしあったとしても、あなたたちに渡すつもりはありませんよ。

 あなたたちがどんな目に合おうと、私には関係ありませんから。

 あなたたちがやったことなので、あなたたちが身体を張って取り返したら良いんじゃないかしら?

 いくら博打だからって、負けるばかりじゃないでしょ?

 勝ってるときもあるんだから、頑張ってあと一年も賭け続けたら幾らか稼げるんじゃないのかしら?

 今まで負けた分は、一億? 二億?

 どれほどか知りませんが、ウチが今まで出したお金は、とうに一億は超えています。

 最低、それだけは取り返してください。

 そして耳を揃えて、今まで蕩尽したお金を返してくださると言うのならば、門の中に入れてあげましょう」


 取り立て人ジョルジュプーレが苦笑気味に首を横に振る。


「いえいえ。

 このお二人なら、どれだけ勝ったとしても、その勝った分を瞬く間に使い果たしていますよ。

 ーーでも、ポワゾン嬢の方は良いんですよ。

 オンナの身体は、使いようが幾らでもありますから。

 いやいやーーそうですね。

 そういう意味では、あなたの夫モーリス伯爵の身体も使い道があるのかもしれません。

 たしかに、筋肉があまりないので炭鉱夫などには向いておりませんが、金髪で碧色の瞳をしているので、シェイプアップさせれば好事家が身体を買ってくださるかもしれない。

 うまくいけば未亡人の老婦人から可愛がられるかもしれませんね」


 青褪めるモーリス、ポワゾンの二人と違って、妻のアンネットは扇子の裏で笑った。


「あら。良かったじゃない、お二人とも。

 これからも楽に食べて行けそうで」


 ポワゾン・ジャンポミエ男爵令嬢はすっかり言葉を失ってしまった。

 その横で、モーリス・ランソン伯爵も喉を震わせる。

 自分たちがカジノに入り浸り、その後、拘束されている間に、事態が急変していたのを、ようやく察したのだ。


 アンネットは青い瞳をカッと見開いて断言した。


「旦那様。かつて、あなたはおっしゃっていましたよね?

『お前になんぞ、価値がない。

 妻というものは、夫である俺がいて、初めて価値が出るのだ』と。

 ですが、私に言わせてもらえば、

『あなたも同じように価値がない。

 伯爵家という家柄があって初めて価値が出るのです』と。

 あなたを必要とするのは、ランソン伯爵家という家名を必要とする者だけ。

 あなたの身体も心もーー現実存在そのものは、無価値だということを知りなさい。

 しかもいまや、ランソン伯爵家の当主は、養子の元第六王子リシャール様です。

 リシャール様は十六歳、すでに成人式を挙げた身であって助かりました。

 元王子リシャール様がランソン伯爵家の家督を継承したことは、ペカルデューイ王家でも承認なさっておられます。

 ランソン伯爵家の当主が、放蕩して大金を使い、領主としてすっかりお飾りにされていると、私から報告を受けた国王ポールブールジュ・ペカルデューイ陛下がどれほど失望なさったことか。

 それでも領地が要衝ゆえに、陛下は自分の息子であるリシャール様を伯爵家の養子にして、我がランソン伯爵家と、より一層、深い関係を築こうと決心なさったのです」


 茫然自失の態であったモーリス・ランソン伯爵は、ハッと意識を取り戻したように叫んだ。


「そうだ! 父上!

 我が父エリッヒと母コマンヌが、ただ手をこまねいていたとも思えない。

 お前の実家コマンビル男爵家は、家柄が低い、成り上がりの一族だ。

 なのに、持参金をたくさん用意できるだろうと見越して、お前との縁談を進めたぐらい、我が父エリッヒは計算高いのだ。

 まさか、俺が夜遊びしていると、お前に密告されたから、俺に失望してーー」


 アンネットは青い瞳を細めて苦笑い。


「いえいえ。お義母様ともども、いつも通り、あなたに甘い馬鹿親どもでしたわ。

 いくら私が、あなたの息子が、『博打とオンナに狂って困っている』と訴えても、馬耳東風で、あなたを叱ることなく、嫁である私を非難する一方でしたわ。

『内助の功で助けるべきでしょう』とか、『オンナを外に作るのは男の甲斐性だ』とか、『あなたにオンナの魅力がないからよ』などと口にして、逆に私が嘲笑われる始末でした。

 それでも、リシャール王子を養子にお迎えして、王家が乗り出してきたら、おとなしくなったわ」


 王家が、第六王子を養子として送り込んで、ランソン伯爵家を乗っ取るよう決意したのは、博打をする金欲しさに夫モーリスが、領内に備蓄された食糧、それに戦地に向かう軍隊への補給物資を、それぞれ横流ししてお金に換えたことが発覚したからだ。

 それがモーリス・ランソン伯爵にとっての命取りとなった。

 名門貴族の不祥事ゆえに、公表することは避けて、内々で事件の収拾を図ろうとした結果、王家の意向に沿う形で、愚昧なモーリスを伯爵家から追い払うことに決定したのだ。


 粉雪を両肩に積もらせながら、アンネット伯爵夫人は胸を張った。


「今ではランソン伯爵家の家督は、養子のリシャール元王子のもの。

 私アンネットは、彼の後見人として、ランソン伯爵領の管理を任されております。

 ちなみに、あなたはもう家督者ではなく、ランソン伯爵家から除籍されております。

 自らが爵位を持った家督者でありながら、家から勘当されたみたいなものです。

 これだけでも『平民落ち』の憂き目を喰らったわけです。

 でも、あなたの転落は、そんなものでは済みませんよ。

 数週間前に、国境地帯で隣国と戦争があったのですが、ご存知でした?

 貴方がその女とカジノで遊んでいる間、ずっと勤め先の軍務省から出頭するよう要請されてましたけど。

 軍事物資の横流し、バレていますわよ。

 モーリス、あなたはかつておっしゃっていましたわね?

『どのような手を使っても良いから、金を作れ!』と。

 ですから、私は申し上げました。

『我がランソン伯爵家にとって、動かせる、まとまった資産はもう、ありません。

 あとは非常時に備えた備蓄食糧ぐらいで、これに手を付けるわけには参りません。

 どうしても資金が欲しいなら、あなたは軍務省に務めているのですから、それこそ『どのような手を使って』でも、お金を手に入れたら良いじゃないですか。

 あなたは偉そうにしていながら、いつもいつも妻である私や、家宰などの部下の手を煩わすばかりで、ご自分では何もなされない。

 結局、いつも口だけでーー』と。

 すると、あなたは私を殴りつけて怒鳴ったものです。

『うるさい! 備蓄食糧? まだ、金目のものが、あるじゃないか。

 心配なぞ要らん。すぐにもカジノで儲けてやる!』と。

 でも、まさか、軍事物資までも横流しするとは……」


 モーリスは、軍務省で、兵站を担う補給部隊の経理を担当していた。

 なのに、不正な操作をして、私腹を肥やし、賭け金を捻出していた。

 将兵を派遣するのに必要な食糧を軍事費で購入しておきながら、それを国内の商会や外国へと売り捌いてお金を得ていたのだ。

 結果、満足に補給物資が届かずに、最前線では大勢の将兵が敵地で孤立し、降伏を余儀なくされた。

 捕虜となった兵士たちは、その多くが外国で奴隷になっているという。

 前線部隊の総大将ジャン・ルーセ侯爵は、敗戦の責任を取って爵位を返上し、彼の配下の騎士たちも大勢、路頭に迷うことになった。


 こうした事情を妻から報されたモーリスは、天を振り仰ぎ、大声で叫んだ。


「そ、そんな馬鹿な!

 たしかに一部の物資は横流ししたが、そんな前線部隊に補給が行き届かないほどの大量の物資を動かした覚えはーー」


 妻は夫が慌てふためくさまを冷ややかに眺めつつ、扇子の裏でほくそ笑んだ。


「ほほほ。やっぱり、あなたは現実を知らない甘ちゃんね。

 不正な横流しに関わった者が、任務に忠実だと思う?

 あなたが自分の懐にお金を入れるためにやってることだと知った者は、誰だって、自分もおこぼれに預かろうとして、次々に横領していくに決まってるでしょ。

 最終的には、横流し物資が何倍にも膨れ上がっても不思議ではないわ」


「そ、そんな……」


「結果、前線で戦った将兵たちからの、あなたに対する恨みは深いですよ。

 ルーセ元侯爵家からは、あなた相手に告訴状が届いているわ。

 軍法会議で極刑に処するべきだ、と。

 もちろん、我がランソン伯爵家も、あなたを訴える側です。

 良かったですわ。

 あなたが横流ししたお金で遊んでいたときに、リシャール元王子に家督を移していて。

 この度の軍事物資横領事件は、国王陛下をはじめとして、主だった貴族家や軍部関係者は、あなたが勝手にやった犯罪行為だと承知しております。

 残念でしたわね。

 博打に勝って(オトコ)を挙げるどころか、『平民落ち』ーーいや、軍事物資を横領して自国軍を敗戦に追い込んだ『国賊』として、裁かれる身になったんですから」


 モーリス・ランソン元伯爵は、膝を折ってうずくまり、身を震わせる。

 そのモーリスを、愛人ポワゾンが、


「どうしてくれるのよ!

 私まで、身体を売る羽目になっちゃったじゃない!?」


 と縛られた両手で、ポカポカ殴る。

 でも、失意の元伯爵には、どうにもできなかった。


 取り立て人ジョルジュプーレは肩をすくめる。


「わかりましたよ、奥方様。

 私どもも、この男から手を引くことにしましょう。

 犯罪人を匿ったと思われたくはありませんから、コイツの身柄は軍部に差し出します。

 そして、私どもカジノ会館も踏み倒された被害者として、コイツを訴える準備でもしましょうか。

 どうせ金を得ることはできませんが、私どもの立場をハッキリさせる必要がありますんで。

 残念な結果となりましたが、仕方ありませんな」


 黒服のジョルジュプーレが、細長い腕を外に向けて振る。

 すると従者たちが、縄で手を縛られたモーリスとポワゾンの二人を強引に引っ張って、馬車の中へと引き摺り込む。

 そして三台の馬車が連れ立って、ランソン伯爵邸の門前から駆け去って行った。


 アンネットは、彼らの馬車が見えなくなった頃合いに、某東国の厄祓いの風習に倣って、バッバッと盛大に塩を撒いたのだった。


◇◇◇


 カジノからの使者が、夫モーリスとその愛人ポワゾンとを連れ去った三日後ーー。


 アンネット・ランソン元伯爵夫人は、父方の叔父ルネジラールを屋敷に招いていた。

 ルネジラールはブランデーを一口した後、禿頭を撫で付ける。


「いやあ、三日前だったかな、ウチの取り立て人ジョルジュプーレが迷惑をかけたようで。

 お前の夫には、カジノの皆が手を焼いていたんだ。

 稼がせてくれるのは結構だが、ウチだって派手に儲けたくはないのだよ。

 悪目立ちしたくないんだ。

 ただでさえ、博打事業は取り締まりの対象になりやすいのでな。

 できれば、賭けに溺れた者から毟るのは避けたいんだ。

 なのに、ジョルジュプーレの奴は真面目で、貴族相手でも遠慮するところがない。

 まあ、だからこそ取り立て人に抜擢したのだが」


「いえ。アレで良いのですよ。

 職務熱心なうえに、立ち振る舞いも、いかにも取り立て人というかんじで」


 アンネットは叔父の対面に座って、ワインの香りを楽しみつつ微笑んだ。


 彼女の叔父ルネジラールは、カジノ会館を運営するテレムス商会の会頭だ。

 つまり、モーリスとポワゾンが入り浸った挙句、金を毟り取られたカジノ会館や酒場は、じつはすべてアンネットの叔父が経営している店であった。


 アンネットの実家コマンビル男爵家は、祖父の代に成り上がった家である。

 祖父クノウマリは商人で、カジノや酒場などを経営するテレムス商会の会頭であった。

 金を積んで、コマンビルという家名と男爵号を得た。

 それから十年後に、長男ジュスターヴにコマンビル男爵家の家督を譲り、次男ルネジラールにテレムス商会の会頭の地位を譲って、現在に至っている。

 長男ジュスターヴの娘が、アンネットだ。

 ちなみに現在のテレムス商会は王宮のお出入り業者で、ペカルデューイ王家とは懇意の間柄であり、商会のカジノ会館は王領にあって、莫大な収益の半分を王家に納めていた。


 アンネットは上目遣いで叔父の顔を覗き見て尋ねた。


「それにしても、モーリスは負けすぎだと思うのですよ。

 一応、伺いますが、不当に巻き上げたりはーー」


「もちろん、しておらんよ。

 可愛い姪っ子の旦那を追い込もうなんぞ、誰も思っておらん。

 お前の旦那、モーリスの奴が勝手に負けまくっただけだ。

 勝っても博打をやめないのだからな。

 結果として、負けるまで張り続けることになる。

 文字通りの『下手な博打ウチ』だった」


 アンネットがカジノ支配人ルネジラールの姪ということもあって、その夫であるモーリス・ランソン伯爵は、初めは丁重に扱われていた。

 通常よりも、勝たせてもらっていたぐらいである。

 ところが、モーリス伯爵はどんどん図に乗って、ポワゾン嬢のような若い女に入れ上げて、掛け金も高く釣り上げて行き、止まるところを知らなかった。

 ギャンブル依存症になって、止められなくなっていたのだ。

 そのくせ、妻のアンネットには暴言を吐き、酔っ払っては暴力を振るうようになった。

 新婚の時期から、アンネットの顔を見たら、


「お前は出て行け。

 俺はもっと肉感豊かな女と暮らしたいんだ!」


 と、うそぶくようになった。

 もうこんな夫はダメだと思って、アンネットは捨てることにした。


 叔父は椅子に深くもたれながら、吐息を漏らす。


「モーリスの身柄を引き取っているがーーどうするかは、商会の者に任せても?」


「ええ。ご自由に。

 もう私はこの夫は切ると決めたので、煮るなり焼くなり、好きにしてください。

 あとは私とリシャールとで、ランソン伯爵家を守っていくことにしました。

 賭け金を踏み倒した馬鹿として、モーリスのことは処断してください。

 もはや家督も爵号も剥奪されたので、平民も同然なのですから」


「いや、歴とした犯罪者だからな。

 商会がどうこうする次元は、とうに超えてしまってるよ。

 まさか、軍事物資の横流しまでするとは。

 ああ、そう言えば、物資の横流しの件、軍務省に密告があったとのことだが、やはりお前が?

 横流し物資の、やたら詳細な証拠書類が添付されていたというがーー。

 それにしても、引っかかるところはある。

 モーリスは、ランソン伯爵家の当主ゆえ、経理課ではかなり高い地位にあったという。

 とはいえ、アイツの裁量で横流しが可能だとしても、そもそも、このような大規模な横流しを実行できる力量を持っているとは思えん。

 もしや、まだ明かされていない裏の事情があるのか?

 そういえば、此度の敗戦で辞任したジャン・ルーセ侯爵は、王家と折り合いが悪かったというがーー」


「嫌ですわ、ルネの叔父様。

 あれほどの犠牲が出た敗戦です。

 その原因とされた事件なんですよ。

 これ以上の詮索は……」


「いや、俺も軍部には多少コネがあるんだが、そもそもの作戦に無理があったと噂されているぞ。

 前線での敗戦で、上層部に責任を取らせるわけにはいかないから、補給が滞ったせいにしただけ、とも聞いている。

 しかも、ペカルデューイ王家から、そのように提案されたので、軍部が喜んで呑んだ、とか」


 アンネット元伯爵夫人は、にこやかな笑顔を浮かべるのみ。

 ルネジラールは姪の表情を見てハッとして、禿頭をパシンと打った。


「ああ、そうだった。

 何か知っているとしても、迂闊に口にできる内容ではないな。

 忘れてくれ」


 アンネットはワインを一口含んでから、話題を変える。


「それにしても、羽振りが良さそうですね、叔父様は」


「まあな。

 このあいだ見舞いに行ったら、兄貴ーーお前の親父からも、嫌味を言われたよ。

『男爵家のお貴族なんぞより、大商会の会頭の方がよほど良い。

 貧相な領地の収益だけで、やりくりするのは大変だ。

 息子にも迷惑をかけそうだ』ってな」


 アンネットの実家コマンビル男爵家は、弟ボレームが継ぐことになっている。

 父親のジュスターヴ・コマンビル男爵も、娘のアンネットを、名門ランソン伯爵家に嫁がせたときは、相当、得意になっていたものだ。

 ところが、まさか、モーリスがあれほどの愚者だとは思わなかった。

 おまけに、アンネットが嫁いでからすぐに、ジュスターヴ自身が体調を崩すとは。


「お父様には悪いことをしたわ。

 長いこと病気に伏せっていたので、元気づけようと、私も立派な伯爵夫人になれるよう、努力したつもりでしたけど」


 結局、ランソン伯爵家の跡取りを産むことさえできなかった。

 少し肩を落とす姪っ子に、叔父は快活に言い放った。


「でも、それがかえって良かったじゃないか。

 リシャール王子を養子に迎えることが出来たんだから。

 本来、ランソン伯爵の領地は豊かだし、隣国にも接する要衝だ。

 王家としても、あんな馬鹿に王国の重要拠点を任せるわけにはいかなかったんだろう」


 アンネットも普段の明るさを取り戻したようで、ワイングラスをくゆらせる。


「それもあるでしょうけど、叔父様の利権狙いかもしれませんよ?

 姪の私を通じて、叔父様からカジノを奪おうとしてるのかも。

 ペカルデューイ王家は、歴史的に見ても、なかなか抜け目ありません。

 カジノも王領にありますからね」


「アガリの半分も王家に上納しているのに、まだ欲しいのかな。

 あははは。

 とにかくペカルデューイ王家とは懇意にしたいですな」


 アンネットは、厄介な夫を家から排撃することができて、このところ、すこぶる機嫌が良かった。

 もちろん、養子のリシャールが、望外に〈出来の良い息子〉だったこともある。

 そして、平民身分ながら、遣手の叔父ルネジラールが、ずっと年下の姪っ子相手であっても、対等な存在として、いやむしろ上位の貴族婦人として接してくれることも、アンネットにとっては心安らぐ、嬉しい誤算だった。


(これからは、もっと叔父様との連絡を密にして、政治状況を見極める必要がありそうね。

 それにしても、馬鹿夫が居なくなったうえに、王家との、この上ない太いパイプを手に入れることができて良かったわ……)


 家宰とも相談して、数年も経ずして、ランソン伯爵家がかつての豊かさを取り戻せる算段はついていた。

 新当主リシャールを押し立てて、ランソン伯爵家を発展させるのはこれからだ。

 アンネット・ランソン伯爵夫人は、力強く両拳を握り締めるのだった。


◇◇◇


 結局、モーリス・ランソン元伯爵は、軍事物資横領の罪を問われて死刑となった。

 最後まで、自分はこれほどの物資を奪ってはいないと言い張ったが、軍事法廷だったこともあり、審議が公にされないままに斬首された。

 その後、彼の内臓や眼球などが摘出され、この度の前線での敗戦で負傷した将兵に移植されたという。



 モーリスの両親、エリッヒとコマンヌの元ランソン伯爵夫妻も、息子の後を追うようにして生命を失っていた。


 ランソン伯爵領では、昨年からの旱魃で作物が足りなくなっていたのに、食糧庫を確認したら、備蓄されていた小麦が空になっていた。

 モーリスが独断で小麦を金に換えていたことが判明し、家宰が慌ててアンネット伯爵夫人に伝えて、対策を講じることになった。

 アンネットの実家コマンビル男爵家も援助物資を出した。

 けれども、男爵家の財力は雀の涙で、補填が十分に行き届かない。

 結局、王家の支援で、なんとかランソン領内の食糧を確保して、一触即発であった領民による暴動を抑え込んだ。

 以降、アンネット伯爵夫人の誘導によって、王家が積極的に介入し、第六王子がランソン伯爵家の養子にとなる運びとなった。

 そして、王家の権威を背景とした新領主リシャールが、元領主夫妻のエリッヒとコマンヌに、旱魃による被災地の復旧作業の監督を命じた。

 領内の別荘で悠々自適を決め込んでいた元領主夫妻が、今や領民の不満を一身に浴びる現場監督に従事する羽目に陥ったのである。


 そして旱魃被害の復旧のため、領主館に居を移してからわずかの期間で、エリッヒとコマンヌは暴漢に襲われ、惨殺死体となって林に打ち捨てられてしまった。

 新領主であるリシャール元王子は犯人探しを命じたが、特に力を入れなかったためか、犯人は特定されなかったという。



 一方、モーリスの愛人だったポワゾン嬢は、父親のレイモン・ジャンポミエ男爵から勘当を言い渡されたので、平民落ちした挙句、借金のカタで娼館に売られてしまった。

 ところが、娼婦という職業が彼女の性分に合っていたらしく、すぐさま彼女は王都きっての高級娼婦として人気を博すこととなった。

 近々、裕福な商人から身請け話も出ているという。



 そして、元王子のリシャール・ランソン伯爵は、十六歳で家督を継いでから一年もすると、軍務省で最年少の経理課長に昇進した。

 実父のポールブールジュ・ペカルデューイ国王陛下の七光もあったが、彼、リシャール自身は照れたように、銀髪頭を掻きながら、


「我がランソン伯爵家には立派なお義母様がおられますから、私なんかはお飾りなんですよ」


 と謙遜するのが常だったという。


(了)

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