第七十一話 信じる力は無限大➁
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アラスカオオカミの獣人
特筆すべきはその隠密力、嗅覚である。
これらは闇に乗じて狩りを行うことを可能にするが、実際の彼らは長期戦を得意とする。
それも数日かけての戦闘。
襲撃の幾日も前から跡を付け、時には疲弊させ、時には隙を見て突然襲う。
多くのアラスカ獣人族が暗殺業を生業としていた。
リラの両親もクロノスで雇われたのだ。
だが、リラという戦士は、その能力をさらに発展させて使用していた。
それは、“嗅覚”の拡張。
オファク流武術とアラスカオオカミの暗殺術を融合させた、近接戦闘術を生み出す。
嗅覚によって敵の動きを嗅ぎ分け、急所を、次の一手を予測する。
そして隠密力によって死角へと気配を消し、背後からの攻撃を得意とした。
それは筋力の少ない女性でも可能な、強烈な一撃を食らわせる方法。
――今回においてザザは、その隠密力を超える経験と、反応速度があったが。
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「さぁ、ザザと言ったか?お主は今からこの鉤爪の餌食になる。覚悟せい」
「貴様ァ!」
ザザは激高し、全身の毛を逆立たせた。
「リラッ!!」
エマが叫ぶ。
勝負は一瞬。
二人はそれを瞬時に理解した。
すれ違いざまの一太刀。
これが雌雄を決するのだと理解した。
「――来い、ザザ」
リラの挑発を受けたザザが一歩を踏み出す。
それと同時にリラが腕を構え、迎撃態勢に入った。
「「キサマァァァァアアア!!!」」
ほんの刹那だった。
零コンマ何秒の世界。
ザザは肉の刃を横に薙ぎながら、リラの左を走り去る。
リラはその心臓目掛けて、彼女の鉤爪を振り抜いた。
「!!」
エマがリラの下へ走り出そうとしたのを、オスカルが引き留る。
「……」
「……」
沈黙はしばらく続いた。
だが、先に足を地面に付けたのはリラだった。
右ひざを地に付き、腹から血を流して獣化を解く。
「ケヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ、俺の、勝ちだ」
ザザは勝利を確信した笑みを浮かべた。
しかし次の瞬間、彼の右脇腹から大量の血が噴き出す。
鮮血が噴き出したのを見て驚くザザ。
「な、な、クソォォォオオオ!!!こんのォ、オオカミ女ァ――」
ザザは言い切る前に倒れ、うつ伏せになって血を流したまま、ピクリとも動かなくなった。
「リラ!!!」
リラは流血していた。
だが、ザザとの一騎打ちで負傷したのは右脇腹の一部のみ。
回復に専念すれば数時間で治せる程度の傷だった。
エマがリラの下へ駆けて行き、リラに抱き付いた。
リラもそれを受け止め、互いに安堵を噛み締める。
オスカルもそれに近づき、その雄姿に感心した。
「すごい!なんて戦いやねん!自分、クロノス教団で一番強いんちゃうか?」
リラは傷口を押さえながらそれに答えた。
「いや、クロノスにはキリとルピナっつう最終兵器がいるよ。拙者は三番目だ。それに、今回は運が良かっただけ。トリックを見破れたからな」
「「トリック?」」
エマとオスカルがはてなマークを浮かべる。
「ザザは右手が剣に変形する男。私も最初はそう思っていた。しかし、途中でそんなファンタジーなことがあるかと思ったんだ」
「んなファンタジーなことあるかい!ってな」
「「……」」
「……悪い悪い」
「だから、拙者は一つの仮説を立てた。それは、あれが本物の――」
「剣!」
エマが答え、オスカルが頷いた。
「そう。まさにその仮説が正解だった。彼は腕の中に剣を捩じ込み、持ち前の回復力で剣に肉を纏わせてそう見せていただけ」
実際、手の延長に刃物があれば扱いやすいだろう。
リラはそう推理したのだ。
つまり、常に油や肉で汚れたあの剣は打撃的な攻撃か刺突攻撃しかできない、切れ味の悪い剣。
そこでリラは賭けに出た。
「あの剣ならば、たとえ全力の一撃でも急所さえ躱せば耐えられる――という予想の元、右手で剣の軌道を変え、本命の鉤爪で奴の右脇腹をぶっ刺したってわけだ」
リラはフンスカと鼻を鳴らすと、得意そうに自分の鉤爪を眺めた。
♢
その後、オスカル、ラーラ、リラ、エマらは互いの情報共有と、常夜への対策を考えるべく、暫くラオでの滞在を決めた。
クリスは再びジィジの元へ帰る。
ザザの撃破を報告した後、砂漠で訓練に明け暮れる毎日へと戻っていった。
「爺さん、只今……おわたで」
「お前さん、訛りが移っとらんか」
「そないなことあらへんがなやで」
「……下手クソじゃのう」
こうしてラオでの一幕が終わる。
惨劇後の治安維持やユマ教との遭遇、クリスの心境の変化が終わる。
皆が次のステップに移る。
――と、誰もがそう思っていた。




