第六十話 紳士貴族ってやつだよ➂
「任務失敗の報告する前に、帰り何か食べて帰るか」
オリバーがくいと眼鏡を上げて言うと、アロンがガッツポーズをした。
「賛成!何か食べて帰ろうぜ!ロランどっか選べよ!」
一方でルピナはオリバーの傷を心配する。
「傷は大丈夫か」
「大丈夫。僕は意外と頑丈なんだよ」
オリバーが下の前歯が抜けた笑顔を向けると、早速アロンが店を選び始める。
「早くしねぇと俺が決めるぞ!ここもいいけど、あそこもいいな。いや、あっこが一番よくね?」
「選ぶのは僕じゃなくていい。アロンに任せるよ」
「そんなに急がなくても、晩御飯は逃げないって」
ロランとオリバーがアロンに言うが、もう彼の耳には聞こえていないようだった。
寒々とした夜気が街を包み込んでいた。
エレクトリックなネオンが瞬き、煙突や歯車を抱えたスチームパンク調の建物が、まるで別世界の色を街路に落としている。
昼間とは打って変わって、通りには人の波が押し寄せ、熱気が夜の冷たさを押し返していた。
ふとアロンが人込みの中へ消え、他の三人が見失った。
「アロンどこ行った?」
オリバーは、やれやれといった顔でアロンの姿を探し始めた。
それにつられるように、ルピナも周囲へ視線を巡らせる。
ロランはというと、首都ステティア以外でこれほど大きな街に来たことがないらしく、目を輝かせながら街並みを見回していた。
そんな中オリバーが前方を指さし、声を上げた。
「おい、あそこ!」
「あ、いた!」
オリバーは数メートル前の飲食店に立つアロンを見つける。
アロンは手を振り、どうやら皆を呼んでいるようだった。
「店、見つかった~?」
ロランがそう聞くと、アロンがヘッドバンキングのようにして大きく頷く。
それを見たロランは何故かそれが面白くなってきてだんだん笑いがこみあげて来た。
「フフフ」
「ハハハ」
それを見たオリバーがさらに笑う。
ルピナも顔は見えないが、どうやら笑っているのか肩が揺れていた。
三人がやっとアロンの元へ着くと、アロンがきょとんとした顔で三人を見る。
「おい!なんで笑ってんのさ。気味悪いって」
ロランがそれに答える。
「なんだか大きく頷くアロンがおかしくってwあwまたwなんかツボってきたwへへへ」
それにつられてオリバー達も笑う。
それを見たアロンも遂に笑い出した。
「プッ、アハハハハハ」
夜の騒々しい街の中で四人の笑い声が響いていく。
まるでそこだけ別の世界のように暖かな空気が流れていた。
ふとロランが、何故か分からないがハピ達のことを思い出した。
心地よかった橙色の空間へ、急に真っ黒な負の感情がぶちまけられる。
笑いつつも頬に一粒の涙が伝っていった。
「ハピや、ジャガー達とも、こんな風に笑いたかったな」
声に出したつもりは全くなかったのだが、自然と一言、口から洩れていた。
それを聞いたオリバーが、優しくロランに微笑みかけた。
「彼らは……僕は会ってないけどね、よく頑張ったと思うし、僕が言っていい事じゃないとは思うけど、最後は革命軍の目標を達成できたんだ。きっと満足もしてるはずさ」
「そうですか……ね」
「確かにこうやって笑いあったり、一緒に過ごした時間は短かったかもしれない。でも、彼らもロランが落ち込んでいるのは望まないはずだよ。君も、ここまでよく頑張ってきた。だから、元気出して。ほら。えと、は、励ませてないかな?」
それにアロンが賛同してロランの肩を持つ。
「ほら!元気出せ!共に戦ってきた戦友たちの分まで楽しめよ!」
そう言われたロランは少し笑顔を取り戻す。
「ほら、俺こんな顔もできるんだぜ!」
そう言ってアロンは口と鼻に指を突っ込んで変顔をして見せた。
それを見たオリバーは涙を流して笑う。
「そ、それ、どうなってんだw表情筋が限界突破してるw明日w顔だけ筋肉痛だよww」
ルピナも声こそ出していないものの、心の底から笑っているようだった。
「……フフ」
それを見たロランもなんだか笑えてきて、少し頬を濡らしながらもニコニコと笑顔が溢れてきた。
「ありがとう。みんな」
ロランが三人を見て小さく言った。
夜のロルテンの町で、ロランにとって大切な思い出が一つできた。
それは本来ハピ達とも作りたかった思い出だったが、ロランはこの壁を乗り越える。
悲劇からの解放であり、彼らの分まで生きるという束縛。
戦士としての宿命だった。
♢
それから、月日は矢のように早く流れていく。
ロルテンでの出来事のあと、すぐに木々は花を咲かせ、果実ができ、葉が全て落ちて、やがて木々が芽吹いて二度目の春がやってきた。
ステティアにあるクロノス教軍部本部の入り口にも、青い小さな雑草が生え始めている。
「おーい、ロラン、最近は文書を盗めとか、地味な仕事が多かったが、えぐい仕事が一発来たぜ」
命令書を持ったアロンがロランの部屋をノックすると、ガチャリと音を立ててボロボロの扉が開いた。
そこから出て来たのは18歳になったロラン。
体つきはすっかり大人になり、その童顔で人懐っこい笑顔は変わっていないものの、尾や耳も大人の獣人と同じように大きくなっていた。
「ほんと成長しすぎだぜロラン。くそムキムキじゃん」
アロンが、寝起きで髪がぼさぼさのロランに言う。
「えー。アロンが成長しなさすぎなだけだよ」
ロランがニコッとしてアロンの身長を小馬鹿にした。
「何だとこの野郎!今度、わざと間違えてロランを殴るからな!」
アロンはそうおちゃらけて言い返すと、一枚の、手稲に二つ折りされた紙だけをロランに手渡して帰っていった。
ロランはアロンの去った後、何気なくその紙を開いたが、その内容に驚く。
その紙にはフジの名前と共に「内部にいる裏切り者をあぶりだせ」と書いてあるのだ。
それを見た瞬間、思わずロランの口から声が漏れた。
「裏切り……」
丁度廊下を別の部隊が談笑しながら歩いて行ったが、ロランの目にはどの隊員も裏切り者には見えなかった。
「いや、そんなわけ――」
ロランは部屋へと戻るとベッドに腰掛けた。
埃が舞い、部屋が曇る。
すると、自然とベッドの上から正面にある棚へ目が移った。
棚に置いてある植物達が嫌でも目に入る。
そこにある四つの植木の内、全てのアリッサムは花を咲かせていたが、唯一種類の違うダリアだけは花を咲かせていなかった。
「……まさか、ね」
ロランは少し考えてからベッド横の歯ブラシを取ると、いつも通り共同の手洗い場へと歩いて行った。




