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第四十三話 開戦

 作戦当日の明け方。

 ロランとジャガーは、北門の外壁沿いに身を潜めていた。


 今宵は月がない。

 空は黒く、外壁に取り付けられたガス灯だけが、風に煽られてひゅうひゅうと頼りない音を立てている。

 灯りは揺れ、影は朧気に長く伸びていた。


「おい、何かこないだの列車爆破事件で戦力を増強し――」


 背後からロランの腕が伸びる。

 言葉の途中で衛兵の声が詰まり、そのまま力が抜けた。


 地面に倒れる音は、思ったよりも静かだった。


 ロランは息を整え、次へ向かう。

 薄暗い北門周辺で同じことを繰り返すだけだ。


「寝たのか?おいおい、門番何年目だよ。話の途中だぞ?起き――」


 言葉は最後まで続かない。

 一人、また一人と、門番の数が減っていく。


 そして全員が地面に伏した頃、ジャガーが無言で門へと近づいた。

 金属製の閂に手を掛け、慎重に外す。


「――ロラン君。よくやってくれました」


 深くかぶっていたフードを脱ぎ、ジャガーは小さく息を吐いた。


「君の協力がなければ、ここまでは来られなかったでしょう」


「いやぁ……」


 ロランは短く答え、背中からマチェットを抜く。


「ラオを救うためです。それに――まだ始まったばかりですよ。油断は禁物ですね」


 その言葉を遮るように、門の外で弓鳴りがした。


 夜を裂いて、火矢が放たれる。

 それが開門の合図であり、同時に開戦の合図だった。


「では……門を開けます」


 ジャガーが視線を送る。

 二人は左右に分かれ、それぞれの扉に手を掛けた。


「はい。戦争を、始めましょう」


 ロランの返事と同時に、門が押し開かれる。


 金属製の巨大な蝶番が、甲高い音を上げた。





 内側から門が開いた瞬間、先頭の騎馬部隊が堰を切ったように壁内へとなだれ込んだ。


「行け!進め、進めーーーー!!」


 怒号と共に、カールとハピが先頭を切って町へ突入する。

 明け方の通りを埋め尽くすように押し寄せる民衆の波に、中央都市の住人たちは声も出せず立ち尽くした。


 駆け出した警官が短剣を引き抜き、慌てて前に出る。

 だが次の瞬間、カールの大ナタが振るわれ、抵抗は一息に叩き潰された。


「狙うのは中央宮殿だけだ――自由のために!」


「こんな所で止まってたら、奥まで届かないっぴよ!」


 ハピは馬上から短槍を突き出し、衛兵の喉元を正確に貫く。


 立ちはだかるのは、散発的に配置された警官と衛兵のみ。

 憤怒に駆られた反乱軍の進撃を、止められる者はいなかった。


 地鳴りを立てて、馬たちが町を一直線に駆け抜けていく。

 目指すは、最奥部。


――だが、本当の戦いは、ここからだった。


 市街を抜けた先。

 上級住宅街の手前で、ブルート軍が既に陣を整えていた。


 どうやら反乱の情報は、既に敵側へと漏れているようだ。


 ラオの兵士たちは剣を手に、黄金色の鎧を身に纏っている。

 雲間から差し込んだ朝日を受け、鎧が鈍く輝いた。


「ハピ!両翼に展開だ!中央で合流する!」


 叫ぶと同時に、カールは進路を変えた。

 それに呼応しハピも反対側へと馬首を向ける。


 後方の反乱兵たちも、それぞれの隊長に従い、ばらけていった。


 




「弓隊、構え!」


 ブルート軍の将校が、後方に控える部隊へ命じる。

 中軸に陣取るクロスボウ部隊と違って、とてつもなく大きな弓で遠方を射ることだけに特化した部隊が、その強靭な弓を引いた。


「――放てェ!」


 将校が旗を振り下ろすと同時に、大量の矢が射出された。

 空に向けて放たれた矢は弧を描き、正面の民衆たちに降り注いだ。


「うわああっ!!!!」


 先頭騎馬隊に遅れていた歩兵たちが、雨のような矢を浴びた。

 叫び声が重なり、列が崩れる。


「あぁあああああ!!……肩に……!!」


 呻き声と共に、何人もの民衆たちが地に倒れ伏す。

 応戦の矢も放たれたが、距離が合わない。

 ほとんどが虚しく地面に落ちた。


 一方、カールたち先頭の騎馬隊は、すでに敵前列へ突入していた。


 味方を巻き込むことを恐れ、ラオ軍は迂闊に矢を放てない。

 その隙を逃さず、カールが暴れ回る。


 大ナタが振るわれるたび、兵士が倒れた。

 ローブには返り血と、自身の血が混じってこびりついている。

 脇腹には、クロスボウによる鉄製の矢が深く刺さったままだ。


「オラァ!俺は、こんな所で終わる男じゃねぇ!」


 叫びながら、兵の隙間を縫うように後方へ切り込む。

 行く先々で、悲鳴が上がった。


 最初は自信を見せていたラオ正規軍の兵士たちも、次第にその異様な迫力へと、呑まれ始めていた。





 それと同じ頃、丁度南門で防砂ゴーグルを付けたクリスとエアリアが城壁を登っていた。

 城壁には、砂漠から砂交じりの風が吹きつけ、パチパチと火花が散るような音が鳴っている。


 クリスが城壁に積まれたレンガの隙間にハーケンを打ち込み、命綱をそこへ繋ぎ変えた。

 もう少しで第一外壁の頂点へ辿り着く。


 櫓や城壁上の武者走りからは、何の音もしなかった。


「がら空きだァ。皆、今頃北門でごちゃごちゃしてるんだろうな」


「これもジャガーの作戦通り。兵士が東門に集まった時、アタシ達が裏から宮殿に近づく。完璧な作戦だ」


 エアリアはそう言うと城壁の上へ手を掛け、巨大な壁の上へとよじ登った。

 そしてまだ壁に張り付いているクリスに手を差し伸べ、手を掴んだクリスをそのまま引っ張り上げた。





 屋敷の中は薄暗かった。


 吸血族仕様に作られた屋敷には一つも窓がなく、真っ暗な闇の中で、ベッドがポツンと一つ。

 ベッドの上には、布団の掛けられた美女と屋敷の主であろう男が一人。


 ベッドのヘリに腰掛ける大男は銀の短髪で切れ長の目、甘い口元はまさにハンサムと言うに相応しい風貌をしていた。


 男は手を叩いて鳴らし、ごく小さな声で言った。


「ランケ、召集」


 瞬時に、正面の扉が静かに開いた。

 外の気配とともに、二人の吸血族が室内へと入り込んだ。


 男が一人、女が一人。


 どちらも吸血族で、ランケと呼ばれた方は白いシャツに黒のスーツベスト。

 女の方はコルセットに細身のズボンをはいた暗殺者らしき服装だった。


 そして何より目を引くのが、瞳の色だった。


 男の瞳は、乾いた血のように暗い赤。

 女の瞳は、濡れた宝石めいた鮮やかな赤。


 同じ赤でありながら、質が違う。


「おはようございます。ブルート様、反乱が想定以上に進んでおります。ご命令を」


 ベッドに腰掛けた男は中央に来た男を睨んだ。


「想定以上だと?確実に統率者を仕留めろ。……それより、なぜもっと早く起こさなかった」


 男は小声で中央の男に問う。

 中央の男の額には冷や汗が浮かび、全身を寒気が襲った。


「昨日、ご命令でけっし――」


「歯向かうか?」


 大男はボソッと呟く。


「い、今何と?も、もう一度お願いいたします」


「貴様は自分で考えて行動できんのか。本当に殺すぞ――さっさと片してこい!!」


 大声で命令すると、二人がビクッと肩を震わした。


「申し訳ございません!直ちに下民共を排除して参ります!!」


 そう言うと、二人はそそくさと部屋から出て行く。


「「失礼いたしました」」


 再びドアが閉まって暗くなった部屋で、男は何かを考えていた。


「チッ」


 吸血鬼の男は舌打ちをして、ベッドに横たわった女に顔を近づける。

 それに気づいたのか、女は目を擦って起きた。


「あら?もう起きてたの?早いわね」


 女が男に口づけしようとすると、男はそれを手で遮る。

 女がさらにそれを押しのけようとしたその刹那、男は鬼の形相で喉に噛みついた。


「キャアアアアアア」


 首に牙が刺さり、女は絶叫して痛みに悶える。


 男はそのまま、頭と肩を掴んで喉の肉を引き千切った。

 女の首からは血が滴り、それも余すことなく男が舐め取る。


「……」


 程なくして、女は息絶える。

 ベッドの上には人の血肉を啜る男が一人。


 その姿は、さながら飢えた猛獣そのものであった。

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