表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/27

第六話 転生と始まり➁

 今世でクリスは“捨て子”だった。

 父も母も分からない。名前すら、本当の名前かどうかわからない。


 物心ついた頃から、彼が暮らしてきたのは――

 砂漠の外れにぽつんと建つ、小さな孤児院。


 園長はハンス爺。

 血管が浮き出た大きな手と、砂漠の太陽みたいに温かな笑顔を持つ老人で、獣人の子どもたちまで分け隔てなく受け入れてきた。


 吸血鬼の支配が続くこの世界で、獣人への差別は根深い。

 それでもハンス爺だけは、誰の尻尾も耳も気にしない。


 だからこそ、クリスはずっと思っていた。


 ――あの人は、聖母だ、と。


 孤児院には、いつも騒がしいケモ耳たちと人間の子供達が跳ね回り、ハンスはその中心で笑っていた。


 だが、現実は厳しい。

 今年は、彼らが十三歳となった年。


 この歳まで引き取り手が来なかったクリスとロランは、来年にはもう孤児院を出て働かなければならない。

 “子ども”でいられる時間は、残り短かった。





「クリス!もうそろそろ帰らないと怒られるよ!」


「ロラン待って、もう少しで釣れるってば」


 一日の中で、暖かな日は落ち切って、間もなく静寂の闇が訪れようとする時刻。

 二人は小さな溜め池のほとりで釣りをしていた。


 なけなしの金で買ったボロ竿に、土から掘ったミミズを餌にして。

 大物がいると噂の、いつもの溜め池まで孤児院から歩いて来た。


「しょうがないさ。爺ちゃんへの誕生日プレゼントはもう買ってあるだろ。それだけでも十分さ」


「うるさいなぁ、黙ってろ」


 クリスの負けず嫌いな性格は、前世から大きく変わっていると言えるだろう。


 すると、今まで鳴りを潜めていた竿先がぴくぴくと動き出す。

 クリスは全神経を集中させ、竿にぐっと力を入れた。


「言ったろ?」


 ロランがあっけにとられているうちに、ボロボロの竿が折れそうに軋みながら曲がり始めた。どうやら大物のようだ。


 安い竿にリールなんてものはない。クリスは力を振り絞って竿を引き、上体を反らす。

 少し格闘すると、水面付近に魚の顔が見えてきた。


 ――やはり大物だ。


 見たことのないその大きさと、夕日を反射して銀色に光るウロコがクリスを興奮させる。

 あともう少し!クリスはより一層力を入れた。


「つ、釣れそう!」


 そう言ってクリスがニヤリと笑った瞬間、


ブチッッ


 不快な音と共に糸が切れた。魚はそそくさと池の底に帰る。


「おい!嘘だろ?最悪だよ!もう!」


 池のほとりに膝まづいて悔しがるクリスに、ロランは釣り具を片付けながら声を掛けた。


「やっぱり帰るのが正解だったろ?プレゼントは来年働き始めてから、もっと豪華なのを渡せばいい。ごちそうは明日でも食べれるさ」


 そう言って早速帰り始めるロラン。クリスは渋々諦めて、急いでロランの後を追った。


 孤児院から溜め池までは少し距離があった。

 でもむしろ、クリスとロランはその長い帰り道で、互いの将来について語り合うのが楽しかった。


「それでクリス、そのカガクシャってのは何をするんだ?」


「科学者ってのはさ、新しい技術を作る……すごい人だよ! たとえば――火を灯さずに光を出したり、遠くの人同士で話したり!」


 ロランは目を丸くした。


「……そんなこと、本当にできるのか?」


 この世界では、蒸気機関こそが文明の象徴。

 電気も化学も、まだ“想像の産物”にすぎない。


 だがクリスは――知っていた。

 前の世界で、それがすべて“現実”だったことを。


 特に今日はクリスの夢について盛り上がった。


「――でさ、――でさ、それがすげーんだ」


 冷たくて心地よい夜風がクリスの金髪をなびかせた。黄昏時のこの時間はクリスにとって一番幸せな時間。

 何の変哲もない小道を歩く時間が、ロランと夢について語り合うだけで特別な時間になった。


 しばらく歩くと孤児院の明かりが見えてくる。

 今日は何故か、いつもより眩しく見える気がした。


 するとロランが、クリスの前に(おど)り出て言った。


「今から孤児院まで走って先についた方が勝ちな。よーいどん!」


 ロランはクリスを置いて走っていく。


「おいっ、ずるいぞ!」


 クリスも負けじと走り始める。しかしロランは人狼という特性上運動能力が高く、只の人間であるクリスよりも、はるかに足が速かった。


 だが、クリスが先を行くロランを追いかけていると、急に少し先で彼が止まった。


 すぐにクリスが追いつき、息を整えていると、ロランが急に彼の肩を叩いた。

 そして震える声でロランが言う。


「孤児院、燃えてない?」


 それを聞いて見上げたクリスの瞳には、街はずれにある孤児院が炎をまとう様が映された。

 二人の首筋に冷や汗が伝った。

 互いに顔を見合わせると、二人は一目散に孤児院へ向けて走り出した。


 二人は足がちぎれそうになるくらい無我夢中で足を動かす。


 間もなくして孤児院へ着くと、木材が焦げる匂いと、そこらを埋め尽くす煙にクリスの肺が拒絶反応を起こした。

 それでも二人はむせながら孤児院の中へ入るが、どうやら孤児院の皆は逃げた後のようで、そこには燃え盛る廊下だけが残っていた。


 しかし、奥から何か声が聞こえてくる。誰かが逃げ遅れているのかもしれない。

 クリスとロランはその誰かを助けるべく奥へと進んだ。


 声は院長室から聞こえてきていた。二人は互いに見合わせ、焦げた木製のドアを開けて部屋へ入った。

 煙で痛む目を抑えながら、ロランが叫ぶ。


「大丈夫ですかー?」


 ロランは助けを求める返事を予想していたが、その返答は思っていた声と違っていた。


「おやおや、何も知らないガキが爺さんを助けに来たようだ」


 クリスとロランが声の方へ目を向けると、そこには三人の男がいた。三人ともスーツで、まるで今ここが火事でないかのように平然と立っている。

 そしてその足元には、いつものセーターを着たハンスがうずくまっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ