第六十八話 ハスキーボイス
「おまえがえまか。おちつけ!」
ラーラが彼女を宥める。
それを聞いた女は喉元に突きつけた刃に力を籠め、ハスキーな声でオスカルに問うた。
「オスカルは従者と二人で来ると聞いた……」
「せやねんけど――!」
「そうなるとこの状況ではオスカルが捕まり、そこから情報を聞き出したビサ側の人間がオスカルに成りすまし……私を殺しに来た。そう考えるのが妥当じゃない?」
それを聞いたオスカルは額に汗を流し、自分を証明できるものがないか辺りを見回す。
エマに拘束されたクリスは、薄々殺気を感じながらもその刃を躱すことができなかった。
正確には、拘束されることを選択したと言った方が正しいか。
ここで抵抗すれば、オスカルの黒が確定してしまう。
大人しくすべきである。
「でも、これじゃ埒が明かないね」
クリスはそう呟くと、瞬時にダガーナイフを取り上げ、そのまま逆にエマの喉へと突きつける。
――その間、約一秒足らず。
周囲からは、彼らがヌルリと入れ替わったように見えた。
「落ち着いて、エマさん。俺達は敵じゃない」
彼女は端正な顔立ちをしていた。
目の下にクマがあり、どことなく影がある。
愁いを帯びた顔だが、クリスにはそれさえ魅力的に見えた。
エマは声を上げる間もなく捕らえられたことに驚き、それと同時にこの状況へ焦った。
「慌てたらあかんでクリス!エマは信じてくれるはずや!」
一瞬で立場が逆転したかに思えたエマとクリス――だったが、時計台の裏から一人の獣人が現れる。
彼女は、ゆっくりとクリスの頭へとクロスボウの照準を向けた。
クリスは自身の気配読みに誤りがあったことに驚く。
オファクでは散々に鍛錬したはずだったが、まだまだ修行が足りていなかったのだろう。
彼女の隠密技術は超一級だった。
「リラ!待って――まだ話は終わってないわ」
「ガルル」
リラと呼ばれた獣人が唸る。
獣化しているのか、その金色の目を光らせた。
エマはかなり焦っていた。
このクリスと名乗る男に拘束されたことよりも、これによりリラが暴走しかねないことを懸念しているようだった。
その場に緊張が走り、誰もが次の動きを計る中――オスカルが懐から一つの手紙を取り出して言った。
「あった!!あったで!!これや!この君との手紙に押された指紋と僕の指紋が一致するはず。ここで僕が血判を押したらええねん!」
そう言ったオスカルは指先にペンを刺して切る。
手紙に押された指紋の横へ自身の血判を押してからリラの方へ投げた。
「どや、合っているやろ」
リラはクロスボウを持ったまま紙を持ち上げると、入念に指紋を見比べる。
間違いがあればオスカルは敵。
エマは殺される。
慎重に慎重を重ねた。
緊張の一瞬が過ぎた後、リラがぶっきらぼうに言った。
「合ってる。彼がオスカルだ」
♢
「そう。彼はクロノスの傭兵で、今は独自に動いているらしい」
オスカルがクリスをエマに紹介し、二人は握手を交わした。
「「よろしく」ね」
五人(ラーラ、オスカル、エマ、リラ、クリス)は一度、クリスの拠点に戻った。
狭い家だが、ぎゅうぎゅうに詰めながらも席に着く。
オスカルが何故エマと会おうとしたのか。
彼がカシム陣営に追われている理由。
そしてクリスにもかかわる大事な情報。
これらを共有すべく、話を始めた。
リラだけがエマの後ろに立ち、それ以外の四人はそれぞれ向かい合って座る。
時刻は夕方。
窓の外は、夜が始まろうと藍色の空が広がり始めていた。
「彼女はリラ。私の護衛で、アラスカオオカミの獣人よ。」
エマの紹介と共に、リラが軽く頭を下げる。
彼女はコルセットに革ジャケットと如何にもスチームパンクな格好をしており、腰にはチェーン付きの懐中時計をつけている。
先ほど獣化しかけた時と違って彼女の表情は明るく、クリスには朗らかな印象が与えられた。
「で、私はエマ。クロノス教の本部で研究開発をしているわ。どうぞよろしく」
エマは、研究者と言うよりお嬢様と言った格好だった。
白のロングスカートを茶色いベルトで締め上げ、長めの黒髪を束ねてている。
「ありがとう。じゃあ、早速本題に入んで。まず、僕がエマとコンタクトを取った理由についてやねんけど――」
オスカルがそう言うと、エマがメモ帳とペンを取り出した。
皆が耳を傾ける。
その中心で、彼は淡々と告げた。
「簡単に言うたら、人類が滅亡すんねん」




