第四十話 ラオでの鍛錬➁
ロラン、ルーシー、カール、ジャガー、ハピが食卓を囲む。
二人を呼んだのは、ジャガーが彼らに食事の時間を知らせるためだった。
昼食は干し肉と少しのジャガイモスープのみ。
反乱軍の貧しさが如実に分かる食事だった。
「ロラン君、列車で襲ってきた男、フードリヒが誰の手下だったか分かったわ。おそらく彼は三大老の中でも、今回のターゲットとは違う男、カシムの手下よ。ゼリク直属というわけではないみたい」
ルーシーがボソボソしたジャガイモをスプーンですくいながら言った。
「そうなんですね。ゼリク直属じゃなくてあの強さって――ブルート戦は覚悟がいりますね」
ロランが顔を険しくして言う。
すると今度はジャガーが口を開いた。
「大丈夫ですよ。ロラン君。全員で生きて帰れるような作戦を立てますから」
そう言ったジャガーは、食事中も紙にメモをしているようだった。
紙には作戦がびっしり書かれ、その一つ一つが緻密に計算されたものである。
ロランはそれを見つめながら、ジャガーがこの内戦の参謀たる所以を思い知らされる。
「ジャガーは頼りになるっぴ」
そんな会話をしていると、ハピが最初に食べ終わり、すぐに訓練場へと向かった。
ハピが完全にいなくなると、ロランが皆に聞く。
「ハピさんって何歳なんですかね?童顔で、言葉は幼くて。流石に子供がこんな幹部になってるわけないですよね」
「こらっ、こっそり女性の年齢を聞くのは失礼だよロラン君」
ルーシーが頬を膨らませて言った。
「いや!いやいやいや、年が聞きたかったんじゃないんです!強いので相当な経験を積まれたのかと」
ロランが大慌てで訂正するが、ルーシーからの痛い視線は止まらなかった。
「彼女は32歳だよロラン君」
するとカールがぽつりと言った。
「ハピは俺の友達のパートナーだった。いや、今もかな……その友達は獣人で、七年前にある日突然、第一壁内へ連れていかれた。それからそいつがどうなったかは今でもわからない……でも多分――」
ラオがブルートに蹂躙されて以降、周辺の都市では人攫いが後を絶たなかった。
特に獣人は狙われやすい。
臓器が丈夫だとか、長持ちするとか、そういう理由で値が張るらしい。
誰が言い出したのかも分からない噂が、いつの間にか事実のように流通していた。
「俺が戦う理由なら、いくらでもある」
カールは皿を見つめたまま、ぽつりと零す。
「このクソみたいな現状を全部吹き飛ばして。……終わった後に、またこうやって集まって、飯が食えりゃ、それでいい」
独り言みたいな声だった。
言葉の端々が、微妙に掠れている。
「うわぁあああああん!」
隣では、ロランが耐えきれずに崩れた。
椅子にしがみついたまま、ハンカチで顔を覆い、遠慮なく泣く。
鼻をすする音が、やけに大きい。
ルーシーとジャガーは、何も言わなかった。
ただ、カールの言葉を胸の中で噛みしめる。
過去をどうこう言っても、戻るものはない。
前に進むしかないと、分かっているからだ。
「ハピざぁああん……とっぐん、がんばりばず……!」
ロランは泣き顔のまま立ち上がり、皿もそのままに訓練場へ走っていった。
鼻水を垂らしながら、転びそうになりつつも、振り返らない。
食卓には、少しだけ静けさが残った。
♢
――皆が動き出してから、一週間。
総攻撃に向けた準備は着実に、そして静かに進んでいた。
武器の手入れ、物資の確認、交代での見張り。
誰が指示したわけでもないのに、皆がそれぞれの役割を黙々と果たしている。
そのせいだろうか。
拠点の外れ――壁の向こう側に、張りつめた空気が滲み出しているように感じられた。
いよいよだ、という感覚だけが、共有されている。
クリスとエアリアは、その後も各地を回って援軍を募った。
断られることもあれば、思いがけず首を縦に振られることもある。
そうして気づけば、二人は野営地へと戻ってきていた。
「お疲れ、二人共」
カールとルーシーが二人を出迎えた。
「ただいま。いくつかの街に応援を請けてもらったぜ」
エアリアは、街の名前が走り書きされたメモに視線を落としたまま、快活に言った。
「ありがとう。とりあえず、テントの中で聞こう」
「うん。寒いしね。さ、入って入って!」
ルーシーがそう言って、先にテントの中へ入る。
その背中を追いながら、クリスは隣を歩くカールに声をかけた。
「ロラン、訓練してたんすか?」
何気ない問いだったが、カールは一瞬だけ歩調を緩めた。
「してたさ」
短く答え、それから少し考えるように視線を宙に泳がせる。
「……あいつは、どんどん強くなってる」
「へぇ」
「まぁ……そうだな」
カールはそこで言葉を切り、口の端だけを上げた。
「期待しててくれ」
それ以上は何も言わず、カールはそのままテントの中へ入っていった。
同刻、ジャガーは中央都市の北門に立っていた。
黒いマントにフードを深く被り、左手には剣を提げている。
その背後には、擦り切れた衣服をまとった青年が一人、黙って立っていた。
北門の周囲は、内戦の中心である東門とは対照的だった。
人の気配はほとんどなく、並ぶ家屋は荒れ、地面には草一本生えていない。
道の脇には、腹を裂かれた大きなラクダの死骸が転がっており、ハエが黒い雲のように群がっていた。
ここが街の入口であることは、誰もが忘れ去っている。
「開門しろ!」
ラオ反乱軍参謀、ジャガーが声を張り上げる。
「俺はリーコ家当主の息子、ジャガーだ。反乱軍の情報を持ち帰った」
櫓の上から門番の視線が降りてくる。
しばらくの沈黙の後、重い音を立てて門が軋み、わずかに開いた。
数名の兵士がボウガンを構えたまま外へ出てくる。
「手を上げろ……後ろのガキは何者だ」
兵士の顎が、ジャガーの背後を示した。
「こいつか?」
ジャガーは肩越しに振り返り、気にも留めない様子で言う。
「奴隷だ……外で仕入れてきた。それが何か問題でも?」
そう言って、乱暴にフードを払い落とす。
現れたのは赤い髪の獣人の青年だった。
首にはリードが掛けられ、額には殴られた痕が残っている。
「名前はロランだ。覚えておけ。近いうちに使い走りに出すかもしれん」
ロランは兵士を睨み返し、わずかに肩を強張らせた。
逆立った毛並みが、怒りを抑えていることを物語っている。
兵士は二人を無言で見比べ、やがて視線を逸らした。
「……通れ」
門がさらに開かれる。
ジャガーは何も言わず、ロランを引き摺るようにして門の内側へと足を踏み入れた。




