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第六十四話 夜の目覚め➀

 ゼリクがブルート宮殿での事件を起こしてから一か月。


 クリスは、ラオ市内のとある病院で目が覚めた。


 ずっと寝ていたせいか顔が浮腫み、瞼は重く垂れていた。

 腕を見ると手首には点滴が付けられ、その下方には包帯でぐるぐる巻きにされた足が横たわっている。


「起きた?よく回復したね。流石に無理と思ってたけど」


 側で本を読んでいたルーシーが声をかけた。


「痛い……なんだこれ」


 クリスが上半身を起こそうとすると、すぐに自身の四肢へと激痛が走った。


「待て待て。やっと生えきったとこだから安静にしてないと」


 ルーシーが本にしおりを挟み、クリスの背を支える。

 すぐさま彼の右手に水入りのコップを持たせた。


 クリスはそれを一気に飲み干すと、少しむせる。


「……生えた?」


 口に水を含ませたクリスの脳内で、生えるという言葉が駆け巡る。


――が、さっぱり何のことか分からない。


 彼は銀のコップをベッド横のテーブルに置き、痛みの残る両手を見つめた。

 そして記憶を戻そうと頭を抱えると、ルーシーが事の経緯を話しはじめた。


「君はブルートの屋敷でゼリクに四肢を切られたんだ」


「はい?」


「その他全員は死亡。その後、かろうじてゼリクの気配を感じ取ったロラン君が君を助けた。君は生きているだけでも奇跡だよ」


 そう言われた瞬間、クリスにその映像がフラッシュバックした。


「あ……カハ、カ、ハッ」


 顔色がどんどん悪くなり、口から空気だけが漏れ出る。

 喉が締め付けられ、視界が曇り出した。


 ラオの屋敷で起きた一連の出来事が記憶に戻り、再び四肢に激痛が走り出す。


「そして……君は唯一の治療方法として吸血鬼であるブルートの血を輸血され、その回復力で四肢を生やしたん。まぁ、暫くはリハビリしないとだけどね」


 クリスは両手を見つめ、それからむせび泣き始めた。


「あ……あ、し、死んだ。みんな死んだんですよね?……俺達も大勢殺したし、味方もみんな殺された」


 視界が歪み、吐き気が押し寄せる。


「俺達は――何をしたんです?何を為せた?何を、何を!!この戦争で、何を得られたんですかァぁああああ!!」


「他の患者さんの迷惑なので静かにしてください」


 丁度部屋の前を通り過ぎた看護師がドアを開け、冷静にクリスを注意した。


 急にルーシーが溜め息を吐き、音もなく椅子から立つ。


「まぁ、クリス君。辛いだろうけど、頑張って回復してくれ。回復したら教団を辞めてもらっても構わない。――でも、それまでは心配だからこれで生きてるか報告してほしい」


 彼女は小型アーティファクトを投げる。

 しかしクリスは、布団を掴んだまま虚空を見つめていた。


 ルーシーが部屋を出ようとした時。

 ドアの前で思い出したようにして、一つクリスに言った。


「――あと、教団には君のことは死んだと伝えてある。ロラン君は真実を知ってるけどね。詳しくは言えないが」


 ルーシーはウィンクをして続けた。


「教団に君の生存を伝えるのはお勧めしないぞー。じゃ、また次合う時まで」


 病室内が一人になると、部屋の中は重苦しい静寂に包まれた。





 それから欠かさず毎日、クリスのリハビリ生活が始まった。

 看護師が来ても全く喋ることなく、黙々と手すり伝いに歩く日々。


 挙句の果て、クリスは毎日読んでいる本への集中が乱れると、すぐさま脳内で血に染まった景色が映し出された。


 何度も脳裏によみがえる地獄。地獄、地獄……


 その後しばらくは、クリスが笑顔を見せることは無かった。


 ある日、一人の男がクリスの元を訪ねた。


「久しぶりじゃな。ルーシー君に話を聞いてここに来たが、その様子を見ると随分苦しんでおるようじゃのう」


「……」


「ともあれ、前回の戦の時はありがとうな。犠牲はあったものの、オファクの状況は良くなった」


 病室への来訪者は、オファクの族長であるジィジだった。

 生気を失ったクリスが俯きながら言う。


「……何もかもが失敗ですよ。俺が周りを不幸にしていくんだ」


 ジィジが椅子から立つと、ベッドに直接腰掛けた。


「そうじゃなァ。ワシもそういう時期があった」


「そういう時期……?」


「村長になって、すぐピピンがラオの村に来て、彼をブルートに差し出す最終的な命令を下したのがワシ。ピピンがラオの人々の前で処刑される光景を見た後、しばらくはその夢を見たわ」


 クリスが彼の方を見る。


「まぁ、何が正解かは、やってみらんとわからんのだ。あの時はワシの一族全員人質じゃった。どっちをどう選んでも後悔はある。だから、ワシはワシのせんにゃいかんことをしたまでよ」


 そこまで話してからクリスの背を叩くと、持ってきたバックの中をガサゴソと漁り始めた。


「ま、今度元気になったらオファクに来い」


 ジィジは麻のバックから二つの土産を取り出す。

 クリスの使っていたガントレットと、オファク族伝統の青い紋様の入ったローブ。


「自分が何をするべきか、何をしたいかを大切にな」


 ジィジは立ち、部屋を出て行こうとする。

 西日が窓から差し込み、部屋全体をオレンジ色に染めあげていた。


 部屋を出る前に、クリスが礼をする。


「ありがとうございます……」


 それを聞いたジィジは手を挙げ、ふと思い出したように言った。


「それと、エアリアと仲良くやってくれてありがとうな。あいつはいつもラオのみんなのために働くっちゅうて、なかなか友達を作れんかった――いや、酒癖の所為かも知らんけどのう。それでも最後にはおぬしと仲良うなれて、良い思い出ができたと思うぞ」


 そうして、寂しげな背中をした族長は部屋を出て行った。


 一人残されたクリスは、置き土産の服を手に取る。

 そこから匂う、村独特のお香の匂いがオファク村での出来事を思い出させた。


 歓迎してくれた村人達。

 火を囲んだ夜。

 そして門まで見送りに来てくれた朝。


「みんな――」


 共に作戦を考えた野営地。

 最後まで屋敷で戦った時。

 オファクの武術を教えてくれた砂漠でのひと時。


 前世では両親にほとんど放置され、現世では養父を殺されたクリスにとって、姉のような、それでいて師匠のようなエアリアは大切な人の一人だった。


 エアリアとはもう二度と会えないことを思い出したクリスは涙を浮かべる。


 目の前がぼやけ、もらったローブが涙に濡れた。




――悲しみは、やがて怒りへと変わっていく。




 ゼリクへの怒り。


 自分が世界を変えるのだという使命感、誰でもない俺がするのだという強い意志。


 己の目的を達成するべく、そしてエアリアの意志を継ぐべく――新たな決意を固める。




「こんなところで何をしているんだクリス。俺はベッドで横になってる場合じゃないだろ?」


 ゼリクを倒し、ビサの国に平等をもたらし、みんなが支えあって暮らせるような世界を作る。


 再びクリスの目に火が宿った。

 今までより禍々しい、赤い目が。


 復讐を遂行し、世界を救うべく武者震いを始めた。


「俺は……俺の目的を必ず達成して見せる。待っていろゼリク!!必ずお前の首を取ってやる!!!」





 「お願いします!ジィジ族長にオファクの武術を教えてもらいたいんです」


 クリスが地面に頭を付けて言った。

 ラオでの虐殺から三か月。クリスはやっと、松葉杖を使いさえすれば一人で歩けるようになっていた。 

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