第四十九話 第二次ラオの乱➅ VSロデリック
兵士たちがざわめき、坂を後退していく。
その奥で、赤目のロデリックがロラン、ルーシー、カールの三人を見下ろしていた。
「何年ぶりの邂逅でしょう。つい先日まで、これほどでしたのに」
指で背丈を示す仕草。
ロランとルーシーは黙って武器を握り直す。
しかし、カールだけは違った。
「ロデリック、貴様ァ!」
カールが大鉈を構え、憎き悪魔を目掛けて坂を駆け上がる。
だが、ロデリックは逃げない。動くことすらしなかった。
坂を上り切ったカールの一撃が、死体の上に座す男へ振り下ろされる。
「お前を葬るとき!どれほどこの瞬間を待ったか分かるか……ロデリック!」
カール自身の身長ほどもある刃がロデリックの首へとめり込んだ。
しかし全く手ごたえがない。
――というより、感触すらない。
「そんな太刀筋で私を切れるとでも?」
ゆらり、と視界が歪む。
次の瞬間、鉈が弾かれた。裂けたはずの首筋が、何事もなかったように閉じる。
そして、消えた。
「……どこへ」
ロランとルーシーは目を疑った。
とてつもない速度と驚異的な回復力。
ルーシーには、吸血族でさえ出ないようなスピードが出ているようにも感じた。
何か理由があるのか。
カールが鉈を握り、周囲を見渡してロデリックを探す。
すると急に、背後から声が聞こえてきた。
「駄目ですよ、この程度の攻撃が見切れないようじゃあ」
カールが後ろを振り向くが、ロデリックの姿は確認できない。
さらに続けて、彼の声が周囲に響いた。
「いつまでお子様のままでいるつもりなのですか?カール君。己の個人的な復讐に民を惑わせ、ラオに住む多くの人々を殺す」
「……どこだロデリック!!」
「貴方は完全に悪ですよ。あなたの行為は立派な殺戮ですからね!!」
それにカールが反論する。
「お前こそ罪なき人々を殺してきた極悪人!その分際で俺を諭そうと――」
さらにそれに対してロデリックが反論する。
「フフフフフ。だから君は子供なのですよ。私達は時代の流れに身を委ねることでここまで生き延びて来た。そう、勝者こそ正義。この理はこれまでも、これからも、不変なのですよ」
「ロデリックぁぁあああああ!!」
「反乱は失敗に終わる。君達は敗者、つまり賊軍側なのです」
言葉と同時に、正面に現れる。
右手をカールの心臓へ突き出した。
――死
カールの脳裏にその一言がよぎる。
その瞬間、坂の中腹にいたロランの中で、誰かの、低く卑しい声が落ちた。
『……行ケ、己の意志を遂げル為……弱キ者を喰らうタメ……』
声を聞き咄嗟に異変を感じ取ったロランが、瞬時にカールの心臓をマチェットで守った。
その速度は、坂の中腹から頂上まで約一秒。
完全開放とはいかずとも、ロランは半獣化状態となったのだ。
マチェットが、心臓の前に滑り込む。
金属が弾けた。
「……少年!!」
ロデリックが初めて目を見開く。
ロランの呼吸が荒い。
「今、一瞬、見えた。目に見えないくらい速く動く姿が。お前は消えたわけじゃない。とてつもなく早く動いているんだ!獣人よりも、吸血族よりも速いスピードで」
「何を!それが分かったところで何ができる」
再び、消える。
だが今度はハッキリと見えた。
空気の歪みが、ルーシーへ迫る姿を。
「待て、ロデリック!」
ロランは一瞬のうちに彼女の元へ駆け寄った。
考える前に体が動き、ロデリックに追いついてルーシーへの凶刃を止める。
「このッ!またか!なぜ私の速度に追いつける……おかしいぞ!見えるはずもないのに……アラビアオオカミか?メキシコか?イタリアか?どの獣人だ!」
ロデリックの足運びが、わずかに荒くなった。
踏み込み。
横薙ぎの蹴り。
ロランはどれも腕で受ける。
――全てが重い!!
骨の奥で、何かが軋む。
鈍い感触と同時に、力が抜けた。
「これはどうだね?名もなき獣人の子よ」
間髪入れず、ダガーが閃く。
ロランの腕を銀製のダガーナイフが滑り、一筋の線を描いた。
刃が肉を裂き、温いものが伝った。
「グッ」
思わず声が漏れ、痛みが脳天を貫いた。
一度退いて治癒の時間を取りたいという考えがロランの脳内を巡る。
しかしその意識とは裏腹に、ロランの右手がロデリックの左頬を殴った。
ロデリックの口から血が噴き出る。
「ガハッ」
ほぼ無意識的に出た拳。
動かしている脳内と動いている身体が相反している。
ロランの中で何かが暴れまわっていた。
『力を震エ!己のため二ふるうのダ!この者トハ違い、自らの望ムものを手にスルために暴力を振ルウノダ!!!』
本能的で欲望に忠実な心の声。
それはまるで野生の、いや、中でも捕食動物の内にある根源的な生存本能。
他者淘汰本能が心の中に現れたかのような感情。
ロランの心臓は火傷しそうなほど熱く、強く速い拍動をしていた。
「うガぁぁぁぁあああああああ!!」
ロデリックの顔面に、拳が振り落とされる。
――ゴッ
――ゴッ
――ゴッ
気づけば、何度殴ったか分からなかった。
ロデリックの瞼は腫れ、唇は裂け、歯の隙間から血が溢れている。
「な、なんて力だ。これは、あの力。私達一…く…をも凌…やましい…だけの力があれば…」
我に返ったロランは、後ろへ倒れそうになるロデリックを抱きかかえた。
そこにルーシーが駆け寄る。
「大丈夫、ロラン君。大変!傷が――」
「大丈夫です。それよりも彼を。情報にもなりますから捕えておきましょう」
つい先ほどまでボロボロだったはずのロランの腕は、すでに半分以上回復していた。
半獣化でこれだけの力。
何の獣人であれば説明がつくのか、ルーシーにも分からなかった。
目の焦点の合っていないロデリックが、ロランへと語り掛けた。
「貴殿に三つ、忠告を……」
息が掠れる。
「その力は……君が思っているより、遥かに危うい」
一つ。
「そして、覚悟が足りぬ。自分では腹を括ったつもりでしょうが、まだ情けを持ちすぎている」
二つ。
「最後に――奇襲に、気を付けなさい」
三つ。
言い終えた途端、ロデリックがロランの眉間目掛けて手刀を突き出す。
近い。近すぎる。
避けきれないと思った、その瞬間。
後方から風が避ける音。
ロランの後ろから大ナタが振り下ろされ、ロデリックの頭が二つに割れた。
「油断すんな」
カールだった。
「最初から、殺すつもりだった」
ロランの後ろから出て来たのはカールだった。
「あ、ありがとうございます」
「大丈夫か、ロラン……」
だが、視線は地面へ落ちたままだ。
割れた頭蓋。
溢れる赤。
血の匂い。
さっきの言葉。
――奇襲に気を付けろ。
視界の奥で、同じ光景が何度も揺れる。
「……君……ロラン君!少し休んだ方がいいんじゃ――」
「あ、いえ……行きます!」
ルーシーの言葉を遮り、ロデリックの骸を地面に置いて立ち上がるロラン。
心配するルーシーをよそに、ロランとカールは屋敷へと向かった。
♢
その頃。
エアリアとクリスはさらに屋敷内を進み、遂に大広間へと到着した。
重厚な扉を押し開ける。
内部は暗い。
灯りはないが、ありありと分かる。
――人を絞め殺すような殺気。
まるで空気が違うのだ。
濃い。重い。圧迫するような気配が、部屋全体を満たしていた。
真っ暗な部屋の中で、あまりの殺気の強さにエアリアがくらりとよろけた。
エアリアが一歩踏み込む。
その瞬間、視界の外から衝撃が走った。
――腹部に叩き込まれる一撃。
「カハッ!!!!」
体が宙に浮く。
エアリアは歯を食いしばるも、強大な力で壁に叩きつけられた。
衝撃音と共に壁へひびが入り、エアリアの骨は鎧共々粉々に砕ける。
あまりに急すぎる攻撃がエアリアを混乱させた。
そして、強烈な痛みが遅れてやってくる。
「姉御ォぉぉ!!!!」
異変を感じ取ったクリスが叫ぶが、暗闇で何も見えなかった。
ただ一つ、分かることがある。
――ここにいる。圧倒的な“何か”が。
そしてそれは、エアリアを屠ってからまだ一歩も動いていない。




