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第四十一話 嵐の前の静けさ➀

 まだ少し薄暗い明け方、眩い朝日の当たった砂丘には大きな影ができ、まるで地球とは思えないような幻想的な景色が広がっていた。

 その砂丘の太陽から裏側、影の部分でエアリアとクリスが胡坐をかいて座っていた。


「よし、大分明るくなったな」


 エアリアが鋼鉄のようなライ麦パンを齧りながら言う。

 クリスも銃の手入れをしながらパンを齧った。


「そろそろ行く?」


「そうだな。狩りへ行こう」


 二人は防砂ゴーグルを掛け荷物をまとめる。


 計画では明後日が開戦の日。

 その前に皆で酒を酌み交わすため、食べ物の調達を命じられた二人。


 調達係は誰でもよかったのだが、エアリアが“オファク流の戦闘術を教えるのにちょうどいい”ということで、渋るクリスを布団の中から引っ張り出してきたのだった。


 二人は砂丘の頂上に登って辺りを見回した。

 見渡す限り砂と岩の世界。


――レッスンの始まりは突然だった。


「まずオファクの教え、其の一。オファクでは全身を使う!」


 エアリアが人差し指を立ててクリスに言った。


「……というと?」


 クリスが朝日を手で遮りながら聞く。


「えっとなァ、オファクの武術ではすべての感覚を使う。全身で風を捉え、五感で敵の動きや位置を推察する――まぁ、取り敢えずやってみることだ」


 そう言うと、エアリアは目を瞑り、全身の感覚を研ぎ澄ませた。


 この広大な砂漠にターゲットとなるような生物が何匹いるだろうか。

 厳しい環境の中、生き残ってきた数少ない砂漠生物を探すのは至難の業である。


 クリスは一ミリも教えを理解っていなかったが、ともかく感覚を研ぎ澄ませてみた。


「いたぜ。北西七百メートル先にサラマンダーウサギがいる。分かるか、クリ坊?」


 エアリアがそう言い放ったが、クリスにはさっぱり分からない。

 聴覚はまだしも、風をとらえるとは何のこっちゃといった風だった。


「心配すんな。一朝一夕に獲得できるような技術じゃねぇ」


 エアリアが目を開け、眉間にしわを寄せてウサギを探すクリスにそう言うと、彼女は手を広げた。


「コツは……感覚を少しずつ広げていくことだ。まるで樹木が根を張っていくように。ゆっくり、じんわりと。この世界と一体化するみてぇにな」


 クリスはそれを聞き、解けかけていた集中力を戻して、再び感覚を研ぎ澄ませる。

 アドバイスを聞いて肩の力が抜け、クリスの感覚がクリアになってくる。

 今度は少しずつ、着実に、砂漠の奥へと意識を送った。


 暫く続けていると、段々目を瞑っていても周りに何があるのか分かるようになってきた。


「東の少し先から、サボテンの花の匂い。それで、えーっと、南で今、馬のいななきが聞こえたよ。行商人だと思う」


「いいぞ。少しずつ出来てきてるじゃないか。物凄い才能を感じる。今はまだほんの数百メートル先のことだが、訓練すればもっと遠くまで感じられるようになる」


「あ、あと、何か……くさいです。すごく。なんか酒くさいです」


「それはアタシの息だ。昨日は朝まで飲んでいたからな」


「……」


 クリスがそこまでできるようになると、二人は砂丘を降り、エアリアが見つけたウサギのいる場所へ向かって歩き出した。


 そして次の教えは、随分と高くなった太陽の、焼けつくような光の下でクリスに伝授された。


「じゃぁ、歩きながら戦闘術の心得、其の二。相手の全身も、使うべし!」


 またもや意味不明な説明にクリスの表情が険しくなる。

 その横で、エアリアが義手についた小型クロスボウへ矢をつがえた。


 しばらく歩くと、遠くにウサギが見えてきた。

 この地域ではサラマンダーウサギと呼ばれている種類だ。


 穴を掘って生活するウサギの仲間で、ラオ近辺では最もよく見られる食料、いや、ウサギだった。

 穴からは、体のサイズに対して不釣り合いなほど大きな耳が、チラチラと見え隠れしている。


「いたぞ。今回は教えの、其の二を使ってうまく仕留めるからよく見ておけ」


 エアリアが体勢を低くして、なるだけウサギに近づく。

 あと五十メートルというところで、エアリアに気づいたのか、サラマンダーウサギがこちらを向いて固まった。


 そこでエアリアは義手を構える。


 そしてすぐに、ウサギとは遠い、その頭上五十センチほどの場所を狙って、静かに矢を放った。

 本来なら見当違いの方向に進み、当たらないはずの矢。

 しかしウサギが飛んで来る矢に反応し、飛び上がったところで見事首に矢が刺さった。


「すげぇ!」


 クリスが目を丸くして驚く。

 エアリアがうるさい程のドヤ顔でクリスの方へ振り向いた。


「相手の全身を使うってのはな、相手の体よく見るってこと。例えば、足を伸ばしたままジャンプはできないだろう?そんなことを全て意識するんだ。すると、こんな風に未来が見える」


 二人がウサギへと近づいてみると、矢は見事に首の中央を貫いていた。


「まぁ、これは知識みたいなとこだから、またおいおい教えてやるよ」


「あざます。これは、めちゃくちゃにすごい」


 クリスがウサギを担ぎながら言った。


「そして其の三!姉御による最後の教え!相手への敬意を忘れるなだ。相手がどんな屑だろうとも、どんなに剣術が下手くとも、相手への“レスペクタ“を忘れるな!」


「レスペクタ……?リスペクトじゃなくてレス――」


 クリスはそう言いかけたが、そもそもこの世界に英語などないことを思い出し、言葉を飲み込んだ。


「何だそれは?レスペクタだぞ。尊重とか、敬意とか、そんな感じの意味。要はオファクの戦士たるもの、高潔に戦えってことさ」







「あれだけ奴隷を嫌っていたジャガーが、奴隷を連れて戻ってくるとはな」


 低く、湿った声だった。


 ジャガーとロランは、中央都市の一角に建つ屋敷の中にいた。

 外観だけなら貴族の館と変わらない。


 だが、一歩中へ入った瞬間――空気が変わる。

 ロランには、何が違うのかが瞬時に分かった。


 ここは、人の上に立つことを当然とする者の住処だと。


 広間の最奥。

 重厚な椅子に腰掛け、腹を前に突き出すようにして座る男が一人。


 ジャガーは視線を上げないまま、その場に膝をついた。

 ロランも鎖に引っ張られ、膝をつく。


「……お父様。ご無沙汰しております」


 その言葉が発された瞬間、部屋の空気がぴたりと止まった。


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