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第四十八話 第二次ラオの乱⑤ VSランケ

「俺の名前はぁあ、ランケぇ。ブルート直属三人衆が一人ぃぃぃぃい。冥土の土産に、覚えときなぁぁぁあ!」


 ランケはハピが動くより先に動いた。


 ポケットから抜いた小さなダガーを左手で逆手に持ち、床を蹴る。

 その動きには一秒の溜めもない。


「来るっぴ、ランケ。革命派切り込み隊長、ハピが受けて立つぴ!」


 ハピは一歩引き、ダガーを躱す。

 返す拳が顔面を狙うが、ランケの体は既にそこにはなかった。


 次の瞬間、もう一度、刃が迫る。


 喉元をかすめ、熱を伴った痛みが走った。

 遅れて血が伝う。


 ジクジクとした鈍い痛みがハピの喉に広がった。


「やるねぇぇ。俺達吸血族のスピードと渡り合える奴は中々いないぜぇえ」


「上から目線でむかつくっぴ」


 ハピは歯を剥く。


「その口、二度と喋れないようにしてやるっぴよ」


「言うねぇ。なら――」


 ランケが挑発的に、自分の顔へと指を向ける。


「かかってこいよぉ!」


 今度はハピが距離を詰めた。

 体のすぐ近くでいくつもの駆け引きが行われ、手を抜くような隙は一切ない。


 本命の攻撃から相手の意識を反らすためにフェイクを仕掛けたり、それを見越した上でカウンターを狙ったり。

 彼等の扱う高等体術は、これまで長く続いて来たラオの内戦の中で、高度に洗練されてきた技術だった。


 ハピはロランとの練習でこそ足技を使っていたが、実戦で使うのは主にパンチ。

 ジャブとフックを中心に、とてつもない速さの殴打がランケに繰り出される。


――しかし、ここで決定的に違うのが彼らの種族だった。


 ハピは獣人の力により“処理能力“が良いのであって、実際に吸血族レベルのスピードで動けるわけではない。

 つまり、ハピはランケの攻撃を防御することができても、彼女の攻撃は、ランケにとってのろい攻撃に過ぎなかった。


 ハピの殴打を全て避け、今度はランケが攻撃を始める。


 左手に持ったダガーを器用に右左と持ち替えながらハピを確実に追い詰めていく。

 ハピの視力を以てしても、両手で入れ替わっていくダガーは全て追いきれなかった。


 その技術は、まさに一級奇術師によるマジックのような滑らかさだった。


「お前の攻撃はのろいぃぃぃぃぃい!俺は吸血鬼の中でも若くて、速い方なんだぜ?生まれてこの方、敵の攻撃を一度もブロックしたことがない程の俺様がぁ、お前程度に負けるわけがねぇんだよぉォォ!!」


 ハピが右手でランケの左手を狙うが、ランケの左手がそれ以上のスピードでダガーナイフを刺しに来る。

 それをハピが受け流そうと体勢を変えたが、その頃には既に、ランケの左手にダガーは無かった。


 消えた刃の軌道――。


「まずいっぴ!」


 左脇腹近くに振り抜かれた右手とダガー。

 ハピは体を捻ってギリギリそれを避けたが、待ってましたと言わんばかりの、渾身の蹴りがもろに腹部を突き刺した。


 ダガーは囮で、本命はその長身から繰り出される、振り下ろすような蹴りだったのだ。


「カハッッ」


――ガッシャーン!!!!


 体が宙を舞う。


 鉄格子の扉に叩きつけられ、金属音が響いた。

 扉は耐えきれず、外れ、そのままレンガ壁まで吹き飛ばされる。


 ひび割れる牢屋の壁と、ハピの骨。


「そうそう……」


 ランケはスーツの襟を整えながら、身をかがめて鉄格子のドアをくぐった。


「やっぱし獣人共は、牢屋に入ってるのがお似合いだよぉぉぉ!」


 それに対し、ハピは口から血を流して立ち上がる。

 まだ彼女の闘志は燃え尽きていないようだった。


「ふーん、まだ立つんだァ?……ま、貴様はぁ、ここで始末させてもらうぜぇ」


「それは、どうかわかんないっぴ」


 ハピが顔を上げる。


「まだ、本気じゃないっぴよ」


 瞳が黄色く光る。

 耳の毛が逆立つ。


――更に獣化するっぴ!!!!


「無駄だボケナスゥ!」


 ランケのダガーが、首を狙って走る。


 ハピは左手で受け、同時に顎へアッパーを放った。


 だが――アッパーが宙を切る。


 そして刃は逸れ、がら空きになった左肩へ深く沈む。

 ダガーナイフが、肩へと突き刺さった。


「ぐぁぁあああっ……!」


 ランケは軽く身を引き、笑った。


「ケケケ」


「ハピ……大丈夫なのか?これ以上ハピを……やめてくれ!吸血族!!!!やめろぉぉぉおお!!」


 ポタポタとハピの血が地面へ滴り、その音がさらにジョセフを心配にさせる。


「お前らいいなぁ、愛の物語だなんてぇ。だがなぁ、こういう物語はヒロインが死んじまうバッドエンドタイプもあるだろう?ねぇ?そういう事だ彼氏さんよぉぉおおお!」


 ランケが、低い戦闘態勢のまま俯いたハピの左頬に渾身の一撃をくらわせ、ゴッという鈍い音と共に拳が頬にめり込む――


「ひゃっほう!決まったぁぁ!」


「ハピ!」


 ――いや、めり込んでいるはずだった。

 ランケはそのままハピが倒れるのを待ったが、ハピは両手を顔の前に構えたまま倒れない。


「おいぃ、今、顔にパンチ当ったろ?し、しぶといなぁ。ま、まぁもう一発殴れば」


 そしてランケがもう一度拳を振りかぶった時、ハピがすかさずランケの腹にストレートを叩き込む。


 ランケは自分の速度なら、これも余裕で避けられる――と、弱った獣人のパンチを舐めていた。

 しかし、彼の考えとは裏腹に、パンチは重い衝撃と共に鳩尾(みぞおち)へ吸い込まれていった。


――やっと一発目っぴ。クリーンヒット。


「おぇぇええッ」


 今まで実践にて攻撃を喰らったことのない吸血族、ランケ。

 彼は今、約百年ぶりに攻撃を食らった。


 トリックなんてものはない。

 ただ、避けるだけのスペースがないのだ。


「お、遅ぇのに、避けらんねぇ!牢屋の中じゃ、狭すぎて避けらんねぇ!」


 牢屋は、棟の中にたくさんの獣人を収容するために大量に作られており、必然的に各部屋が狭くなっていた。

 そのためパンチを避けようとすると、牢壁がランケの動きを制限してしまっていた。

 右に避ければレンガの壁、後ろに下がれば鉄格子。

 ドアからハピに背を向けて逃げようとしても、狭い入口が簡単には外に出ることを許さなかった。


 ランケの額から冷や汗が垂れる。

 重いパンチ、ゼロ距離の殴打、互いに武器は持っていない。

 そして、武器だった高い身長は機動力を削ぐ弱点となる。


 まさにランケは、自身が作った牢屋に閉じ込められたのだ。


 焦ったランケはやはり牢屋から出ようとするが、すかさずハピのストレートが炸裂する。


「痛いっ!痛いよッ!」


 ランケの肋骨が何本か折れた。

 むろんハピは獣人であるため、ランケが吸血族であることによる驚異的な回復力を帳消しにできる。


 気持ちいいほどの、獣人による吸血族特効性である。


「教えといてやるっぴ。お前のストレートが効かなかったのは“スリッピングアウェイ”をしたからっぴ。この戦いが終わって生きてたら書物を読んで勉強するといいっぴ……殴られる勉強をね」


「んだよそれぇ!しらねぇよ!」


 もう一度ランケが牢屋から出ようとするも、ハピが三度目のストレートを当てる。


パァァァァアアアアン!!!!!


「や、やめてぇっっ!」


 ストレートは肩に当り、ランケのストレートよりもはるかに重い音を立てた。


「逃がさないっぴよ。守り方、いや、受け流し方を知っているハピと、今まで攻撃をしっかりと受けて捌いたことのないお前の、牢屋デスマッチの、始まりっぴ!!」


 ハピはランケに、ゆっくりでも、重い、不可避の殴打を出し続ける。

 ランケも隙を見て殴り返そうとするが、突き出した拳は全て片手で流された。


「ナイフの刺さった私の肩がちぎれるのが先か、お前の歯が無くなるのが先か、とことんやってやるっぴ!」


 ハピの右肩に刺さったダガーからは血が噴き出すが、同時にランケの顔も痣だらけになっていく。

 拳は確実に、一発一発、ランケの骨を砕いていった。


「や、やめろォォォォォォオオオオオ!!!」


――スパァアアアアアアアアアアン!!!!


 途中からはハピの一方的な攻撃のみが繰り広げられ、何分も殴り合った末、最後にハピの渾身のクロスカウンターが決まった。

 ランケの歯はすべて抜け落ち、白目をむいて床に倒れる。


「ジョーイが受けた苦しみ、これでも足りないくらいっぴ」


 ハピが顔を近づけて確認したが、ランケの意識は飛び、完全にKO状態だった。


「これで決着っぴ...…ね。あ、こいつ、牢屋の鍵持ってるっぴ。これでジョーイを、自由に...…」


 鍵をジョセフの牢屋の南京錠に差し込んだところで、ハピが崩れ落ちた。


 遂に、出血量が限界に達したのだろう。

 肩口から血が流れ落ち、地面を赤に濡らしていく。


「ハピ、ハピ!大丈夫か!」


 ジョセフは手探りで南京錠を開け、外に出てハピを抱きかかえる。

 ハピの体は血に濡れ、生温い。

 ドロリとした鉄臭い液体がジョセフの手に触れた。


 心臓は動いているが、ハピの呼吸が浅い。


「ああ、こんなに血が!待って、僕が止血するから大丈夫。大丈夫だよね。ハピ!ハピ?大丈夫だろう?」


 ハピからの返事はない。

 目の見えないジョセフはハピに何が起こっているのか分からないが、ハピの命が危ういことだけは分かった。


「ハピ!返事ができなかったら何か合図でもいい、頼む!」


 手探りで伸ばした手が、細い指に触れた。

 ジョセフはそのまま、逃がすまいと握りしめる。


 しばらくして――

 返事の代わりに、ハピが身を寄せてきた。


 そっと触れた唇。

 それだけだった。


 かすかな吐息が、ジョセフの頬にかかる。


 それで十分だった。

 七年ぶりに確かめた温もりが、言葉よりも雄弁に、ハピがここにいることを告げていた。


 だが、次の瞬間。


 ハピの身体から、すっと力が抜ける。


「……おい、待て」


 支えきれず、腕の中に崩れ落ちる体。


「待て待て待て、冗談だろ……! おい、ハピ! 生きて出るって言っただろ!」


 ジョセフは抱き寄せ、必死に胸元へ耳を当てる。

 規則正しいとは言えないが、かすかな鼓動が、まだそこにあった。


「……だ、だいじょうぶ、だっぴ」


 耳元で、蚊の鳴くような声がした。


「たぶん……ちょっと、寝るだけだっぴ……」


 ハピは小さな小さな声で、心配するジョセフの耳元で囁いた。


「ハピ――!!」


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