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第六十九話 常夜――トコヨ

「簡単に言うと、人類が滅亡する」


「は?お前、な……何言ってんだ」


「それは本当なの!?」


「…」


「どーん!!」


 それぞれの反応をする皆に構わず、オスカルは続けた。


「クリスにはまだ言ってへんかったな。僕は聖職者であり、予言者や」


「……いや、俺はあんま――」


(ちゃ)う。君の思っとる予言と、僕の言っとる予言は(ちゃ)うねん」


 オスカルはエマに少し待ってもらうよう手をかざすと、クリスに向き直って言った。


「僕らの国では、予言は最新の科学であり、真実や。空気を読み、空を見て、生き物と心を通わした結果得られるものが予言やねん。決してスピリチュアルなもんと違う」


「それがユマ教……」


「科学て言わへんのは、教会から隠れて研究するため」


「研究って、そう言うの良くないんじゃ」


「そう、それは実際、聖職者としてはあまり()()()()()()。この世の理は神によって形作られてんねんから、それをほじくり返して、教会の意向に背けば、罰が与えられる」


 気づけばエマやリラも聞き入っていた。

 自国ビサのことで手いっぱいな中、隣国の状況を知ることは滅多にない。


「つまり、ユマ教の経典、五神が“宗教”であり、僕達ユマ予言連盟が“科学”。そして僕は、この二個をどっちも信じてんねん」


「確かに……宗教と科学が一体化した感じだな」


「これが僕の――“信じる道”や」


 オスカルはエマたちの方へ向いて続ける。


「そして今回、恐いことが起きてん。我々の研究と、ユマ教預言者の予言が一致してん。それは、今年、それも直近に災害で人類が滅亡するという予想。僕らはそれをこう呼ぶ――“常夜(トコヨ)”と」


 エマはメモにその言葉を書きとっていたが、どこか頭の隅でその言葉に聞き覚えがあった。


「私……聞いたことある。クロノスが捕らえたビサの教授がそれを言っていたと思うの」


「せやろな。やっぱ吸血族も嗅ぎつけているだろうと思ててん。でも、この話で一番大事なのは“人類”が滅ぶという事。獣人族や吸血族は滅びん。ユマ教はそう言うとった」


 それを聞いたクリスは手を挙げて質問する。


「えっと……つまり、その大災害で人族だけが死ぬという事?その、ウイルスかなんかで?」


「いや、ユマの予想ではそこが断片的やってんけど、科学の予言では違う。多数の地学的、化学的要因が天文学的確率で合致することで、未曽有の大災害が起きる。例えば、津波とか」


 それを聞いたエマとクリスが、びくりと肩を震わせた。

 リラはピンと来ていないようだ。


「そんで僕は、それは止めることができる――と思てん。だからエマさんに会いに来た。君の技術力を借りるために」


「でも、私そんな大層な発明は――」


「いや、これからすんねやで。もしくは、秘密兵器を呼び起こす」


 オスカルがそこまで言った時、リラとクリスが不意に何かを察知した。


「伏せろ!」


 リラが叫ぶ。

 皆が地面に伏せ、刹那、耳をつんざくような爆音が辺りに響き渡った。


――バアアアアアアアアアアアアン!!!


 部屋へ押し寄せる熱風と、眩い光。

 クリスが伏せたまま言った。


「ダイナマイトを二階の窓から投げられた。多分――刺客じゃねーかと思う」


「大丈夫ですか?皆さん!!」


 辺りが静まり、オスカルが顔を上げると家の上半分が無くなっていた。

 散乱した木片やレンガ、灰が爆発の大きさを物語っている。


 その時――。


 オスカルは煙の中に現れた二人の刺客を目視した。

 リラとクリスも立ち上がり、それぞれ自分の武器を構えて先頭体勢に入る。


「ほんで僕が話すべきことの最後は、僕が狙われとる理由。勿論、予言通り人類が滅亡せんかったらユマ五神の権威が揺らぐ。せやから、彼らは滅亡を阻止しようとする僕を追う」


 ラーラがオスカルの足にしがみつく。


「人類を滅ぼそうと思うとる吸血族と、それに協力した狂信者。紹介しよか。彼が刺客のザザで、その後ろにおんのがユマ教女司祭、ジーナや」


 オスカルが彼らの方を指さすと同時に、粉塵の中から躍り出たリラとクリス。


 刺客の二人へと飛びついた。


 ザザは腕を変形させて刃状にすると、リラが突き出したダガーを防いだ。

 刃がぶつかり合う先で、ザザがニヤリとして言う。


「君たちの居場所はすぐに分かったよん。だって、ジーナ様がすぐに見つけたからねェ。ケヒヒ」


 その突き出した頬骨と落ちくぼんだ目は、まるで亡者のような形相だった。


 一方、ジーナへと攻撃を仕掛けたクリス。

 相手の意外な機動力に驚いていた。


 修道服で素早く立ち回り、短剣を軽く躱される。


「私はメキシコオオカミの獣人。鼻が利くのが能力よ。オオカミらしくて、良いでしょう?」


 ジーナはクリスの攻撃を躱し、そのままエマやラーラのいる方へと向かった。


「この話を知ったお前たちを生かすことはできない――!!」


 彼女が懐からダイナマイトを取り出そうとした時、自分のすぐ側に気配を感じた。


「――オオカミババァ、逃がさねぇよ」


「なッ」


 そこにいたのはクリス。

 短剣を振りかざし、ジーナの頭上に向かって狙いを定めていた。


「ただの人間が私について来れるわけが……貴様、吸血族だな!どうして人族の味方をしている、小僧?こちらに居れば争いも、老いも、権力も自由だ!」


 クリスはジーナの誘惑に乗ることなく、躊躇ない一撃を振り下ろした。


 しかしジーナは軽く除ける。

 放たれた一撃は彼女の肩を掠って、微かな血だけが短剣の先に付いた。


 ジーナは焦っていた。

 敵に吸血族がいるとは聞いていない。

 

 しかし彼女は、目の前にいる、目を邪悪な赤に染め、感情に支配されて前が見えなくなった男の心を見透かしていた。


 いや、嗅ぎ取っていた、の方が正しいか。


「……恐れだな?君の目に宿るのは憎しみや怒りじゃない。何に対する恐れだろうね」


「黙れ!」


 クリスは短剣を横に薙ぎ、ジーナの服を切り裂いた。

 彼女が服の下に着ていた鎖帷子が露わになり、同時に彼女が腰に帯びていた鎌が地面に落ちた。


 ジーナはそれを持ち上げ、静な目でクリスを見据える。


「恐れに屈することはない。私たちは選択できるのだ、恐れに立ち向かうか、それとも逃げるか」


 クリスは一瞬ためらったが、再び短剣を構えた。


「お前に俺の何が分かんだよ!」


 ジーナは鎌を構え、静かに言った。


「恐れを乗り越えることができるのは、自分自身だけだ。だが、断言しよう。この世界は残酷だ。乗り越えられる壁だけが来るわけじゃない」


「それは違う!!俺は何をしてでも乗り越えて見せる」


「そうして、我々は夢や奇跡にすがる。君も例外じゃない。なぜなら、君の根底にあるのは恐れからの逃走だからだ」


「……何言ってんだイカレ野郎」


「恐らく、何か過去の記憶に囚われているのだろう?愛されなかったとか、愛に報いることができなかったとか。そして君はそれが今の自分の言い訳になると信じている。言い訳になっていないと分かりながらも」


「黙れ!それは“お前たち”だけだ。“俺たち”は違う!!」


 二人の間に緊張が走る。

 次の瞬間、激しい戦いが始まった。


 鎌と短剣が交錯し、火花が散る。

 ジーナは冷静さを保ちつつ、クリスの連撃を躱し、反撃の機会をうかがう。


 クリスの手が一瞬緩んだその隙を突いて、ジーナは鎌を振り下ろした。


「くそッ――!」


 短剣が弾き飛ぶ。

 クリスは驚きの表情を浮かべ、二歩、後ろに下がった。


「これで終わりだ。恐れに支配されるのはもうやめにして、私達と共に来るのだ。絶対の安心を手に入れようじゃないか!」


「……安心……か」


 クリスが一歩ジーナに近づく。

 そしてまた一歩、ジーナに近づき、うつろな表情でジーナを見つめた。


「そうだ。それでいいん。ユマの神々と、吸血神ゼリク様の安寧の元で暮らす。その世界に人族は必要ない。人族は元々、吸血族よりも血を好む種族なのだから」


 クリスはジーナの目の前で足を止め、俯いて呟いた。

 それはあまりに小さく、一度では聞き取れない。


「な、なんだ小僧?何が言いたい」


 そう言われたクリスは、今度はジーナの目を見据え、しっかりとした声でジーナに言った。


「不安定な世界でも、貧しくても、皆頑張ってんだぜ。人族だけじゃない。獣人族も、吸血族も。すがるものがない人々も中には居るし、何かに寄りかかって生きている人だってたくさんいる」


「私だって努力しているさ。私だって、努力しているさ!」


「いや、それでも、それでも彼らは藻掻いているんだ。己の運命の中で、自身の力でもがいているんだ。彼らと、俺らと、逃げ続けているお前とは決定的に違う。人生がそんな簡単であって堪るかってんだ!!!」


「この――クソガキャァ!海の底に沈めて――」


「てめーは……信じる気持ちがなってねェ!!」


 クリスがそう言い終わると同時に、ジーナの顔面へと拳が叩き込まれた。

 クリスは何度もジィジと訓練してきたそのパンチを、ジーナのプライドもろとも破壊せんと、渾身の力で放った。


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