第三十九話 ラオでの鍛錬➀
「それからあたしを拾ってくれる人なんてのはいなかった。皆それどころじゃないからね」
手の届かない遥か上空には美しい星空。
まるで戦争に明け暮れる人類をあざ笑うかのように、穢れを知らぬ輝きを見せていた。
「でもさ、ある日一人、街で途方に暮れてた時にジイジが来てくれた。ジイジ、お父さんの知り合いだったみたいで。それからこっちに引っ越してきて、オファクで育ったんだ」
「族長が育ての親だったんすね」
「そう。ジィジには生き方も、戦闘術も学んだ。あの爺さん、目が見えないのにすごいだろ」
「え、族長って目が見えてないんすか!じゃぁ、最初に会ったとき俺に気づいたのは?」
「ま、あのジジィにはお見通しなんだぜ」
自慢気にエアリアが言った。
クリスは水を飲み、宴会場から持って来た小さな乾燥豆をつまむ。
「そんでよ、あたしの右手が機械の理由はだな。小さい頃右手を蛇に噛まれて。ホントはラオで手術できれば、治ってたんだけどさ」
「入れなかった……んですか?」
「そう。第一外壁の内側にはね。だから、その時にオファクで手術して、義手にしてもらった。すごいだろ?ジイジがほぼ全財産使って買ってくれたんだ」
エアリアがクリスに右腕を見せた。
蒸気機関応用技術によって作られたその義手は素晴らしく手入れが行き届いており、エアリアが心底大切にしていることが伺えた。
腕の外側からは刃が飛び出し、いつでも戦闘態勢になれる高性能使用だった。
「あたしの最終目標は、誰でもちゃんとした医療を受けられるようにすること。私みたいな不幸な孤児と、ケガ人を減らすためにね」
「変えましょうよ!今の俺達ならやれる気がします」
「けが人減らす為に戦うのもおかしいんだけどね」
クリスは自然と笑顔になった。
ここまで、極悪非道な性格を持ち合わせた人間ばかりを見てきたからなのか、反乱軍での優しい人物との出会い一つ一つが、クリスの心をじんわりと温める。
エアリアもそんな心優しき者の一人だった。
「じゃぁ、この戦いも乗り切りますよ。姉御…あねご?」
エアリアに呼び掛けるが、返事がなかった。
クリスが慌ててそちらを見ると、エアリアは既に幸せそうな顔をして寝ていた。
久々の実家に落ち着いたのか、はたまた酒に酔っただけなのか。
「寝るの早いっすよ」
そう言うと、星を眺めていたクリスも目を閉じる。
皆は、夜をゆったりと過ごした。戦争への恐怖を紛らわす、束の間の安息を。
「これからはタメでいいぜ、クリス」
「起きてたんすね」
♢
幼い少女にも見えるハピの、アクロバティックな蹴りが空を飛ぶ。
その見た目とは違い、重い一撃がロランを襲った。
ロランは反射的に腕を上げ、それを受け止る。
――が、次の瞬間。
がら空きになった足元をハピが逃さない。
鋭い一撃が払うように入った。
「まっずい!」
ロランは体勢を崩し、そのまま地面に膝をつく。
息を整える間もなく、喉元に冷たい気配が添えられた。
ハピの手刀だった。
「まだまだだっぴ。上だけじゃなく、全身をくまなく守るっぴよ」
ロランは悔しそうに息を吐き、それでもすぐに顔を上げる。
「すみません。もう一回、稽古つけてもらってもいいですか?」
「もちろんだっぴ」
短く答えると、ハピはすぐに距離を取る。
ロランも立ち上がり、再び構えを取った。
二人は、もう一度戦闘態勢に入る。
ハピは拳を構え、ロランとの間合いを見極めた。
ハピの真っ赤なマントが風になびき、バタバタと音が鳴る。
「今度は本気でいくっぴ。覚醒能力使うっぴよ」
そう言うとハピは全身の毛を逆立たせた。キリのように、完全な人狼への見た目の変化はないが、明らかにハピの雰囲気が変わった。
「私はアラビアオオカミの獣人。覚醒時はスピードと視力が格段に上昇するっぴよ」
ハピが一気にロランへ間合いを詰めた。
ロランはそれを避けてもう一度間合いを取ろうとしたが、想定以上の速度で距離を縮められる。
しかし、戦闘スキルではロランも負けていなかった。
ロランにはスピードこそないものの、これまで実戦で培ってきた経験という能力があった。
あえてハピと距離を取るために下げた右足をそのまま動かさず、左わき腹をわざと無防備にする。
――どうぞここを狙ってください!ハピさん!
案の定ハピが脇腹めがけて拳を叩き込むが、ロランはそれを想定済み。
ロランはそこを左手でガードしながらハピの首に手刀を添える。
が、ハピはその一連の動きを“じっくり”と観察していた。
ハピの視力上昇は遠視が可能になるというのも能力の一つだが、動体視力が良くなるという意味でもあった。
すかさずハピが繰り出そうとしていた拳を減速させ、同時に首元の手刀を払いのける。
ロランは手刀を防がれたことで策が付き、ハピも捻らせた体を解いて防衛態勢に入った。
特にロランはこれに対応されると思わず、慌てて間合いを引く。
「やるっぴね。でも今度は策にはまらないっぴよ」
「そうですか?全力でいかせてもらいますっ!」
二人がもう一度刃を交えようとしたとき、本部テントの方から二人を呼ぶ声がした。




