第四十六話 第二次ラオの乱➂ 再会
「ジョセフなら、昨日地上棟に移されたぞ。衰弱がどうとかで」
「何ぴ? 白い耳で、茶色の髪のジョセフぴ?」
「ああ、そいつだ……案内してやる。その代わり、ここから出してくれ。今すぐじゃなくていい。外で何か起きてるのは分かる。ここはもう……限界なんだ」
男は乾いた笑いを浮かべ、伸びきった髭に指をやった。
「正気が保てる場所じゃない。地獄だよ」
「分かったっぴ。必ず助けるっぴ」
ハピはそう言い切ると、男の言葉を待たずに駆け出した。
一秒でも早く。
それだけを考えて、足を止めなかった。
非常階段を上り、地上へ出る。
そこにも牢は続いていた。
地下と変わらぬ構造。ただ、空気がわずかに違う。
看守の姿はない。反乱の鎮圧に人手を取られているのだろう。
「ジョイ、ジョイ、どこにいるっぴ。お願いだからまだ生きててっぴ!」
地下と違って少し光の差している地上では、ハピの獣人としての能力が遺憾なく発揮される。
ハピは目を凝らし、静かに“獣”へ近づいた。
感覚が鋭くなり、特にアラビアオオカミの獣人として視力が大幅に強化される。
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――アラビアオオカミの能力
視力の向上。
その能力は遠視、動体視力、暗視の三つに分かれる。
また、その視力に見合うだけの身体能力向上も見られ、ある程度高速の体術が可能となる。
つまり、視力というよりは脳の処理速度が向上する能力に近い。
ある一種類に能力を特化させた獣人種にしては、直接的に戦闘力を変化させる能力ではないタイプだが、ハピに代表される近接戦闘にてその真価を発揮する。
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「白い耳、白い耳、茶髪」
暫く探すと、今ハピのいる側と丁度逆の端にそれらしき姿が見えた。
「ジョセフ!」
ハピは走ってその牢屋へ行き、ジョセフらしき人影のいる場所の鉄格子を掴んだ。
「ジョセフ?ジョセフっぴ?」
「そ、その声は、ハピなのか?」
中にいた男の目からは、ぽろぽろと涙が落ちた。
しかし、ハピが檻の中に見つけたジョセフはハピの知っている彼とは大きく変わっていた。
やせこけた頬、あばらの突き出した腹、傷だらけの腕、そしてまるで焦点の合わない目。
ジョセフの目はもうハピを映すことができなかった。
「ジョセフ!ジョセフ、ジョセフ……可哀そうだっぴ。なんて、なんてひどい……ハピが守ってあげたかった!!」
ハピが涙を流して鉄格子からジョセフの手を掴む。
「ふふふ。その可愛らしい口調は変わってないね。僕はこんな事になっちゃったよ。でもね、ずっとまたハピと会えるって信じてたんだ。ずっとね」
「そうっぴ。また会えたっぴ。すぐに自由になれるっぴ。えぇと、ちょっと待ってるっぴよ」
彼女がそう言って、ぴょこんと廊下へと跳び出す。
薄暗い通路には、湿った石の匂いと、長く使われていない空気が溜まっている。
ハピは鼻をひくりと動かし、きょろきょろと辺りを見回した。
「……なんか、いやな感じするっぴ」
そう呟いた、その直後だった。
奥の方――階段のある暗がりから、靴音が一つ、ゆっくりと響いた。
「誰っぴ!」
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい、牢屋から獣人共が解き放たれてないだろうなと思ったら案の定コソ泥が一人いるよぉぉぉおおおお!」
奥の階段から出て来たのは、身長2メートルはあろうかという長身の吸血鬼だった。
シャツもスーツも全て黒い服を着ているため、その真っ白なビーバーハットがひどく眩しく見える。
「こっちは直々にぃいい、ブルート様に統率者を始末しないとぉぉぉお、殺すって言われてんだよぉ。貴様をとっとと片付けてあのカールとかいうガキをやらせてもらうぜぇええ」
ハピは戦闘態勢に入る。
拳を握りしめて狼の力を最大限引き出し、吸血族に唸った。
「ハピ、一旦逃げてくれ!吸血族はそこらの兵士とはレベルが違う!」
ジョセフは見えないながらもハピの方へ向いて訴えかけた。
「おっとぉぉぉお。もし獣人が逃げだしたらだるいと思ってぇ、出口は全部閉めて来たぜぇぇええ。ざーんねぇえん。俺の名前はぁあ、ランケぇ。ブルート直属三人衆が一人ぃぃぃぃい。冥土の土産に、覚えときなぁぁぁあ!」
ランケはハピが動くより先に動いた。
ポケットから一つの小さなダガーを出し、それを左手で、逆手に持って飛び掛かってきた。
「来るっぴ、ランケ。革命派切り込み隊長、ハピが受けて立つぴ!」
♢
ハピが牢屋を掛けていた頃、彼女の部隊はそのままカールの部隊と合流していた。
つまり、ハピの部隊に追いついたロランとルーシーも、主部隊にいるカールと合流することになる。
「ルーシー!よくここまで来た。ロラン君も来たのか!良い戦力だ」
カールは馬上から、群衆に紛れて戦っていたロラン達を見つけた。
「こっちはどんな感じですか?」
ロランもカールに気づき、すぐそばまで近づいて聞く。
「あぁ、あの坂を超えればブルートの屋敷なんだけど、どうやら坂の頂上に一人強敵がいるらしくて、皆が怖気づいているんだ」
カールが鉈で坂の上を指した。
「じゃぁ、三人で行きましょう。さすがに三人で行けば確実に倒せますよ」
そうロランが言うと、三人は襲い来る敵をかき分け、強者の待ち構える頂上を目掛けて上り始めた。
暫く進むと、坂の上で灰色のマントと黒いスーツを着た怪しい男が屍を踏みつけている光景が見えて来る。
「あいつですね」
「そうね……」
その男がこちらへ気づくと、ニヤリとしてカールに言った。
「やっと来ましたか、カールさん。ずいぶん待ちましたよ。ここで終わりにしてほしいものです」
カールがその声に気づいて顔を上げると、そこには憎くて憎くてたまらない顔があった。
「貴様は――」
カールが拳を握りしめて男を睨む。
「あれは、誰なの?」
ルーシーがカールに聞いた。
「あれはロデリック。ブルート直属の三傑で最も強く、最も残忍な男。そして俺の親父を、ピピンを、直接的に死に追いやった、暗殺遂行人ロデリック・ガルワフ――」
「どうも、ブルートの使いっぱしりのロデリックでございます……」




