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第六十七話 宗教国家ユマ

――数分前。


 クリスはオファク族長ジィジからの頼みで、一人カシムにつながる情報を求めていた。

 その為に彼は夜の貴族街を歩き、暗躍する怪しげな人物を探していたのだった。


「すげぇ。吸血族の夜は……まるで世界が違う!」


 クリスがかつて見ていた町と、吸血族になってから視界に入ってくる町は全く違うものだった。


 今まで暗闇では全く見えなかった世界も、その赤い目で見通せば、遥か先ゆらゆらと揺れている木の葉の一枚一枚が確認できた。

 それに、砂漠では砂交じりの風で分からなかったが、クリスは月明かりの何と明るいことだと感じた。


 ヒト属は主に太陽信仰が多い。

 植物に栄養を与え、陸上動物に活動する熱を与え、人々が活動する時間を与えてくれる存在への畏怖。


 一方の吸血族は月信仰が多かった。

 月が闇夜の生き物たちを照らし、潮汐を働かせ、海の生き物に多様性をもたらす。


「美しい……」


 クリスは何故彼らが月を信仰するのかが分かった気がした。


 吸血族の目に、月は少し赤く、輝いて見えるのだ。

 さらにその光はスパンコールをまぶしたような輝きを見せ、夜の世界へと、吸血族の為の時間を作り出していた。


 その時、クリスは山の方から血の匂いがしていることに気づいた。


 それも人の血。

 獣の血ではなく、人の血であるとすぐに分かった。

 幼い頃からすぐそばにあって、あの屋敷でも鼻に吸い込まれてきた不快な匂い。


 その時、クリスの足が動かなくかった。

 彼の足が、無意識に戦いから己を避けているのだ。


「――動け!――動け動け動け!」


 クリスが足を叩き、山の方へと歩き出そうとするが、その足が地面から浮くことは無かった。


「頭では分かってるんだ。俺がやんないと、俺がやんないと……遺志を継がないと」


 暫くクリスが道端で止まっていると、前方から怪しい二人組が来るのが分かった。

 一人は獣人の子供、一人は人間。

 それも外国の人間なのか、独特な香水の匂いがクリスの鼻に入ってくる。


 獣人の子供は男の足にしがみつき、相当彼に懐いているようだ。

 外国からの人間だからなのか、単純に寛容な男だからなのか、獣人差別をしていないようだった。


 その時、クリスは自身の、それまでの人生を振り返る。


 戦争や革命で死んでいく若い人々。

 ラオで見たたくさんの孤児。

 故郷で見た獣人差別の数々。


 それを変えるのは、己であるという事。


 橋に立つ彼らが世界を見る目は、怒りと悲しみで満たされ、そこに輝きは無かった。


 そしてクリスは、彼らの下へと歩き出したのだった。





――クリスのアジトにて。


「なるほど、クリスさんはある教団の戦闘員。ゼリクに恨みがあって、今はラオで奮闘していると」


「おまえ、えらいな。クリス。わたしがほめてやる」


 オスカルはクリスから話を聞くと、やっとクリスを信頼したのか刀をテーブルに置いた。

 彼はクリスよりも少し身長が高いくらいの男で、クリスより二個上とのことだった。


 その自身に満ち溢れた目や、笑うと無邪気に見える八重歯が少年のように見える。

 が、中身は大人びていて、心には落ち着いた柔らかさを持っていた。


 また、容姿端麗な彼は礼儀作法にも気を使っており、身分の高さを感じさせる。


 一方、獣人の少女ラーラはフードを被って既にベッドへ寝転んでいた。


「……こんなボロ屋で申し訳ない」


 クリスがそう言い、コップに入った水を彼の前に置いた。


 ここはジィジが元々使っていたラオの隠れ家。

 クリスは彼からそれを譲り受けて、オファクでの訓練期間身を潜めていた。


「この少女は?」


 クリスがラーラについて尋ねると、オスカルは首を振って言った。


「実は、僕にも分からへん。この子は国境を超えたくらいから付いて来てんけど、フードも取らん、自分のことも語らん。でも、彼女もビサに追われてる……っぽい?」


 ラーラは疲れていたのか、早速クリスの枕を抱きかかえて寝息を立てていた。


 クリスが席を立ってラーラに掛布団を被せ、ダイニングテーブルに戻る。


「クリス君、今度は僕が話す番やで」


 オスカルは一口水を飲み、喉を湿らせてから喋り出した。


「僕は宗教国家ユマの上流階級出身、オスカル・デ・ガルシア・ユマラビアロ。僕の父はいつしかの大戦で名を挙げ、その功績を認められて預言者ユマ王12世の第15王女を与えられた。その子供が僕であり、ガルシア領次期当主オスカル。因みに言うと、僕に王位継承権は無いで」


「お、おぉ……何か……あの、敬っとく?」


「ハハハ。そう身構えんでええ。僕はあくまで(いち)貴族であり、ユマでは平民と大して変わらない身分。僕たちの国は王族、司教、平民に身分が分かれてんけど、貴族は平民と同じ」


「――で、そんなお坊ちゃまがこんな地獄みたいな国に何を?」


 オスカルは椅子に座り直し、気まずそうに口を開いた。


「ごめんな、クリス。ここから先は話せへん。でも、明日ラオで行われる取引を護衛してくれれば、この先を教えようかと。しかも、おそらく君に超大事な話。どや?」


 クリスはしばらく黙り、机の角を見て考える。


 ラオにカシムの魔の手が伸びてきている中、そんな時間的余裕はあるのか。

 それに国外から密入国してきた奴はビサに追われて当然だろうという考察。


 ゼリクやカシムに近づく案件ではない気もする。


――となると、ただ騙されて護衛させられるだけでは?


「うーん、ちょっと待って」


「勿論ええで」


 しかし、クリスの脳内には一つ不可解なことがあった。

 なぜ彼らがノコノコと吸血族(クリス)の根城に来たのか。

 いくら育ちが良くても、密入国するような人物が簡単に敵を信用するわけがない。


「護衛依頼の返事をする前に、一つ聞いてもいいか?」


「どうぞ」


「なぜ俺を信用したんだ?吸血族、それも剣を手で止められる程の吸血族の家まで来て、殺されると思わなかったのか?」


「なるほど。いや、最初は警戒しててんけど、君の首にかかったネックレスを見て分かってん。君がクロノス教団の一員やと」


 そう言うと、オスカルはネックレスに点いた装飾を指さした。

 クリスはピンと来ていないようだったが、オスカルは構わず続けた。


「実は、僕が明日会う人物がクロノスの要人やねん。それも、稀代の天才エマ」


「……エマ?」


「彼女は無線という技術を発明して、数々のアーティファクトに革命をもたらしてんて。明日は、その彼女に大事な話があってここまで――」


 これで合点がいく。

 オスカルが会いに来たのはクロノスの人間。

 彼の獣人との接し方、気品、観察力からしても、信じるに足るだろう。


「なるほど、俺がクロノスだからむしろ協力してくれると踏んだのかァ」


 クリスは首にかかったネックレスを取り、テーブルの上に置いた。


 入団時に義務付けられたこのネックレスは、おそらく布教やクロノスの支配を進めるためのものなのだろう。

 しかし、クロノス教を信じないクリスにとっては無効であった。

 現在クロノスとも浪人ともつかない立場にあるクリスには、殊更必要ない。


「オーケー。協力する。教団に無線があるのは知っている。そのエマと言う人物がいるのも本当だろう。と言うわけで、俺が護衛に当らせてもらう。で、俺はその大事な話とやらを聞くことにするよ」


「おっけ、契約成立やで」


 オスカルがそう言うと、二人は強く握手を交わした。





 翌日、クリス、ラーラ、オスカルの三人は、ラオ中心都市の北端にある廃れた時計台へと来ていた。


 北端はブルート一派の強い支配下だったこともあり、昔からあまり人がいなかった。

 だが革命が実行された今ではさらに人が減り、指名手配犯が集まるには持ってこいの場所だった。


 時計台はかなり古いアーティファクトでできており、周囲から人がいなくなった今でもキリキリと音を立てて動いている。

 曇った空と廃れた町が灰色に染まり、どんよりとした空気が流れていた。


 その下にある広場で三人は待っていた。


――が、暫くしてもエマは来なかった。


「おかしないか。エマの身に何かあったかも分からんで」


 オスカルがそう話して周囲を見て回ろうと思った刹那。

 クリスの首にスッと銀の刃が添えられた。


 一瞬にして空気が変わり、喉を刺すような緊張感が周囲に走る。


 クリスが手を挙げ、オスカルとラーラが一歩下がると、オスカルはダガーナイフを突きつける女へと叫んだ。


「待て!彼は仲間。クリスっていう人で、吸血族やけどクロノス教団に居ると聞いた」


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