第六十五話 夜の目覚め➁
「お願いします!ジィジ族長にオファクの武術を教えてもらいたいんです!」
クリスが地面に頭を付ける。
ラオでの虐殺から三か月。
クリスはやっと、松葉杖を使いさえすれば一人で歩けるようになっていた。
「ワシは教えとうない。人を殺すための技術なんかを習得したって、誰も幸せにならんぞ」
ジィジが壁の方を向いて拒むが、クリスも頑なに引き下がらない。
オファク村の客室に通されたクリスは、手彫り洞穴の中でジィジに弟子入りを申し出ていた。
「それにな、人を呪わば穴二つじゃないけどの……オファク武術を習ったって結局、その身を亡ぼすのが落ちじゃ」
ジィジが諭すが、クリスは聞く耳を持たなかった。
クリスは頭を、床に敷いてある分厚い民族模様の絨毯がへこむ程に押し付ける。
ジィジからもらったオファク村のローブを着て頼み込んでいた。
「だから俺が習うんです!俺以外の、誰か一人でもこんなことしなくていいように!」
クリスは良しと言われるまで頭を上げないつもりらしい。
「こんの分からずや!!わしゃあなぁ、お前の為を――」
何か言葉を口に出そうとしてやめる。
かつて同じように折れなかったものがいたのかもしれない。
「その半回復の足でここまで三時間。よく盗賊に襲われんやったわい。……とりあえず、最初はこの隣の部屋にある書物、全部読んでもらう」
そう言うと、ジィジは隠された隣の部屋へと、その扉を開けた。
クリスは地面に額を付けたまま、最大の感謝を示す。
「ありがとうございます!!必ずやり遂げます!!」
♢
それからさらに数か月。ジィジとの訓練で毎日が過ぎていく。
もはやクリスの四肢は完全に回復し、人族だった頃よりも高い運動能力を発揮していた。
「違う!クリス!足の付け根の筋肉はそういう切り方じゃ切れんぞ。もっとこう!斜めに上へと裂くようにじゃ」
ジィジが実際に藁人形の足元を、木の杖でなぞって見せる。
それを見たクリスが実際にダガーで藁を薙ぎ、そのまま藁人形のこめかみに銃を突きつけた。
「その銃とやらの使い方もうまくなってきたの。肘を曲げて銃の衝撃を吸収するやり方も見事」
ジィジがクリスの肩に手を置いて言い、タオルを手渡した。
「ありがとう、ジィジ。人だった頃より動きが格段に速くなってる。動体視力、嗅覚も気持ち悪いくらい成長してるよ」
クリスが汗を拭き、右手に巻いた包帯を外すと、手のひらが潰れた豆によって真っ赤になっていた。
「今日はずっと訓練しっぱなしじゃ……そろそろ休憩がてら、次のステップについて話そうかの」
ジィジがベンチに座り、クリスもその隣に座った。
だだっ広い砂漠の中、小さなオアシスのほとりに作られた訓練場。
剣や井戸も、全てクリスがオファク村から背負って持って来たものだった。
クリスはこの訓練場に愛着が湧いていた。
ここに居ると、虐殺で負った心の傷が和らぐような気がした。
「これは、お主の訓練というより、ワシからの頼みにも近いんじゃが――」
「何でもするぜ、じいちゃん」
「最近、ラオ近郊でカシム直属組織が暴れとるらしい。新しいラオによって出来た、革命軍派閥の議会を壊そうと企んでおる」
クリスがベンチの横からひょうたんで作られた水筒を取り、ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲む。
「で、旧体制派貴族達が奴らの後押しをして、カシム一派はラオで少しずつ力をつけてきておるわけじゃ。そんで、こ奴らの根城を少し蹴散らしてきてほしい。情けはいらん」
クリスは親指を立て、ジィジに向かってウインクした。
いくら周囲の気配が察知できる盲目の老人でも、ウインクは分からなかったらしい。
彼はそのまま話を続けた。
「もう何人かオファクでも行方不明者が出ておるからの。これは盗賊の人攫いなんかじゃない。自分たちがこの町を支配しようと企むやつらの仕業じゃ」
「あぁ、もうそんな奴が出て来てんのか。あれからまだ数か月ちょっとだぞ」
クリスが水を飲み干し、忌々しそうにつぶやいた。
「おそらく、元々カシムはブルートの領地が欲しかったんじゃろう。彼奴はラオの近くにいるという噂を聞くが、案外本当なんかも知らん。この手回しの速さは何と狡猾たるや」
「……よし!わかったよ、ジィジ。やってくる」
クリスはひょうたんで作られた水筒をぽいと投げると、ベンチから勢いよく立った。
「相手は高度なアーティファクトを使うらしい。オファク武術特有の対生物の戦い方では一筋縄ではいかん。大丈夫かの」
「大丈夫。ジィジが思ってるより俺は強くなった。精神的にも、身体的にも。ま、帰りにでも貴族街で探りを入れてみるよ」
クリスはリボルバーを腰のホルダーに入れる。
ダガーを胸の革紐に付けると、中腰になってジィジの方を振り向いた。
「さ、爺様。今日は疲れたろ。おんぶするから乗って」
「バカモン!!!!!ワシはまだまだ若い!馬鹿にするのも大概にしろ」
ジィジはそう言うと杖でクリスの頭を叩いた。




