第四十四話 第二次ラオの乱➀
ラオ吸血族軍の幹部たちが屋敷を離れた頃、ルーシーは東門近くでジャガー、ロランと合流した。
「作戦成功ね。お疲れ様。ここで役割交代よ」
そう言いながら、ルーシーは背負っていた荷を下ろし、大斧を手早く組み立て始める。
金属同士が噛み合う乾いた音が、朝の空気に小さく響いた。
ジャガーは無言で外縁都市の方へ歩き出す。
だが、ロランは一歩踏み出しかけて、足を止めた。
「ルーシー先輩」
振り返ったルーシーの前で、ロランはマチェットを握りしめていた。
「僕も……行きます」
短い言葉だった。
「ロラン君」
ルーシーは斧の柄を肩に担ぎながら言う。
「女性や子供を守るのも、大事な仕事。ジャガーと一緒に、街を頼みたいなぁ~」
ロランは答えなかった。
代わりにローブを外し、もう一度マチェットを握り直す。
白いシャツの上からでも分かる、鍛えられた身体。
柄には、何度も同じ位置で指を掛けた跡が残っていた。
「先輩は……なるべく人を殺させないようにしてますよね」
ぽつりと、ロランが言った。
「獣化の訓練の時も、そうでした。怖いところを、全部知ってて……支えてくれた」
ルーシーは何も言わず、ただ聞いている。
「でも、ラオに来て、分かりました」
ロランは顔を上げる。
「僕、戦う理由が一つだけじゃなかった」
一瞬、言葉を探すように視線が揺れた。
「戦争の為の殺しは……多分、できません。でも」
マチェットを握る力が、少し強くなる。
「守ることなら、できます。クリスだけじゃない。ラオの人たちも、獣人も、人間も……ここにいる人たちを、誰かを守るために、誰かを傷つけます」
言い切ったあと、ロランは一歩、前に出た。
「戦場に、連れて行ってください」
静かな声だった。
「……」
その間に、ジャガーがロランの肩に手を置く。
「――行かせてあげてください、ルーシーさん」
柔らかいが、迷いのない声。
「彼の目には私達にはない純粋さが宿っています。彼はここで大きく成長するべきです」
ルーシーは少しだけ視線を逸らし、空を見上げた。
ほんの一瞬考えてから、ロランを見る。
「……分かった」
小さく、息を吐く。
「来なよ。しょうがないな」
ロランの表情が、はっきりと変わった。
「ありがとうございます!」
慌てて振り返り、ジャガーに頭を下げる。
「ジャガーさん、町の護衛、お願いしてもいいですか」
「もちろんですよ」
ジャガーは笑って手を振った。
「気をつけて……ちゃんと戻ってきてくださいね」
ロランが顔を上げる頃には、ルーシーはすでに前を向いていた。
「行くよ、ロラン君。足、引っ張らないでよ?」
「はい!」
二人は並んで走り出す。
中央都市へ向かう道を、迷いなく。
♢
「クリス、そっちはどうだ?」
「問題なし。誰もいなかった」
クリスはリボルバーを握ったまま、宮殿の裏口を一通り見渡した。
特に変わった様子はない――それが逆に気味が悪い。
「……静かすぎるな」
エアリアもまた、義手に仕込まれたクロスボウを構え、周囲に視線を走らせていた。
ブルートの宮殿は、外周を役所や衛兵の詰め所、貴族の屋敷が囲み、その中央にブルートの居館と、ラオの象徴である“ラオの塔”がそびえている。
今いる場所からは、その塔がやけに大きく見えた。
黄金色の鉄骨が、こちらへ倒れかかってくるような――そんな錯覚すら覚える。
「うーん……あの塔、どっかで見た気がするんだよな」
クリスがぼそりと呟いた、その瞬間だった。
エアリアがすっと右手を横に広げる。
制止の合図だ。
「……いるぜ。この先。裏の防衛担当がな。分かりにくいが、確かにいる」
屋敷内部の廊下は薄暗く、等間隔に置かれた小さな蝋燭だけが足元を照らしている。
左右に並ぶ部屋からは、人の気配は一切しなかった。
「一番奥……クソやべぇ気配はブルートだろうな。徐々に近づいてんぜ」
エアリアが銀の槍を構え、先頭に立つ。
クリスは一歩後ろで、背後を警戒しながら続いた。
冷えた空気が肌を撫で、屋敷全体が息を潜めているように感じられる。
廊下の突き当たり。
扉を押し開けると、そこは口の字型に造られた中庭へと繋がっていた。
「もうちょいっぽい。この奥――なんか、嫌な感じするするくね?」
クリスがそう言って駆け出そうとした、その時。
「――伏せろ!」
エアリアの叫びと同時に、クリスは反射的に地面へ倒れ込んだ。
直前まで頭があった場所を、矢が風を切って通り過ぎる。
「チッ……避けるかぁ」
中庭正面の渡り廊下から、舌打ち混じりの声が響いた。
「やっぱ来ると思ったんだよね、裏口。ま、ここまでだけどさ」
姿を現したのは、小柄な女の吸血鬼だった。
前髪は鼻先まで垂れ、コルセットの上に羽織った短い革ジャケットには、いくつもの薬瓶がぶら下がっている。
「他のバカ二人みたいに、力押しはしない主義なの。賢く、狡猾に――毒で殺す」
女はくるりと矢を弄び、にやりと笑った。
「あたしはブルート直属三傑のケイト。毒沼のケイトって言われてんの。よろしくねー」
自己紹介の途中で、クリスは銃口を向けた。
――が、引き金に指が掛かるより早く、ケイトの矢が放たれる。
狙いは、手。
「っ!」
思わずかわした瞬間、矢は虚しく空を切った。
「あー、やっぱそれね。てっぽうっしょ?」
ケイトは楽しそうに肩をすくめる。
「どこで手に入れたか知らないけどさ。あたし、賢いから何でも知ってるんだよね。褒めてくれてもいいよ?」




