第六十六話 夜の目覚め➂
――ラオ市街。
「ハァッ、ハッハッ」
貴族街も夜になるとその華々しさを隠す。
どこか寂しさすら覚える景色に変わる。
その高級な住宅街が眼下に見える山の中腹。
吐息が周囲に響いていた。
「クソ!来るなァ!」
黒い修道服を着た何者かが一人の男を追い詰め、崖の先へと追いやった。
「どこまでついてくるんだ貴様は!」
「さぁ、吐け。オスカルとラーラはどこだ……第一、ユマ教の禁忌を犯してまでここに来る必要があるのか」
「貴様に情報は渡さん。だが、俺はここで死ぬわけにはいかない。まだオスカル様への恩を返せてへんからな!」
追い詰められた男はナイフを取り出し、追いかけてきた女司祭へとその切っ先を向けた。
「まぁいい。どうせこちらにはカシム様のバックアップがある――では、お願いします」
女司祭がそう言うと、その背後に広がる暗闇からぬるりと一人の男が現れた。
「どうもどうも。私、吸血族のザザと申します。長年ブルート様の配下をしておりましてね。いえ、今はカシム様ですが」
「殺し屋か……」
「ええ。今回はカシム様が宗教国家ユマからの資金援助を得る代わりに、ビサ、ユマの反乱分子である数人の殺害を任されております故、そのお命、もらい受けたいと思います」
ボロボロのマントを羽織ったそのザザと名乗る男は、何の武器も持たずに手を正面に出す。
するとその右手が歪に変化し、一瞬で刃物のような形になった。
追い詰められたオスカルの従者は聞いたことがあった。
西の国、ビサでは肉体を武器に変えて戦う吸血族がいると。
人呼んで――憎苦の剣。
「ばっ、化け物めぇぇええ!!」
彼はそう言って足を一歩踏み出す。
――が、彼が気づいたときには既に自分の首が地面に落ちていた。
ザザと言う男の手には血がべっとりと付いている。
彼はその血を一度舐めた後、振り返って女司祭に語り掛けた。
「どうです?今回の件はアーティファクトが絡んでいないので、残念ながらカシム本人はいらっしゃいません。でも、私一人で十分でしょう?ジーナ様」
それを聞いた女司祭は鼻を押さえ、気色悪いとでも言わんばかりに顔を顰めて答えた。
「ええ。異端が消えてしまえばそれで結構ですわ」
♢
――同刻、山の麓。
「おい!オスカル!多分おまえの従者しんだぞ。しんおんがきこえなくなた」
真夜中に出歩くにしてはあまりにも幼い少女が、彼の肩の上で言った。
「そうか……忠実なる家臣ジョシア、君のことは絶対忘れへん。犠牲を無駄にもせえへん」
「敵はつよい」
「あんな奴ら――僕が軒並みいてこましたんねん」
「おすかる、言葉遣いが汚いぞ」
「はいはい、僕はええねん。ラーラは使たらあかんで」
「わかっとるわ」
貴族街の中を進むオスカルは、ラーラを肩車してなるべく暗い道を選んで走っていた。
しかしオスカルの体力も尽きて、橋の上でラーラを地面に下ろす。
「ここまで来りゃぁええやろ」
オスカルはまた肩車をせがむラーラを足から引きはがし、橋の欄干にもたれかかって息を整える。
敵に追い掛け回されていた緊張感から解放され、オスカルは胸ポケットからペンを取り出した。
不貞腐れたラーラがオスカルの足元に座り込もうとした時。
ふと街灯の下に怪しい男がいるのを見つけた。
「だれだ?あれ」
すぐにオスカルもそれに気づき、街灯の下を見た。
緊張が解けていたはずの体はいつの間にか強張る。
今まで仄かに暖かく感じた月の明かりも、謎の男を照らすスポットライトのように不気味だった。
「誰や!自分もビサ共和国の追っ手け?」
オスカルがそう叫ぶと男はゆっくりと三歩近づき、二人に語り掛けた。
「こんにちはー。どうも、ここら辺で情報収集してるんですけど、お話いいです?」
「追っ手か。近づくな!これ以上近づいてみぃ、自分の首、この剣でぶった切んで」
オスカルはペンを放り投げ、腰の鞘から剣を抜いた。
それは片刃の剣であり、鍔は丸く、その下端には扇が描かれている。
それを見た怪しい男は目を輝かせながら、手にグローブをはめた。
「それは……刀じゃない?刀とかあるんすね、この世界」
「近づくな!自分、ユマか?それともカシムか?」
「オスカル!こいつきゅうけつきのにおいする!」
オスカルとラーラが警戒している中、怪しい男はずんずんと近づいてくる。
「見たところ戦闘経験がなさそうだね、オスカル君」
「なんで僕の名前を知ってんねん、追っ手やろお前!」
「いや、さっきそこのちびっ子が言ったじゃん」
「ラーラはちびっ子じゃないぞ!12歳だぞ!吸血族と狼のハーフだから幼いだけだぞ」
「なるほど、成長速度が遅いとそうなるのか――俺もこれからはそうだな」
「お前ぇぇええ!覚悟せぇ!僕はやらなあかんことがあんねん。このオスカルは、ここで死ぬわけにはいかへん!」
オスカルが刀を構え、男を左から右に薙ごうとした。
――が、男は右手の指先だけで刀を止める。
そのカラクリは動体視力か、暗視か。
とにかく恐ろしい手練れだということは分かる。
刀の刃先は革のグローブのせいで肉を断てなかった。
「は、はッや……!」
「落ち着いて。話を聞くに、君たちは俺の味方だ。手を組もうぜ?悪くない提案だろ」
オスカルは刀の柄に力を入れるが、とてつもない力が込められているのか、その刃はビクともしなかった。
「お前はまず、誰や?この腐りきったビサにどんな善人がおるん?」
「そうだね、善人なんてこの国にはいないだろうね。俺もまぁ大量殺人鬼だし、俺がいるとみんなが死ぬし。探偵みたいな?」
「探偵は普通人が死んだ後に来るだろ。じゃぁ誰なん、自分は」
「俺はクリス。君達が追われているっていうカシム達の敵だ。詳しくは俺の根城で話そうぜ」
オスカルが力を緩め、クリスへと押し付けていた刀を鞘に納めた。
しかしラーラは話を聞いていなかったのか、全力でクリスの股間を蹴り上げた。
「このやろー!たぁー!!」
「あがッ!このちびッ子、本気で蹴りやがった!!」
「蹴るときゃほんきだろ、何言ってんだぼけ」




