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第五十八話 紳士貴族ってやつだよ➀

 ロランが振り向こうとしたその時、後頭部に鈍痛が走った。


「あがッ」


 アロンとオリバーも同じように後頭部を殴られたのか、視界が歪んで地面に倒れる。


「ロラ、ン、アロ…...ン、大…丈夫……か…」


 オリバーは倒れてから真っ先に二人の心配をしたが、彼らはすでに気を失っていた。


 ロランが意識を失うその瞬間、背後からスーツを着た男達が出て来る。

 彼等は皆黒いスーツにサングラスを掛け、腕には悪趣味な金色の腕時計が掛けてあった。


「おいおい、危ねぇなぁ。まさかこれからバトゥ連れ去ろうって時に追手とは。誰だこいつら。とりあえず連れてけお前ら!」


「「了解!」」


 オリバーらの意識が遠のいていく。

 最後に彼らが見たのは、サングラスを外したスーツ男達の目が赤かった事と、手錠を掛けられたバトゥ議員の姿だった。





 路地裏で気を失ったロランが目を覚ますと、そこは宿屋の一室だった。


 安宿だからなのか、床は木材剥き出しでささくれ立っており、正座させられた足に鈍い痛みを感じた。

 右には口と手足を縛られたオリバー、左には同じように縛られてまだ眠るアロンがいる。


 後頭部にズキズキとした痛みを感じながら呻く。


「うぅ……」


 薄暗く、殺風景な部屋の中を見渡すと、シングルベッドの上に腰掛ける男が一人。

 ワイン片手に背を向けて外を眺めていた。


 オールバックにされた髪が(いか)つい顔によく似合っている。


「やっと起きたか」


 その男が、夜景の見える窓に反射した三人を見て言った。


 ここは三階くらいの高さだろうか。

 窓の正面には、寝静まり、ほとんど明かりの消えたロルテンの街並みが見えていた。


 スーツの男が(おもむろ)に立ち上がり、三人の方へ近づく。

 男はオリバーの口から布を取ると、不気味な笑みを浮かべて聞いた。


「隊長っぽい、眼鏡の君に聞こう――君たちは……何者?」


 男の目が赤くギラリと光る。

 オリバーは男を睨み返した。


「教える義理はない」


 オリバーがそう言うと、男は口に手を当てて笑い出した。


「クックックッ。バカだなぁ君は。今抵抗したって痛めつけられるだけだぞ?」


 それを聞いてもオリバーは抵抗する意思を見せた。


「僕らを解放し――」


バキィッ!!!


 オリバーが口を開いた瞬間、男の革靴が顎を蹴り上げた。

 口からは血が流れ、顎は青く内出血する。


「おぉ。舌までは切れなかったか。残念」


 男は痛みに悶えるオリバーを見ながら、そう吐き捨てた。


「じゃぁ、我々が先に自己紹介しよう。我々は保守党に雇われた暗殺組織の者だ」


「保守党か……」


「君たちは革新党直属の警備隊かな?それとも俺達に用があって殺しをしに来た子達かな?」


 オリバーは口の中に溜まった血をペッと吐き捨てると、血みどろの歯を見せて言い返した。


「どっちもだ。まさか既にバトゥの護衛までそっち側にいるとはね。誤算だったよ」


「そうかいそうかい……手強くて悪いねぇ」


「――でも、大したことないねアンタ達。蹴りや打撃が弱いんじゃないの。教えてあげようか?僕が」


 強気な姿勢を貫きつつも、オリバーはポケットに隠してあった小さな針を取り出す。

 縄の隙間へと巧みに針を突き刺すと、静かに結び目を解き始めた。


 男はオリバーに顔を近づけて言う。


「ほう。挑発しても無駄だ。間違っても君たちの縄をほどいたりしないし、殺しもしないよ。しっかりと情報をもらってから()らせてもらうからね」


「ふぁぁー。クソ寝たぜい……俺何してたんだっけ」


 アロンがここで起き、状況が飲めずにきょろきょろと辺りを見回した。

 ロランとオリバーは頭を抱える。


「「やれやれ……」」


 男は再びベッドに座ると、ワイングラスを手の中で揺らし、そのルビー色の輝きにうっとりする。

 そして匂いを嗅ぎ、恍惚に顔を緩ませた。


「いいワインだ。グラスを回すと――うん……この中に芳醇な匂いが広がるよ」


 それを見て、ふとオリバーが口を開く。


「君、上流階級の出じゃないだろう?」


「……?」


「ワイングラスをくるくると回すのはその見た目や匂い、仕草に満足するためじゃない。ワインの酸化を進めてまろやかな味わいにするためだ」


 オリバーは吸血族のように犬歯を見せると、鋭い笑みを浮かべる。


「卑しい本性を隠すのに、一丁前に金持ちの真似事をするのはよした方がいい。分不相応だぞ」


 ロランは体を強張らせる。

 いくらロープから気を紛らわせるための挑発だとしても、流石にやりすぎたと思ったのだ。


 しかし、それを聞いた男は何の動揺もせずに言い返した。


「あぁ……そうさ。俺は底辺の生活を送ってきた。俺は吸血族の中でも、平等を唱えて牢獄に連れてかれた貴族の子供。当然俺は政府によって道端に捨てられ、辿り着いた先はこの暗殺組織。幼い頃から徹底的に殺人の仕方、獲物の追い詰め方を教わったよ」


 男はワインを喉に流し、続ける。


「俺は殺しの為に生まれて来たようなもんだ。……んなもんで、自分の名前すら無いんだぜ。面白いだろ」


 段々とオリバーの手に巻いてある縄が針に切られ、ボロボロになっていく。

 解けるまでは時間の問題だ。


 そしてさらに時間を稼ぐ為、オリバーはさらに話を続けた。


「そうか、なら何故貴族に反対するバトゥ議員を攫おうとした?君の出自からすると、こういう人を守る側かと思ったが」


 男は乾いた笑みを見せて言う。


「今更そんなことどうでもいいに決まってるだろう?今俺はこの組織でもそこそこの位置にいる。俺は人間の王じゃなくても、ネズミ達の王で十分なんだよ。卑しい身分に“相応”な現実を見てる」


 男は再びベッドから立ち上がり、ワインをテーブルに置いてオリバーの方へ向かった。


 確かに彼は罪多き生活をして、卑しい生業で生きてきたのかもしれない。

 だが、彼の仕草は時折本物の貴族のように見える節があった。


「喋りすぎたな。さて、尋問を続けるぞ――」


 男がそう言ったところで、オリバーの手を縛る縄がギリギリ解ける。

 今まさに男へと飛び掛かろうとしたとき、部屋にもう一人の吸血族が入って来た。


「アニキィ。こいつらの身元割れましたよ。どっかで見たと思ったら、この獣人の奴、ラオ列車爆破事件の犯人ですぜ。しかもこの眼鏡は元メロヴィガ家の後継ぎでオリバーって奴、十年位前に行方不明になってたやつっす」


 そう言われた途端、ロランとオリバーの額に汗が浮かんだ。


「ほぅ。じゃ、この獣人は政府に突き出して金をもらい、眼鏡の坊主と凶暴なガキは裏社会で売りさばくか」


 オリバーは手が自由になったが、まだ足は縛られている。

 一人を相手にするのは可能かもしれないが、二人を相手にするとなれば話は別だった。


 “名無し”の男が屈み、オリバーに顔を近づけて言った。


「そうかぁ、お前も貴族の出だったのか。気が合いそうだったのにな。残念」


「黙れ、君と僕とは違う。僕は上流階級に嫌気がさして逃げ出して来た。そして遂に自分の手でこの居場所を見つけたんだ」


「その何が俺と――」


「この地獄へと勝手に流れ着いて、勝手に満足している君とは違う!!」


 スーツの男は溜息を吐くと、ニヤリとして言った。


「……そうですかそうですか。まぁ、今からお前は殺されるし、俺には関係ないけどな」


 男はそう言うと、再びオリバーの頭を蹴った。


ガッ!!!


 オリバーの歯が折れ、口からコロリと落ちてくる。

 頬からも血が出て、オリバーの意識が朦朧としだした。


 それを見てロランが全力で藻掻くが、腕に巻かれた縄はびくともしなかった。


「ヘッヘッヘッ。お前の出荷先はもう決まった。タラフィーカ家行きだ。元貴族のお前なら知ってるんじゃないか?」


 男がそう言い、ポケットからナイフを出した。

 それを聞いたオリバーが、名無しの男を睨んで言う。


「あぁ。人間剥製の好きな老人のとこだろ?しかも敵対する貴族の人間しか剥製にしないとか」


「そう。つまり、生かす必要はねぇ。殺して、金貰って、酒を飲む。最高じゃないか?」


 オリバーはそれでも名無しに屈さず、目に光を宿して言った。


「あぁあぁあぁあぁ。そーいうとこだよ、そういうとこ!僕が貴族を嫌いな理由。あいつらは人の命や人生を何だと思ってやがんだ。僕のクソ親も吸血貴族たちに人の生き血を上納してたよ。あー気持ち悪い。そういうのが一番嫌いなんだよね。サイコキラーとか、根っから純粋なクソ野郎とかじゃなくて、欲に目がくらんで、そいつらの心の弱さから生まれてくる“悪”――特級のクソごみ共なんだよ!」


「あ、そう。最後の一言はそれで終わりか。安心しろ、苦しませながら逝かせてやるよ!!」


 名無しが思い切り足に力を込め、渾身の蹴りでオリバーの頭を横から蹴り壊そうとしたとき――

 オリバーは左手でそれを止めた。


「……良い蹴りだな。だが、僕の敵じゃない」

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