第五十四話 失うことは怖いけど、それ以上に得るものがあるはず
☆第五十三話のあらすじ☆
ブルートを下し、反乱軍のカール、ジャガー、ルーシーと合流したクリス達。
一足先にロランとルーシーは屋敷を離れた。
その直後、カールやクリス達が屋敷を出ようとしたところで、ブルートの死を聞きつけてラオに来たゼリクと鉢合わせする。
ブルートはゼリクにとって大切な家族だった。
怒りに任せたゼリクは、その場にいたエアリア達をクリス以外全員殺害し、さらにクリスにも瀕死の致命傷を負わせる。
異変に気づいたロランとルーシーは屋敷へ戻る。
そこで目にしたのは、大量殺戮によって壊滅した現場だった。
その中で瀕死のクリスを見つけたルーシーは、助かる唯一の方法として「クリスを吸血族にする」ことを提案する。
吸血族の血を体に吸わせ、吸血族の回復力を得るという方法だった。
手段を選べないロランは即答する。
クリスを吸血族化させると。
――成功確率は約10パーセント。
クリスの命運は、そのわずかな可能性に委ねられた。
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♢
豪華絢爛な教会の奥で、一人の女性と二人の少年が向かい合っている。
少年達は煤の付いて擦り切れた服を着ている。
背の低い弟は、兄の方へと身を寄せて椅子に座っていた。
女性の方は様々なアクセサリを付け、そのカラスの様な真っ黒のドレスを美麗に着こなしている。
「そうよ。神様は貴方たちを見捨てなかったでしょう?こうやって祈り、私たちと共に活動することで、貴方たちの願いが神様へ届くのよ」
それを聞き、少年達が目を伏せたところで、宗教家らしき女が続けて言った。
「でも、今のままじゃお金も家もないでしょ?だから、私達と一緒に活動しないかしら」
恐る恐る、兄と思われる方の少年が頷いた。
それを見た弟が目を輝かせ、嬉しそうに言う。
「ありがとうございます。おばさん、活動します!お兄ちゃんだけでも、豊かな生活を!」
真っ黒な服を着た女性の眉毛がピクリと動いた。
「あらら、おばさんて。ふふふ、リリィ様と呼びなさい。勿論、貴方たちの入教を、歓迎するわ」
少年たちが互いに向き合って喜ぶ。そして最後に、女性がニヤリとして言った。
「ようこそ、クロノス教へ。実は、私は教祖なのよ」
♢
「今夜は俺の故郷の飯を振るまってやる。これがミティティだ。食ってみろ、ロラン」
ロランがナイフで樽状になった肉を切ると、中から肉汁があふれ出てきた。
フォークで一切れを口に運ぶと、すぐに口の中に伝わる濃厚な羊肉の旨味と油。
それでいて全体を引き締めるような香辛料たちの爽やかさが、負けず劣らず舌の上に広がった。
「美味しい!すごいやアロン。君は料理が上手なんだね」
「ありがとうロラン。さぁ、たくさん食べて。なんたってお前の歓迎会なんだからな。ポテトと一緒に食べてもうまいぜ」
ラオが反乱軍の手により陥落し、反乱軍上層部の謎の死から三か月が経過。
ロランはその時すぐにラオを離れ、クロノス教軍部へと帰ってきていた。
本人の生死はともかく、クリスと離れることになったロランは、それまでいたキリの部隊から異動させらる。
暫くの休養の後、軍部にあるフジ直属二部隊のうちのもう片方、オリバー率いる第二隊へと配属された。
「えぇと、申し訳ない、もう一度確認してもいいですか?貴男がルピナさんで、アロン、でオリバーさんですね」
クリスが食卓を囲う面々を順に見て言った。
「そう!よろしくな!」
まず返事をしたアロンはロランと同い年であり、寝癖の突いた茶髪にくりくりとした目、鼻の上に貼った絆創膏が如何にも部隊の末っ子感を出している。
「俺の方がちょっと先輩だからナ」
その他オリバーが三つ上で、眼鏡を掛け、胸元にナフキンを掛けて礼儀正しく食事をしており、ルピナは全身黒いローブに覆われて、年齢不詳ということだった。
「よろしく、ロラン君。これから頑張ろうね」
「……」
オリバーがミティティを食べながらロランへ笑顔を向ける。
一方のルピナは黙々と口を動かし、ものの数分で夕食を済ませると、黒いマントをたなびかせて足早に部屋へ帰っていった。
「……ごめんねロラン君。ルピナはあまり素顔を見せないだけで、良いやつなんだ」
オリバーがロランへ言うと、アロンが頷く。
「そ。俺らでさえあまり話したことがない。でも任務は完璧だし、絶対に仲間を置いて行ったりしないぜ」
全員が食事を終え、ロランとアロンは皿洗い当番のオリバーを残して各々自分の部屋に戻った。
ロランは新しいベッドに腰掛けて、側に置いてあったマチェットを手に取る。
マチェットの柄を拭き、刃こぼれが無いか入念に確認した。
クロノス教オリバー班での、新生活が始まる。
慣れない環境での仕事はいささか胃が痛くなるような緊張感があったが、ここで停滞しているわけにもいかない。
次のステージへと行くためにも、ロランは覚悟を決めていた。
「明日は早速一つ目の仕事。頑張ろう!」
銀色に輝くマチェットの刃にロランの顔が映る。
刀身に傷を見つけ、部屋のランプで照らすと、ロランの顔に眩い光を放って反射した。
マチェットに反射した夕日に、思わずロランが顔を背けた。
「みんな、もう一度おさらいしとこう」
翌日、ステティア北部にある工場付近へ集まった四人。
集合場所へ全員揃うと同時に、オリバーが班員へと声をかけた。
ロラン達三人がオリバーの方へ向き、説明を聞く。
「今回のターゲットはリデンブロック。彼はビサお抱えの地球科学者で、情報によると何か政府に関する重要な情報を持っているらしい」
「頭よさそうな名前してら」
アロンが言う。
「彼がいるという教会から連れ去り……何を発見したのか、教えてもらおうってわけ」
「「了解」」
アロンは早速黒いフードを被ると、先頭に立って教会へ駆けていく。
ロラン達もその後ろを付いて行き、薄暗い裏通りを進んだ。
工業地帯付近は工場の排煙により少し霞み、空気が淀んでいる。
鉄臭い匂いと枯れた植木が、荒れ果てて人がいなくなった都市を連想させた。
海が近づくにつれ、道沿いに立っている工場の規模がどんどん大きくなっていった。
「愚図共、働けぇ!」
工場の横を通ると聞こえてくる、獣人に怒号を挙げる人間。
そしてそれを高台から見下ろす吸血族。
「これが貴族の言う、正しい世の中か。たまったもんじゃないね」
オリバーがポツリと言った。
集合場所の工場から、二、三度角を曲がると教会が見えて来た。
教会には明かりがつき、外まで教会の中で演奏されている音楽が聞こえる。
今からその中の要人が連れ去られるとも知らずに、陽気にパーティーでもしているのだろうか。
「中にはざっと十人、大したことない人数だ。行くぞ」
全員がフェイスベールで口元を隠し、深くフードをかぶる。
オリバーの掛け声と同時に、四人は裏口から教会へ入った。
中央へ近づくにつれ音楽の音がはっきりと聞こえるようになり、次第にそれがパイプオルガンで奏でられていることが分かる。
「ヘヘッ……なかなかうめー演奏じゃん。まぁ、俺のが上手いけど」
アロンが背中から棒状の武器を取り出しながら呟いた。
「嘘つけ、触ったことすらないだろ。あと静かにしろ」
「お、オリバー、声が大きいよッ!!」
「てめぇアロン、痕で覚えとけよ」
教会の中は単純な構造をしており、暫く廊下を進むと、すぐに礼拝室へと出る。
護衛の一人がこちらに気づいたと同時――。
「手を挙げて跪け、野郎ども!そこのパイプオルガン弾いてるやつもすぐに音楽を止めろ!」
アロンが、武器とする長い棒を敵へ向けながら叫んだ。
教会の中は護衛が七人と学者三人。
おそらく、ターゲットはパイプオルガンを弾いている小太りの男。
護衛も脅されてはいはいわかりましたと降参するわけがなく、四人の姿を見るや否や得物を持って向かってきた。
「そう来なくっちゃァね」
アロンが舌なめずりをして棒を構える。
最初に向かってきた男はサーベルを抜いてかかってきたが、アロンはその30㎝に満たない棒でいとも簡単に剣先をいなす。
相手の攻撃を防御しきったアロンが、今度は攻撃側へ回った。
棒をコンパクトに振り回し、確実に相手の腕へ当てていく。
敵が防御しようとサーベルを構えると、その間を狙って突然棒が伸びた。
「うにょーんて伸びんだぜ、これ」
ロランは見たことのないその武器に驚く。
東欧にあるという武器“如意棒”のように伸縮自在なそれは、まるでアロンの体の一部のように動いていた。
先頭の護衛に続き、さらに他の護衛が出てくると、今度はオリバーがその相手に回った。
「貴方の相手は僕がするよ。手加減しといてあげるから――」
オリバーの武器はナイフステッキ。
持っていた杖の鞘が外れ、中から毒つきナイフが出てくる。
素早い身のこなしでナイフを動かし、あっという間に相手の突き出したサーベルを取り上げてしまった。
そのままオリバーのナイフが敵の皮膚を切り裂き、すぐに毒が回り始める。
するとものの数秒で護衛は倒れ、白目を剥いて床に突っ伏してしまった。
「安心して護衛さん。これは痺れ薬。殺しはしないよ」
オリバーが倒れた敵の上から言う。
ロランは二人の実力に驚いた。
この強さは、今のロランよりも確実に強い。
クリスからブルートと互角に戦ったという話は聞いたが、あくまで獣化状態。
意識は無く、まだそれは自身の実力とは言えなかった。
「強い……さすがは隊長格の実力を持ってるだけある……」
その刹那、残りの護衛が、四人の中で一際背の高い男を見て叫んだ。
「おい、あいつ武器持ってねぇぞ!」
「あいつを人質にここを逃げよう!」
「……」
敵二人が向かったのは、ここまで無言を貫いてきたルピナの元だった。




