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第五十七話 不朽聖堂➁

 十分後、バトゥ議員のスケジュール表を盗みに行ったアロンが戻ってきた。

 表情は暗く、肩を強張らせたまま歩いている。


「……どうだった?」


 ロランがそわそわしながら聞く。


「残念ながら…」


 アロンがしょんぼりした顔でオリバーたちを見上げた。

 その表情を見たロランも、次第に肩を落としてがっかりしたようだった。


――ところが、


「これから君達は俺のことを様づけて呼ばなくちゃなァ」


 アロンは突然内ポケットから一枚の書類を取り出し、“バトゥ議員予定表控え”と大きく書かれたタイトルを見せつける。

 そして彼はパチンと指を鳴らし、満足そうな顔で二人を見つめた。


「アロン様最高だろ?」


「わっ!最高だよアロン様!ナイス!」


 オリバーは喜びの声を上げ、アロンの肩を軽く叩いた。

 そしてオリバーが予定表控えを受け取ると、アロンはロランと勢いよくハイタッチを交わす。


「ありがとう、流石だアロン様。早速見よう」


 三人はぎっしりと予定が詰め込まれたカレンダーを見ていく。


 今日の予定は地方議員選挙の応援と書かれており、その横には大きな赤文字で


“地方都市が国を支えている!首都の政治ばかりに集中してちゃいかん!”


 と書き込まれていた。


「今日はステティア以外にいるっぽいけど、場所までは書いてないね」


 オリバーがくまなくカレンダーを見るが、どこの選挙の応援に行くかは書いていなかった。


「あくまで控えだからな。とりあえずどこで選挙してるのか調べようぜ」


 アロンが残念そうに言う。


 その時、ちょうどロランが、近くにいた新聞売りの少年を目にした。


“南部の都市ロルテンで激しい攻防!厳格な旧体制派の保守党とビサ革新党の代理戦争か”


「ちょっとそこの君、新聞を一部売ってくれないか」


 ロランが小銭を渡すと、少年が“まいど!”と言って新聞一部をロランの手のひらに置いた。

 早速ロランはその新聞を開き、大きく選挙について書かれたページを見つける。


「……これは!」


 ロランが何かを見つけ、オリバーが新聞を覗き込んだ。

 そして、ロランが興奮した声でアロンに言う。


「ロルテンで知事の選挙、首都に最も近い都市で保守党とビサ革新党が衝突し、各党の党首が応援に、だって!」


「なるほど!革新党の党首はバトゥ――つまり彼はこの選挙を応援しに来るはず。そうと決まれば行くっきゃないっしょ!」


 アロンがガッツポーズをしながら言うと、三人は互いを見合わせて頷いた。


 ロランは新聞をポケットにしまい、代わりに地図を取り出す。

 そして探すのは、ビサ共和国は南部の牧場都市――ロルテン。


「ここだ!行こう。遂に場所が掴めたぞ」


 ロランが、地図を握りしめて言った。





 その頃、ルピナは本部に帰っていた。

 曇りから晴れて、少し蒸すような天気の中、全身真っ黒の服で、肌を見せないその姿は通行人の目を引く。

 彼はブーツで床を鳴らしながら歩き、道行く人々はその格好が気になって凝視していった。


「あーあ。今回も関係ねぇ事件だな。」


 一人になったルピナが独り言を呟く。


「にしても、一か月手紙が来てないぞ。あいつ虐殺に巻き込まれたか?……いや、きっと生きてる」


 暫くすると大通りから外れ、裏道を通って教団本部へと帰っていく。

 裏通りは少し薄暗く、黒猫がちょろちょろと排管の間を駆けていくのが見えた。


 しばらく歩いていくと、少し日の当たっている空き地へ出る。

 日光を全身に浴びた緑の絨毯を突っ切って行き、ふと足を止めた。


 ルピナはその場でしゃがみ、その中に生えたタンポポを一輪摘むと、新聞紙にくるんで内ポケットに入れる。


「押し花にしてラーラにあげよう」


 そう呟くと、彼はにっこりと微笑んだ。


 やがてビサの中心まで帰ってきて、ルピナが教団の軍部へと続く建物へ入ろうとしたとき――

 近くの公園で、何やら怪しい会話をしている連中がいることに気づいた。


 ルピナは煙草に火を点け、近くの壁にもたれかかって聞き耳を立てる。


「なぁおい、知ってるか、ラオの虐殺の時、ゼリク大統領があそこに居たらしいぞ」


「んな馬鹿な。俺達獣人を苦しめるだけじゃ飽き足らず、吸血鬼、人間共々あいつが全員殺したってのか」


「そこでだ、気になって、俺の知り合いで、バトゥ議員の秘書をしているやつがいるんだが、そいつに酒を飲ませて聞いてみたんだよ」


「すげー友達いんだな、お前」


「最初は冗談で聞いたつもりだったんだが……そいつ曰く、ほんとにゼリクがやったらしい。ラオを支配していた男――ジャクソンだったかな――の館内にいたやつらはゼリクに全滅させられたんだとよ」


「おいおい、まじかよ」


「しかもだ、そいつはバトゥ議員の身が危ないと思って、自分の知り合いが入っている教団にバトゥの保護を頼んだんだとよ。その教団関係の奴らもラオで殺されて、そいつから聞いたから間違いないって。バーチュだかバーチャンだか忘れたけど」


「えらいこった」


「さらにさらにだ、バトゥ議員の秘書の奴、俺ぁそいつと知り合いなんだが、そいつとはもう一週間くらい会ってない。もしかしたら死んでんのかもな。俺はあいつ嫌いだったからどうでもいいけど」


「いや、流石に生きてんだろ。今日はロルテンでバトゥ議員の演説があるって聞いたぞ。そこに遠出してるんじゃないか?」


「たしかに……。あ!ベンがきたぞ。うぃーす」


「うぃー。遅れてごめん、ちょっと野暮用でさぁ」


 ルピナは彼らの話を聞き終え、眉間にしわを寄せてしばらく考えた。


「どうやら引き返さないといけないみたいだな。まさか、本当に死んじまったのか?ラオの虐殺で」


 煙草を地面に落とし、ブーツで踏み消すと、コートを翻して来た道を戻っていく。

 そのルピナの目は鮮やかに赤く、不安とも焦りとも取れるような表情をしていた。


「いや、そんなはずはない。待ってろ、いつか必ず助ける。ロデリック、ラーラ」





 ロラン達はビサ西駅から汽車に乗って南下し、ロルテン駅へと着いた。


 ラオと比べて、比較的緑の多いロルテンはステップ気候(乾燥気候)に属し、その中心部は、放牧中心の遊牧民がロルテン湖の周りに定住することでできたと言われている。

 実際駅の周辺約1キロのみに市街地があり、そこからさらに南下していくと、遊牧民のいる広大な草原が広がっていた。


「やっとロルテンだ。もう夕方だぞ、バトゥ議員はまだいるのか?」


 アロンが駅から飛び出て、町を見渡しながら言った。

 オリバーもこれからどうやって探すのか見当がつかず、困った顔をしてそれに返す。


「わからない。でも演説はどうやらつい先ほど終わったようだから、彼はそこら辺に居そうだね」


 ひとまず三人は、演説があっていた駅前広場で議員を探してみることにした。

 すると意外にもすぐに、ビサ革新党ののぼりを横にして立つ、政治家らしき中年男性を見つけた。


「あのう、バトゥ議員ですか?」


 ロランが聞くと、その男は申し訳なさそうな顔をして答える。


「あぁ、私はバトゥ議員ではないのですが、革新党のマーカスと言います。彼は今さっきホテルへ向かったところですので、この道をまっすぐ行くと、きっと会えると思いますよ。彼も来月選挙を控えているので、応援してあげてください」


「ありがとうございます!マーカスさんも選挙、頑張ってください」


「こちらこそありがとうございます」


 三人は遂に有益な情報を掴み、興奮していた。


「さぁ行こう!」


 アロンがまず駅前の通りを駆けていき、それに二人が付いて行く。


 暫く道なりに進むと、前方に五人くらいの集団が見えた。

 おそらく、目的のバトゥ議員とその護衛達である。


 彼らが途中で右へ曲がったため、三人もその横道へ入っていく。


「多分あれがバトゥ議員だ。行くぞ!オリバー、ロラン」


「君がリーダーみたいになってるよ」


「二人共静かにしてください!!」


 しかし、その裏路地へ入っても、前方には誰もいなかった。


「あれ、バトゥ議員は?どっかで……道を間違えたっけ?」


 議員を追って三人が辿り着いたのは、ごみの散乱した薄暗い路地。

 近くの飲食店から、安い油のにおいが漂ってきていた。


「とりあえず、引き返しましょう」


 ロランが先へ進む二人にそう言った瞬間、後頭部に鈍痛が走った。

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