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第七十九話 数奇な運命➀

 ロランはすぐに、ルピナにロデリックのことを伝えなければならないと思った。


“ロデリックは僕が殺した”


 実際とどめを刺したのはカールだったが、ロランが殺したも同然だった。


 しかしその一言が出ない。


「あ、ああ」


 ロランの顔色が土気色になっていく。

 ルピナはそれに気づくと、ニコリと笑った。


「大丈夫、だから俺は内通者じゃないって。君の命を奪ったりしないし、君の仲間に手を出したりしないよ。そもそも俺にとっても大切な仲間だしな」


 ロランはその言葉にますます告白ができなくなる。


――“大切な仲間”


 本当ならロランに安らぎを与えるはずだったその一言が、今は彼にとって苦痛でしかなかった。


 ルピナに失望されたくない、ルピナに恨まれたくない。

 そんなエゴからもロデリックの死を打ち明けたくなかった。


 だが、自分の残酷な仕打ちを打ち明けなければ。


「あの――」


 ロランが言いかけたとき、ルピナが再び口を開く。


「実は、俺らハティ一族は残り三人しかいないんだ。俺と、ロデリックと、その娘ラーラ。ハティ一族は皆左右白黒で違う色の耳を持ってて、吸血族と獣人族のハーフで……」





 この時はまだ、ハティ一族のほとんどは各地で小さな集落をつくって暮らしていた。

 ルピナ達もそれに漏れず、極圏に近い雪国でひっそりと暮らしていたのだった。


「おじさん!フォーリコールできてるよ!」


 まだ身長の低いルピナが木製の小屋から呼ぶと、薪を割っていたロデリックがそちらへ向かって手を振る。

 小屋にはロデリックの妻エイルと、つい数か月前に生まれたばかりのラーラがいた。


 ルピナには両親の記憶がない。


 両親は大陸の西端、イベルリア地域出身だということは知っているが、迫害されて逃げてきた中でロデリック達とはぐれてしまったと聞かされている。

 これは真実を隠す優しいウソなのか、それとも本当に――。


 しかしルピナには判断する術などなかった。


 とは言え、物心ついた時からロデリックとエイルに育てられたルピナは、二人のことを本当の両親のようにして慕っている。


 ロデリックが肩に乗った雪を払い、玄関から家に入った。


「あなた、明日村までお野菜とか、買ってくるわ」


 ラーラがそう言うとロデリックが頷く。


「丁度いい。私も行くよ。そろそろ薪を売らないとね」


 そう言ってロデリックは木製の食卓に座り、既に置かれていたパンを一齧りした。

 エイルはロデリックの皿にフォーリコールを注ぐ。


 マトンとキャベツ、ジャガイモの入った鍋はコトコトと音を立て、胡椒の効いた香りが部屋中に広がっていた。

 その鍋に木製のお玉がトプンと浸かり、ホロホロになった羊肉とシナシナになったキャベツを目一杯掬って出てくる。


 フォーリコールがルピナの皿に注がれると、ルピナはすぐにスプーンで口に運んだ。


「熱っ!あっつ、あつい!」


 ルピナが口を押さえて暴れる。

 それを見たロデリックが微笑んで言う。


「もっと落ち着いて食べなさい。火傷してしまうよ」


 エイルも嬉しそうに笑うと、自分の皿とラーラ用の小さな皿にフォーリコールを注ぐ。


 エイルはスプーンで少しだけジャガイモを掬うと、フーフーと息を吹きかけて熱を冷ました。


「ほら、お口開けてごらん」


 エイルに言われたラーラが口を開け、フォーリコールを口に入れられる。

 フォーリコールを食べたラーラが優しく微笑む。


「ラーラ笑ってる!きっと美味しいって分かってるんだね」


 ルピナが言うとラーラがさらに笑い、前歯だけ生えた小さな口を嬉しそうに大きく開けた。






 幸せな毎日は、唐突にして終わる。


 翌日、夫婦で村へ行く予定だったエイルは一人で村へ降りることになった。

 ロデリックは急な頭痛に苦しみ、家で休んでいることになったのだ。


 エイルは、雪の積もった小道を一人で歩いていた。


 家の前から続くこの道は、村へと続く唯一の道であり、周囲の木々は雪の重みで枝を垂れていた。

 雪の中を歩く音が静寂の中で響く。


 ロデリックがいない寂しさを感じながらも、エイルは前を向いて歩き続けた。

 息を吐くたびに白い蒸気が空気中に広がった。


 しかし、エイルが村へたどり着くと、そこは地獄だった。

 南から来た吸血族により家屋には火を点けられ、逃げようとするハティ族は容赦なく殺されていく。


「え――?なんで――?」


 村はもう壊滅状態だった。

 どういうわけか、一族の命を狙いに来た吸血族が村で暴れ、エイルが村に着く頃にはハティ一族のほとんどが既に息絶えていた。





「まさかこんなとこにいたとはね。兄貴の命令じゃなきゃこんなとこまで来ねえよ。ほら、お前ら。とっとと殺せ」


 吸血族を率いていたのはブルートだった。

 その側にはカシム。


 厚手のコートを着た二人は、少し高い丘から村を見下ろしている。


「しょうがないじゃないか。獣人が吸血族に強いことがばれないように、ちゃんと殺さなきゃならないんだから」


「混血だろうが何だろうが俺らの方が強いに決まってんだろ」


「はいはい、そうですね。兄さん」


 カシムがそう言った時、山の方へ逃げようとする一人の女性を見つけた。

 ブルートもそれに気づき、女と一瞬目が合う。


「逃げられると思うな……追うぞ」


 カシムとブルートはその女を追いかけ、一つの山小屋までたどり着いた。

 女性が山小屋のドアを開けようとした時、カシムがその女の首を掴む。


「君、名前は?」


 女は痛そうにしながら答えた。


「ケダモノの質問には答えないわ!」


「まぁ、聞いた意味、無いけど」


 カシムはそれだけ聞くと、彼女の心臓を一突きで貫く。

 エイルの胸から鮮血が噴き出した。


「はい、おじゃまんぼ~」


 ブルートが小屋を開け、中にいる人物を見渡す。


 ベッドに寝たロデリックと椅子に座るルピナ。そして彼の腕にはラーラが抱えられていた。


 異変を感じたロデリックが飛び起き、ブルートへ拳を突き出すが軽く避けられる。


「あれ、ハティ族ってこんなに弱かったっけ。吸血族の血引いててこんなに弱いの?」


 ブルートはロデリックを殴り飛ばし、奥の子供達に近づく。


 そして興味深そうに二人へと顔を近づけた。

 するとすぐに、何かを感じたのかラーラが泣き出す。


 焦ったルピナが近くにあった白黒の狼のぬいぐるみを渡したが泣き止まない。


「お、おおおお前、誰だ!おじさんになんてここことをするんだ!ラーラも怖がってるだろ!」


 ルピナがブルートに言うが、ブルートは全く動じない。


「ラーラちゃんか、この子は」


 ブルートはそう言うと拳を振り上げた。

 が、その時、ロデリックがその拳を掴んだ。


「待ちなさい――!」


 ロデリックが言う。

 ブルートが彼を睨んだ。


「貴様」


 ブルートが力を入れても右手はピクリとも動かなかった。

 驚異的な握力が彼の身動きを制している。


「少し、風邪なものでね。本調子ではないが……」


 しかしその時、カシムがエイルの遺体を持って小屋に入る。

 それがロデリックの目に入ってしまった。


「エイル!!!!!!」


 その隙を突かれ、ブルートからの攻撃を許してしまう。


「隙ありだな、お父さぁん」


 地面に頭を押さえつけられた。

 それに構うことなく、ロデリックは必死にエイルへと呼び掛ける。


「エイル!エイル!返事をしてくれ!頼む!」


 ロデリックの叫びも虚しく、エイルは目を開けることが無かった。


「良いことを思いついたぞ、カシム!」


 ブルートがそう言うと、その大きな手でルピナの頭を掴んだ。


「おい、お前、俺の元で働け。役職は、そうだな。暗殺者だ!!」


 ロデリックはそれが何を意味しているか瞬時に理解した。


 ルピナとラーラを人質に取られているのだ。


「やめてくれ。私は何でもする。頼むから、私の息子と娘には手を出さないでくれ」


 ルピナが目に涙を浮かべる。


「――怖いよ。怖いよ」


 今まで兄として耐えてきたルピナももう限界だった。


「よく耐えたな。ルピナ。かっこいいお兄ちゃんだぞ。今はちょっと痛いかもしれないけど、すぐに放してやるからな」


 ロデリックがルピナに言うが、カシムに顔を蹴られる。


「黙れ」


 カシムはそう吐き捨てると、エイルを家の外に放り投げた。


「煮るなり焼くなり勝手にしてくれ……兄さん。早く帰ろう」


 カシムが帰ろうとした時、ブルートがそれを止める。


「待て、どっちか持ってけよ」


 ブルートが泣きじゃくるラーラとルピナを指さして言う。


「じゃぁ、でかい方持ってくわ」


 そう言うとカシムはルピナの首根っこを掴み、小屋を出た。


 ルピナはそれ以降、ロデリック達のことを全く知らない。

 何とかカシムの屋敷を抜けだしてクロノスに入団するも、一向に手掛かりは掴めなかった。


 処刑人ロデリックの噂を信じながら――数年。


 それが彼の過去であり、今生きている理由だった。





「入団して十余年。それが俺の歴史かな。因みにおじさんはもう100歳越えてるかも」


 ロランはもはや正常な思考回路など持っていなかった。


――悪魔だ。


――自分はルピナから見て、悪魔以外の何物でもない。


 自責の念に苛まれ、うまく息ができなくない。


 まさか、ロデリックがルピナの育ての親だったとは。

 そしてラーラの生死。

 ブルートの屋敷で狼のぬいぐるみを持った少女を見た気がする。


 もはや躊躇うことは無い。


――真実を告げ、僕は教団を抜ける。


 遂にすべてを打ち明けようと決めた。


「あのさ、ルピナ」


 ロランがルピナの目を見て話し始めたとき、部屋へ数人の教兵が入って来る。


「吸血族側の裏切り者め、付いて来い!」


 彼らはルピナの両脇を掴むと連れて行こうとする。


「待って!彼は裏切り者じゃない!」


 ロランが叫ぶが、彼らは取り合ってくれない。

 教兵たちの後ろからアロンとオリバーがやって来る。


「ロラン!悲しいけど、彼は裏切り者だった。アロンが暗号を解いてくれたんだ」


 オリバーがそう言うと、アロンが頷く。


「待って、違う!ルピナは裏切り者じゃない!仲間だ、なか、ま。いや、むしろ俺が、俺が、と……とにかく違うんだ!味方なんだ!」


 ロランの叫びも虚しく、抵抗するルピナは連れ去られる。


「安心しろ。君は優しすぎる。すべてはボスのためにしてあるから!」


 アロンがそう言うと、医務室の部屋を出て行く。


 オリバーもそれに続いて医務室を出て、扉を閉めて出て行ってしまった。

 ベッドから半分ずり落ち、地面に手を突きながらロランが叫ぶ。


「違う!ルピナは仲間なんだ。大切な仲間なんだ!!!!!」


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