第五十九話 紳士貴族ってやつだよ➁
「良い蹴りだな」
“名無し”はオリバーの手が自由なことに動揺する。
「お前、い、いつの間に!」
「いつの間にだろうな。君には少しくたばってもらうよ」
そう言うとオリバーは持っている“名無し”の右足を捻じり、痛がって屈んだところに頭突きをくらわす。
「ぎゃあああっ!痛えぇっ」
“名無し”は顔を抑えて床を転げまわる。
ここでロランが「逆転か?」と思ったとき、刹那に男の部下がオリバーの首にナイフを突きつけた。
「アニキィ!大丈夫ですかぁ!」
“名無し”が部下の方へ「大丈夫」という風に手をかざしてそれに返す。
「痛ってぇ……流石に二人は相手できなかったみたいだな、オリバー」
血の出ている鼻を抑えながら、起き上がって言った。
「よくやった。お前、昇給だ」
部下はニタァっと笑うと、首元に付きつけたナイフをそのままボスへと渡した。
「持つべきは優秀な部下だな。ハァ…...死ね、このクソカス」
“名無し”が遂にオリバーの首を切ろうとしたとき、急に部屋のドアが勢いよく開く。
ドアの前にいた部下は数メートルの距離を吹っ飛ばされ、壁に激突した。
「な、なな何だ!?」
誰一人として状況を理解する暇も無く、ドアの奥から一人の青年が入ってくる。
全身真っ黒の服に身を包み、狩猟用の帽子を深々と被った彼は、オリバーに向かって言った。
「いいや。持つべきは信頼できる仲間。だろう?オリバー」
「「「ルピナ!!」」」
三人がその名前を叫ぶと同時に、ルピナの膝蹴りが“名無し”の顔に直撃した。
彼は部屋の隅まで吹っ飛ばされ、完全に伸びてしまう。
「俺が何でここにいるか気になるだろうけど、話は後。取り合えずこっから出るぞ」
ルピナがそう言いながら全員の縄を解くと、ベッドの脇に置いてあった各自の武器を取って部屋を出る。
ルピナ曰く、途中でバトゥ議員を見つけたが既に息絶えていたという。
作戦失敗の報告をしなくてはと頭を押さえるオリバーを先頭に、彼等は外に向けて走り出した。
古い木でできた階段を下りて行き、狭い一階に出る。
ロビーでは残りの刺客が丁度帰ってきたところだった。
「おい!あのガキ共、逃げ出してるぞ!ボスはどこ行ったんだ……探せ!」
灰色のスーツを着た男達が慌ててナイフを取り出すと、静まり返っていた宿が騒然とし始めた。
「僕は今傷だらけでね。アロン……やれるか?」
「相手は三人。楽勝だな」
アロンが顎に手を当ててそう言うと、如意棒を2メートルほどの長さに伸ばした。
「寝てて活躍できなかったからなぁ。ここは俺の独壇場にさせてもらうぜ?」
アロンは三人の前に躍り出ると、まず一人のみぞおちを如意棒で突き、同時に向かってきたもう一人の男に如意棒を伸ばして足を薙ぐ。
そして倒れたところにすかさず蹴りを入れ、最後に残った一人を如意棒で小突いた。
「な、なんて、強さ、…だ」
男はそのまま後ろに倒れ、泡を吹いて白目を剥く。
「まったく。手応えがねぇなあ。残りは人族だけだったか。吸血族じゃなきゃ俺たちの相手はできねぇぜ!ま、美人なねーちゃん紹介してくれるなら許してやったけどな。乳でかめの」
アロンはいとも簡単に残りの三人を倒すと、ドヤ顔でオリバー達の元へ戻ってきた。
「ナイス。ありがとうアロン」
オリバーがアロンを労い、肩をポンポンと叩いた。
続けてロランもアロンに礼を言う。
「ありがとう……にしても、さっきは珍しくオリバーが感情的になってましたね」
ロランがそう言うと、オリバーは苦笑いした。
「簡単にカッとなっちゃって恥ずかしいよ。僕の過去にはついては誰も言ってなかったんだけどね」
「いえ。たとえオリバー班長の過去がどうでも、今の班長が怒りっぽくても、もう僕の尊敬する師匠、いや、仲間ですよ!」
ロランがそう返すとさらにオリバーが照れっとして言った。
「そう言われるとうれしいよ。そ、そんなことより、ルピナはどうやってここに?」
ルピナはこくりと頷き、事の顛末を話しだした。
「かくかくしかじか……ってな感じで、偶然場所を知ってここに来た。そしたら丁度連れ去られる君達を見つけてね。ホテルの部屋を特定するのに時間がかかったけどね」
「流石ルピナだ!ありがとう!!」
オリバーが感謝の言葉を述べ、ルピナの頭を帽子の上から撫でた。
アロンも同じようにルピナへと手を伸ばす。
「んふふふ。ルピナちゃんならやってくれるって知ってたよ~ん」
そのままアロンがルピナに抱き付こうとしたが、ルピナは彼の腹を蹴って拒絶した。
「ガフッ」
暫くホテル内でわちゃわちゃ話していたが、外から警察官の声が聞こえて来た。
恐らくホテルの受付が通報したのだろう、外からこちらへ降伏を呼び掛けている。
「裏口から逃げましょう」
ロランの提案を採用した四人は、警察に包囲されることなく、あっさりと裏口からホテルを出ていった。
♢
オリバー達はロルテンの中央通りを駅に向かって歩いていく。
時刻は夜更け。丁度仕事帰りの大人たちが飲み屋で飲んでいる時間帯だった。
どこからか匂ってくるスパイシーな匂い、肉の焼ける匂い、タレが焦げる匂い。
――美味しそう
なんてロランが考えていると、彼の腹が大きくグウと鳴った。
当の本人は顔を真っ赤にして三人の方を向く。
オリバーとアロンは顔を見合わせて笑った。
「任務失敗の報告する前に、帰り何か食べて帰るか」
「どこにするかロラン選べよ!」




