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第八十話 数奇な運命➁

 クリスとエマは一晩中バイクを走らせた。


 夜空に瞬く星たちと、それを映すオアシスの湖。

 砂漠の中でポツンと一つだけ取り残されたガス灯。

 哀愁のような、寂寥感のような、何とも言い表せない夜の砂漠が二人を魅了した。


 ステティアに着いた二人はクロノス本部へと足を運ぶ。


「バイク、重いな。乗ってると便利なんだけどねぇ」


 クリスがバイクを押しながら言った。


「文句言うなよ。ほら、もうすぐ着くから」


 エマが前方を指さすと、そこには豪華な装飾の施された立派な教会の屋根が見えた。


 ビサにおける宗教は様々なものが見られ、どの宗教も大体同じ規模であったが、クロノスだけは他の宗教団体からは頭抜けていた。


 その理由は教祖リリィ――彼女にあった。


 特筆すべきは、彼女の持つ圧倒的なカリスマ性だろう。

 クロノスは他の宗教のように分家したり、宗派が分かれたりもせず、教祖リリィ・カムチャツカを預言者とした強固な一枚岩で構成されている。


「でっけーな」


 クリス達が教会の下に着くと、思わずクリスの口から驚きの声が漏れる。

 全ての宗教が混ざったかのような、寺院というか、教会とも言えないような本部がそこに建っていた。


「軍部にはいつもいるだろうけど、こっちは初めてじゃない?」


 エマがスパナを回しながらクリスに言った。


 宗教団体の軍はもちろん政府非公認でありその存在を完全に隠さなければならない。

 が、本部はむしろ逆で、豪華な装飾に包まれた教会がクロノスの存在感を大きく示していた。


 特にビサの西部に位置するこの区はクロノスの教徒が中心に生活しているようで、通行人は皆クロノス教の首飾りを付けて歩いている。


「さぁ、ようこそ。ここが私のお家なの」


 エマが正面のドアを開けると中は意外と質素で、数人の信徒たちが何か話し合っているのが見えた。

 彼女がすいすい奥へと進み、その後ろをクリスが追いかける。


「クロノスは貢物(みつぎもの)を中心とした信仰の仕方をしていて、それ以外の教えとしては他の人を大事にしろとか、自分の行いを客観的に見つめ直す時間を作れとか、古きのものを大切にしろ、とかがあるかな。私はあまり気にしたことないけどね」


 エマが軽く解説し、クリスは内観を見回した。

 信徒の数名はエマに気づくと軽く会釈をしていく。


「へー、そうなんだ。軍部はゼリクを倒そうっていう目標がメインな気がするから、あんまり教えを身近に感じてこなかったな」


 クリスがエマに言った。


 教会の奥は教団のお偉いさんや敬虔な信徒のための宿泊所となっており、様々な年齢層の人で賑わっている。

 そしてさらにそこから奥へ進んでいくと、途中の研究部屋からリラが出て来た。


「クリス殿!久方ぶりだ。来てたんだな」


「今来たとこだよ」


 クリスがにっこりと笑って言うと、リラも笑って返す。

 訓練によって角張った互いの手を握り返し、成長を確かめる。

 リラは久々の出会いに、尻尾を振って露骨に喜んでいた。


「さ、行こ!クリス!今日はお母さんに会ってもらうから。まだお母さんに君のことは全く言ってないけど、今日命の恩人だって、紹介するの」


 エマがクリスとリラの間に入って言った。


「そんな急ぐ必要はねーよ。ゆっくり行こうぜ」


 リラとは別れてさらに進み、遂に廊下の突き当りに着く。

 そこから先は別棟になっており、厳かな雰囲気がクリスの肌に伝わって来た。


「ここの奥が聖殿で、お義母さんがいつもいる場所なの」


 エマが扉を開けると、部屋の中央には一人の女性とクロノス教軍部の総隊長、フジがいた。


「はい。彼が裏切り者だったようです……ルピナ君です」


 フジが女に言う。

 女は満足そうに笑みを浮かべると、


「――よろしい」


 と一言だけ言った。


 エマが女性に話しかける。


「お母さん、ちょっといい?」


 クリスはどうやらこの人が教祖リリィなのだろうと思った。

 (とし)は中年くらいなのだろうが、きめ細かく白い肌と美しい黒髪が、その魅惑的な美貌を引き立たせていた。

 まさに百合(リリィ)の名を冠するに相応しい姿である。


 だがクリスは、自分の上司のさらにその上司、社長とも言える人物と初めて会ったこと。

 そしてそれが宗教の教祖、しかもエマの義母であるためか少し緊張していた。


 エマがクリスを紹介しようとする。


「この人、こないだラオで色々あった時に」


 エマが続けようとした瞬間、フジが急いでエマの手を掴んでリリィの元へ連れて行く。

 戸惑うエマをよそに、リリィがクリスに言った。


「まだ生きていたとは。相も変わらずしぶとい。そういう運命なのかしら。身分の違い?」


 リリィの言葉に全く身に覚えのないクリス。


「え?どこかで面識ありましたか?多分人違いだと――」


 クリスがそう言った瞬間、フジがクリスへ切りかかって来た。

 銀製の剣でクリスの頭上に剣を振り下ろし、それをクリスが避ける。


「え?ど、どういうことですか」


 クリスが戸惑っていると、さらにフジが二振り目を繰り出してきた。

 それを避けて躱す。


「ねぇ、どういうこと?お母さん!やめて!クリスは命の恩人なんだよ」


 エマがリリィに言うが、リリィは聞く耳を持たなかった。


「エマ、あの吸血鬼に何か言われなかった?あれが言ってることは全て嘘よ。すべて忘れること。前世なんてものはない!」


「待って、彼はお母さんの病気を治す手助けを、え?前世!どういうこと?何で知ってるの?クリスはそんなこと言わなかったし、お母さんはどこまで分かってんの?」


 エマの視界が歪み始める。

 クリスはフジに壁際まで追い詰められ、ギリギリで剣を避けていた。


「諦めてくれ。元隊員を殺すのは忍びないが、これもリリィ様の為――」


 フジがクリスに呼び掛ける。


「……俺はアンタの事尊敬してたんですけどねぇ」


 そこでクリスが遂に剣を抜いた。

 銀を含む様々な金属で作られたオファクの剣“アンブリエル”が鞘から出てくる。

 その刀身の輝きは、闇夜を照らす月明かりの如き美しさだった。


「そんなに言うなら、こっちもやらせてもらいますよ!」


 クリスがフジの剣をはじく。

 軽いクリスの振りとは裏腹に、フジの腕に途轍もない衝撃が加わった。


「何だこのデタラメな腕力!」


 フジが狼狽えているところへもう一度剣を振る。

 クリスの放った一撃はフジの首すれすれを通り、一筋の切り傷を首に付けていった。

 フジはあまりの強さに剣を落とす。


「あの銃とかいう姑息な武器だけかと思っていたが、剣術もこんなに上達しているとは……!」


 フジが膝を付いてそう言い、クリスが安堵していると、急に背後から銀剣が突き出された。


「……ッ!!」


 温い血が腹を伝い、銀の刃が内臓を切り裂く。

 銀剣はクリスの脇腹を貫いていた。


「キャアアアアアア!!!!!!」


 エマが叫んだ。


「安心してください……急所は避けてあるので。ただの牢獄行きですよ、お嬢」


 クリスの耳に聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 それと共に匂う、獰猛で冷徹な狼の匂い。


 ここまでの実力者で、クリスが知っている者は唯一人しかいない。


「キリ……。やっとあんたのこと悪くないと思ってきてたのになァ。これでまた振り出しだぜ?」


 クリスが振り返ると、そこにはいつもの通り微塵の感情も見せない、部隊長キリがいた。


「それで結構。僕は仕事に私情を持ち込まないタイプだからね」


 キリが青い目をクリスに向けて言った。


「フジさんに気を取られていた時点で君の負けだよ。僅かな物音を聞きつけてここに来た僕をむしろ褒めてほしい」


 クリスが冷や汗を垂らす。


 銀剣で貫かれたクリスは、吸血族への銀の有効性を身をもって体感した。


 傷口が焼けるように痛い。

 どんどん血が減っていく気がする。


「僕は味方を切ることに躊躇いはない。たとえそれが何年も苦楽を共にした友人でも、あるいは貸しのある相手でも。卑怯と言われたってかまわない。この世界に足を踏み入れたからには、自分の目的をどんな時でも貫き通す覚悟で来ている。今回は僕の目的の為に君の目的が叶わなくなるだけ……残念だったね」


 キリは穏やかな表情でそう告げると、クリスの腹から剣を抜いた。


 傷口から一気に血があふれ出す。


「クリーース!!!!!」


 エマが叫んで近寄ろうとしたが、それをリリィが止める。


「牢獄行きよ。死ぬわけじゃない」


 エマはリリィを押しのけてクリスに近づく。


「私は死ぬか死なないかでクリスを見てない!彼が苦しいと私も苦しい……こんな仕打ち、ひどすぎる!!」


 エマが膝から崩れ落ちるクリスを支える。


「クリス!大丈夫!ほら、私が血を止めるから」


 エマが服を破って傷口に手を当てようとした時、フジがクリスを掴んで立ち上がった。


「お嬢。心配なさるな。怪我はこちらで治します。今はリリィ様の所へ行っておいてください」


 フジはそう言うと、意識を失ったクリスを抱えてキリと共に部屋を出て行った。





 一方その頃、軍部ではロランが人を呼んでいた。


「誰か!ルピナは裏切り者じゃないんです!」


 その声を聞きつけたロータスが部屋の中へ入る。


「ロラン、どした?心配事はヤンキーに言ってくれぇ?仲間想いだからな!」


 ロランは呼吸を整え、ロータスに事の顛末を伝える。


「ルピナは、かつてのハティ一族で、家族を救う為に入団したんです。決して裏切り者なんかじゃない……!」

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