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第四十二話 嵐の前の静けさ➁

 大広間の天井には古いシャンデリアが下がり、灯りはあるのに、どこか薄暗い。

 甘ったるい香の匂いが、空気に重く溜まっていた。


「申し訳ありませんでした。私が奴隷制に異を唱え、家を出てから五年」


 ジャガーは静かに、しかし淡々と続ける。


「外の世界を見て回り、ようやく理解しました。私の間違いだったのです。こいつらは、そう扱われて当然の畜生」


 言葉と同時に、首輪を掴む。

 ロランの体が引かれ、床に手をついた。


 玉座の男は、その様子を見て目を細めた。


「それでいい……成長したな。だが残念なことに――後継ぎはすでに決まっている。帰れ」


 合図を受けた執事が、大広間奥の扉を開いた。

 軋む音と共に、外に控えていた衛兵たちが姿を現す。


「これで手詰まりだな、ジャガーよ。そもそも、私の思惑通りに動かない人間など必要ない」


 ジャガーの父らしき男が、頬杖をついて吐き捨てた。


「そうですか」


 ジャガーは肩をすくめる。


「残念です。少しでも人間のような心が残っていれば情状酌量の余地がありましたが、これでは何の感情も湧きませんね」


 次の瞬間、床に伏していたはずのロランが動いた。


「なっ――衛兵!」


 玉座の男が声を上げるより早く、距離は詰められていた。

 慌てて椅子の影に隠れようとするが、事態はもう制御できない。


「カァプ様!」


 執事と衛兵たちが雪崩れ込む。

 だがロランが振り返ると同時に、広間は一瞬にして制圧される。


 ラオでさらに鍛錬を積んだロランにとって、執事や衛兵は戦い方を知らぬも同然。

 ロランはジャガーから自分のマチェットを受け取り、その刃を存分に振るった。


 倒れた衛兵たちの間を歩きながら、ジャガーが振り返る。


「ロラン君。さきほどは予定よりも乱暴に扱ってしまいました。怪我は?」


「いえ。問題ありません。――大丈夫ですよ」


 ロランは血に濡れた武器を下ろし、首輪を外す。

 二人に踏まれた執事が苦しそうに呻いた。


「では、続きを」


 ジャガーは短剣を抜き、玉座の裏に追い詰められた男の前に立った。


「この、出来損ないが……!」


 罵声が飛ぶ。


「妾腹の子が偉そうに!汚い血を半分宿しておいて、私に逆らおうなどと!母親が病で死んだ時はせいせいし――」


 最後まで言わせなかった。

 ジャガーは髪を掴み、正面へ引きずり出す。


「……あなたの言葉で、ひとつだけ正しい点があります」


 彼はそう言いながら、懐から短剣を出し、明かりの下に晒した。


「私の血の半分は、確かにゴミでしょう」


 シャンデリアから降り注ぐ光が短剣に反射し、彼の父へと辿り着く。

 光に目を背ける男を見て、ジャガーは冷酷に吐き捨てた。


「まぁ、その半分は父親から受け継いだ方の血ですけれどもね」


「貴様ァ!!」


 スッとカァプの首に短剣が当てられると、喉のあたりから真っ赤な血が垂れてくる。

 カァプが「ヒィ」と情けない声を出した。


「落ち着け、な?何が正しいか考えろ!お前らはこのラオにとって―」


 ジャガーは頭を掴み、ひと思いに力を込めて皮膚を切り裂いた。

 彼の玉座が鮮血に染められる。


 そして振り返り、ロランを見る。


「内側の門を開けましょう。ここからが本番ですよ、ロラン君」





 その時、ロランは血濡れたマチェットを見て虚ろになっていた。


――僕達が簡単に人を殺せる理由は何だ。


 一人の人生を奪うことに対して躊躇いがない。

 勿論、誰かの人生を終わらせたという罪の意識、後悔はいついかなる時にも自分へ付き纏う。


 しかしロランは、その感覚すらもマヒしてきていた。


 皆を守るためと自分に言い聞かせて、しなければならなかったと自分を偽って。


 じゃぁ、どうすればよかったのか。 


――だれか……教えてよ

 

 ここに来るまではジャガーも優しい参謀だったじゃないか。

 カールや他の皆だってそう。

 誰も喜んで人を殺してなんかいない。


 何が、彼等を変えてしまうのか。


 どうすれば、この未来にならなかったのか。


 決めたのではなかったのか。


 腹をくくってクリスを守ると。


「そうダ、腹ヲ、腹をくくレ……我に身ヲゆダねろ……」





「ロラン君?大丈夫ですか、どうかしましたか」


 ジャガーが俯いたロランを覗き込んだ。


「いえ、大丈夫です」


 ロランはそう一言だけ、答えた。





 作戦実行の明朝、反乱軍は北門の前へと集まった。

 今まで反乱軍の主要人員が東門にいたこともあって、北門の警備は手薄。


 門のすぐ外には大勢の革命軍兵士がいながらも、静まり返っていた。


 馬に乗ったカールが、民衆の先頭で叫ぶ。


「遂に時は来た!我等が反旗を翻すとき!」


 民衆達は敵に気づかれないよう、静かに闘志を燃やす。

 雄叫びこそないものの、全身を駆け巡る血が“勝利”と“自由”を欲して煮えたぎっていた。


 反乱軍は、兵士といってもほとんど防具がなくボロボロのジャケットを着た者や、白シャツにサスペンダーを掛けただけの者、防砂マントだけを着た者もいる。

 まさに“軍の反乱”というより、“民衆の蜂起”だった。


 彼らは剣を持ち、ボウガンを持ち、ラオの民としての誇りを持って立ち上がった。


「一つ皆に言っておく!戦争とは人の命を最も軽く扱う場所である。自由は勝ち取るものであって、奪い取るものではない。――オファクの言葉を借りるなら、相手へのレスペクタを!だ」


 カールが反乱軍の旗を高く掲げて民衆に語り掛けた。

 軍旗がなびいてバタバタと音が鳴る。


「そして今、戦いの火ぶたは切って落とされる!我々の手で、再びラオに平穏を!!」


 まだ薄暗い中、ハピが火矢を垂直に打ち上げた。

 その炎は火の鳥がごとく空へ向かって飛び、頂点でポッと小さく爆発して燃え付きる。


 暗闇の中、門内からそれを覗く二人の人影があった。

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