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第七十三話 血は人を変える

 クリスはオファクから借りた馬に乗り、見渡す限りの灼熱砂漠を駆けていた。

 舞い上がった砂塵(さじん)が砂避けゴーグルに打ち付けられ、パチパチと音が鳴る。


「頑張れッ――!」


 クリスが馬に言った。


 この世界の馬はラクダとの交配が進んでいるのか。

 はたまた進化しているのか。

 彼らは砂漠に適応して、大柄な体とラクダのように大きな足を持っていた。


 クリスが防砂マントをなびかせて砂丘を駆け下りていく。


 エマの気配を頼りに、馬の手綱を左右に引いて辺りを散策する。

 が、それらしき施設は全く見当たらない。


 北も南も砂砂砂。砂でできたこの世界に、人工物はどこにも見当たらなかった。


「どこだ、エマ。聞こえるか!エマ!!」






 クリスが暫く辺りを探していると、遠くの方にいる二匹のデザートバードと、それに乗る二人の男女を見つけた。


 デザートバードとは、その細い二本の足と発達した前腕でゴリラのように歩く鳥類である。

 彼らは本来、オアシスなど十分な水分のある所に生息しているが、人々が家畜化したことによって、砂漠のありとあらゆる場所で見られるようになった。


 鳥の背に着いた黄金の鞍やその装飾から、上に乗るマントの人物が貴族であることが分かる。


 二人はある場所に辿り着くとデザートバードから降り、屈んで何かのボタンを押した。


――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 すると下から大きな鋼鉄の建造物が出現し、その入り口が大きな口を開ける。

 女が先にデザートバード二匹を連れて中へ入り、男が残りの荷物を持って進む。


 二人が中へ入ると、巨大な入り口はゆっくりと閉まっていった。


 エマの気配はその先から感じる。

 あれがカシムの隠れ家で間違いないだろう。


「くそデケェ……どういう仕組みだよ」


 クリスは直ぐに彼らを追うと、地面にあると思われる、扉を開けるための何かを探した。


 するとすぐに、砂の中にうっすらと見えている金属製の取っ手のようなものを見つける。


「これか?よっと――」


 クリスは恐る恐る引いた。

 金具が上に持ち合がると、地下への入り口が砂の中から浮き上がってくる。


 まるで鯨が呼吸するために水面へ浮かんできたかのようなそれは、錆色の鋼鉄でできていた。


 入り口が完全に地上に出ると、正面にある巨大な扉が左右に開く。

 “隠れ家”の中には何もなく、只地下へと向かって斜面だけが続いていた。


 クリスが馬から降りて中へ入る。

 するとすぐに扉が閉まり、真っ暗だった廊下に明かりが点く。


 壁は見たことのない材質。

 近未来、それも今の蒸気機関の世界から見ての近未来でなく、クリスの前世から見て近未来であるような見た目をしていた。


 特に照明は、その中を昼のように照らしていた。


「LEDじゃないか?これ……」


 クリスは馬を引き、壁に手を当てながら進む。


 二分ほど直進すると、やっと右手に扉が出て来た。

 扉の前に立つと扉は自動で空き、中の空間が見えてくる。

 そこは馬やデザートバードが繋がれており、馬小屋のような場所になっていた。


「待っててくれ」


 クリスも馬をそこに繋ぎ、彼の首をポンポンと叩くと銃を構えて奥へ進み始めた。

 彼が馬小屋の奥にある扉の前に立つと、また自動でドアが開く。


 クリスが右腕を抑え、目を真っ赤にして言った。


「――全員ぶっ殺してやる!!」





 中は複雑な構造になっていた。左右正面に伸びる廊下。

 すべてが真っ白で、まるでこの世界でないような場所が続く。


「気色悪い場所だな」


 クリスがリボルバーとダガーを前に構えて進んでいく。


 入念にクリアリングして角を曲がり、少し開けた場所に出ると、そこには貴族であろう人物が一人いた。

 彼は貴族風の出で立ちをしている。

 ワイングラスを持った様はこの“隠れ家”の中ではまるで似合わない。


 クリスが後ろから忍び寄り、男の喉にダガーを突きつける。

 いとも簡単に彼の喉を掴むと、低い声で告げた。


「俺の質問だけに答えろ、攫った人間はどこにいる」


 男は青ざめて答える。


「お、おお奥だ。吸血族が勝手に集めてるだけだぞ。ワシは知らんからな!」


 クリスは男の心臓付近にダガーを食い込ませると、力なく倒れたその男をそのまま正面の部屋に隠す。


 そこは机と本棚だけがあるシンプルな部屋。

 机の上に置かれた紙には、貴族への報告書が雑に置かれていた。



“ダンジョンを見つけて二か月。この建物は異世界から飛ばされてきたのではないかと推測”


“私たち蒸気機関技術では到底再現できない”


“ここをカシム派直属組織の拠点とする”



 クリスが報告書を読み進めると、一番下の紙にはエマの名前と特徴が書かれていた。



“ゼリク様の情報統制の範囲を超えようとしている。この女の目的について拷問しなさい”



 右上に書かれた日付は今日。


「――マズい」


 クリスはすぐに部屋を飛び出した。


 額に伝う汗。

 銃を構えながら廊下を進むと、奥の部屋から声が聞こえて来る。


「おい、そろそろ喋ったらどうだ。ノートにあったクリスやリラってやつの居場所も、吸血族について嗅ぎまわっている理由も、全部言え」


「……嫌だね」


「ゼリク様が世の中を統制してくださってるのに、吸血族の研究だと!?明らかにおかしいだろ。さぁ、吐かないと六つ目の爪を剥ぐぞ!!」


「嫌だ!絶対に言うかよ」


 クリスはそこら中の部屋を開ける。

 エマの姿を文字通り血眼になって探す。


「エマは?どこだ!ここじゃない、ここじゃない、ここじゃない!」


 最後に残ったのは一番奥にある頑丈そうな扉。


 開けようとしても鍵がかかって開けられない。

 力任せにドアを開けようとしたが、目の前に立ちはだかる鉄の塊はびくともしなかった。


「どなたですか?そこにいらっしゃるのは。今取り込み中です。これは、私たちが忌まわしきブレイブバード家のように、蛮族にならないために、必要なんですよ!」


 そこでクリはドアを思い切り蹴り、真ん中をへこませる。


「何をなさるのです!いや、誰だ。貴族様はこんなことなさらない!侵入者だな」


 クリスがもう一度ドアを蹴るとドアがぐらつく。


「おい、やめろ!お前は吸血族か!だが俺には勝てん!」


 クリスが三度目にドアを蹴った時、ドアがバタンと音を立てて内側に倒れた。


 部屋の中が見える。

 無機質な部屋に太った吸血族の男と、やせ細ったエマ。


 エマは手足を縛られて椅子に座っていた。


「だ、誰だあんたは!こんなことしてただですまないぞ!」


 拷問官がペンチをこちらに向けてクリスに話しかける。

 クリスはそれを無視してエマに近づき、エマを縛る縄を(ほど)き始めた。


「おい、無視するな。こんのォ、お前をぶっ殺してやる!」


 拷問官がクリスの後頭部へペンチを振り上げた瞬間、クリスは振り向くことなく男の眉間に銃を突きつけた。


「お前は、俺の大切な仲間を傷つけた……もう失いたくない……それ防ぐ為なら、何だってするさ」


 クリスの影が部屋の中に映し出され、口元だけが動く。


「……手遅れだ」


 そして振り返る。

 彼の赤い目を見た時、男の体は硬直したように動かなくなった。


 この部屋の中で、唯一拷問官の唇だけがカタカタと震えていた。


「お、おれに敵うと思うな――」


――パンッ


 クリスが引き金を引くと、拷問官の頭から真っ赤な血が噴き出した。

 拷問官は倒れ、静かになった薄暗い部屋にはクリスとエマだけが残る。


 返り血も気にせずに、クリスは再びダガーで縄を切り始めた。

 エマは未だに、ただただ拷問の恐怖に震えていた。


 クリスが縄を解き終えた時、廊下の外からちらほらと声が聞こえる。


「侵入者だァ!!」


「逃がさねぇぞ!!」


 オファク流で検知するに、二十人かそこらはいる。


「――ちょっと待ってろ」


 クリスは暖かみのある声でエマに言うと、リボルバーを握りしめて立ち上がった。


「殺したくないよォ……俺はよォ……何でいつも俺が割を食うんだろうなァ」


 そう呟いた彼の目は、殺意で真っ赤に染まっていた。



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