第四十五話 第二次ラオの乱➁ VSティファヌス
戦線に追いついたロランとルーシーは、右翼に展開するハピの部隊と合流した。
騎馬隊はすでに通りの奥へ踏み込んでいるが、歩兵はまだ下町でブルート軍と激しく押し合っている。
「家が壁の中にもない者達よ!ブルート様に逆らって、ただで済むと思うな」
進行方向の中央で、ひときわ目立つ男が暴れていた。
白く厚手のコートを羽織り、右手には三メートルはありそうな長槍。
周囲の兵が距離を取っているのが、それだけで分かる。
「ロラン君。あいつは私が引き付ける。隙を見て後ろへ回って」
短くそう言い残し、ルーシーは斧を構えて前に出た。
男は近づいてきたルーシーを一瞥し、首を傾げる。
唇には不自然なほど赤い口紅。襟元には、いくつもの勲章がぶら下がっていた。
「おやおやお嬢さん、戦場は女性の出る幕じゃぁ、ありませんよ?」
言い終わるより早く、槍が突き出される。
無駄のない動き。切っ先は一直線にルーシーを狙っていた。
ルーシーは斧で受け流し、その流れのまま足元を払う。
だが男は軽く跳び、距離を取った。
「やるじゃないか女。名乗れ。10年前のラオの乱の頃から戦場にいる俺の槍を受け流せるとはたいしたものだ」
「貴様程度の雑魚に名乗るほど、私の名前は安売りしてないわ」
返すと同時に、斧からスパイクが射出される。
太腿に突き刺さり、血しぶきと共に男の動きが一瞬止まった。
倒れるかと思われたが、男は声も上げずにそれを引き抜く。
そしてルーシーの方へと放り投げた。
「残念。俺が人間なら死んでたな――人間なら。だが俺は吸血族だ!俺は並外れた生命力と身体能力を持ち――」
言っている間、足の傷が波打ち、まるで植物の根が覆いかぶさるようにして新しい血管が生えてくる。
「“芸術的“なオトコの中のオトコ。俺様の名はティファヌス。覚えとけぇ!」
治癒を終えた足で踏み込み、連続して槍を突き出す。
それをルーシーは躱し、最後の一突きを斧で受けた。
そこで隙を突いたティファヌスは、ルーシーの腹めがけて重い蹴りを入れる。
しかしルーシーは、それをも斧で受けきると、もう一度ティファヌスとの距離を保った。
「ちょこまかちょこまかとせせこましい。人間の分際で俺に抗うんじゃない!」
ティファヌスが槍を大きく振って、威嚇するように叫んだ。
「うるさいな、人間は人間らしく戦ってんのよ!」
今度はルーシーからティファヌスに向かっていった。
互いの刃がぶつかって火花が散る。
何度も互いの体すれすれを斬撃が掠め、実力は完全に拮抗していた。
しかし、大柄なティファヌスの槍を華奢なルーシーが受け止めているのは勿論、圧倒的な身体能力差の前にルーシーはジリジリと追いつめられていた。
遂にルーシーが壁際まで追い詰められたとき、ティファヌスの足払いが決まってルーシーが壁際に倒れこんだ。
――そして、ティファヌスが勝利を確信する。
「勝ったァ!貴様は中々に強かった!芸術としては“模造品“くらいか……吸血族じゃないのが惜しいくらいだ」
ティファヌスは槍を高く掲げて吠えた後、槍を逆手に持ってルーシーの頭に狙いを定めた。
「俺の記憶の片隅に美しきファイターとして記憶しておこう――さらば!名もなき戦士よ!」
周りの兵士達も決着がついたと思い、固唾を飲んでルーシーの最後を見守る。
しかし、ルーシーは余裕の笑みを浮かべていた。
「残念。美しきファイターとして記憶されるのは貴方のほうよ。記憶しておいてあげる。私たち二人がね」
その瞬間、背後の兵士の中からロランが飛び出す。
それに気づかないティファヌスは構わず槍を大きく振りかぶる。
――と同時にロランが背中からティファヌスの心臓を一突きで貫いた。
獣人であるロランは、吸血鬼であるティファヌスに対して治癒力を無視した攻撃ができる。
しかし、その効果が期待できるのは獣人の肉体そのものから繰り出される攻撃。
その為ロランはマチェットではなく、直の拳によってティファヌスの体に風穴を開けた。
真っ赤になったロランの手がティファヌスの体を串刺しにする。
脈打つ血流がロランの前腕を濡らし、生暖かいティファヌスの体内が限界ギリギリの生命を感じさせた。
ロランがその手をゆっくりと引き抜くと、胸から噴き出すようにして血が流れる。
「カハッッ、卑怯、者……め」
「命の奪い合に卑怯なんてものはないわ」
ルーシーの言葉を最後に、ティファヌスは崩れ落ちた。
静まり返った一瞬の後、戦場の喧騒が戻る。
ルーシーはロランに手を借りて立ち上がった。
「ありがとう。助かったよー」
「いえ……こちらこそ」
ロランは短く答え、手を拭ってからマチェットを握り直す。
「あなたを守るためですから」
その横顔は、もう少年のものではなかった。
♢
右翼軍の先頭を行くハピは、ラオ中央都市の東部で牢屋の中を駆け回っていた。
「どこぴ?どっかに要るっぴ!絶対、絶対!!!」
ハピは真っ赤なマントをなびかせて、鉄格子がいくつもある地下牢を探し回る。
「ハピ隊長!私達は引き続き地上にてラオ正規軍とぶつかってきます。できれば、頃合いを見て上に上がってきてもらえると」
「すまないっぴ。もう少しだけ探してから行くっぴ」
そう言ったハピは、今にも泣きそうな表情ですぐにまた牢屋へ駆けていく。
「うわさで聞いたっぴ。一部の獣人は都市で労働力にされてるって聞いたっぴ」
しかし、どれだけ監獄の中を見ても尋ね人の姿はない。
ハピは走っているうちに、その薄暗い廊下が永遠に続くかのような幻覚に惑わされた。
進めど進めど檻の中にあるのは白骨か、痩せ細った見知らぬ獣人たち。
明らかにこの牢獄は犯罪者のためのものではない。
「ジョーイ!ジョセフ!ジョーイ!ジョーーーーイ!」
途中看守と出会うが、ハピが持ち前の素早さとパワーで難なく突破する。
「どこかに、どこかに!どこかにいるっぴよ。じゃなきゃ、今まで何のために!!」
ハピが諦めかけて膝から崩れ落ちたとき、ふと近くの牢屋から声が聞こえて来た。
「おい、お前さん、ジョセフを探してんのか?」
「ジョセフを――私の夫を知っているっぴ?」




