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第三十八話 ジィジ・オファクソンチョイ

「行かん。ワシらはラオへ行かんぞ」


 老爺は胡坐をかき、眉間にしわを寄せて威圧感を纏っていた。

 その顔に刻まれたたくさんの深い皴は貫録を漂わせ、傷も相まって、厳しい世界で生きてきたことを如実に語っている。

 さらに族長がエアリアのへ向かって言った。


「誰だ。名を名乗れ」


「クリスです。貴方達オファクに助けを求め――」


「黙れ!恐らく貴様はこの地の者ではないな。ピピンの所為でオファクの民が何人殺されたか知ってそれを言っておるのか!」


「……いいえ。すみません」


「馬鹿垂れ!」


 クリスの無知な物言いに焦るエアリア。


「クリス、ちょっと待て、交渉ってもんがあるだろ」


 当然である。

 部外者から持ち込まれた火種によって村が滅びるなど、絶対にあってはならないこと。


 それでもクリスは続けた。


「俺達には、貴方達の力が必要です。そして、貴方達にも、俺達の力が必要なはずです」


「ワシらのものはワシらで守るんじゃバカモン!」


「いえ、俺はカールさんに聞きました。資源を奪われているのはラオだけじゃない。オファクの人々もその苦しみを味わっているはずです。防戦一方では何も変わりません!」


 クリスの熱意に押され、族長が少しの間黙った。


「それはアタシも同意だ。何も変わらない……」


 エアリアも賛同する。


「族長、協力は少しの間でもいいです。俺は、ラオの為に、今ここで苦しんでいる人たち全員の為に行動しています。何かを掴み取るには、何かの犠牲を払う必要があるんです。それは確かに犠牲を払うだけで終わるかもしれません。でも、やってみないとプラスにはならないはずです」


 熱弁を振るったクリスが床に座り、地に頭を付けた。

 エアリアも同じく頭を下げ、族長に語り掛けた。


「族長は第一に村のことを想って、優しくて、常に的確な判断ができるすげぇ人だ」


「ケッ――褒めても変わらんぞ」


 エアリアは顔を上げ、彼の顔を正面から見据えて言う。


 勿論、彼は感情で動くような人物ではない。

 だが、最後の、ダメ押しの一手だった。


「総攻撃なんだ――頼むよ、爺ちゃん……」


 緊張した空気が部屋を包み、一瞬の沈黙が流れた。

 暫く何か考えていた族長は深くため息をつき、ゆっくりと二人を向いて言った。


「二十年前、やってみらんと分からんとな、お主らと同じことを言った男がおった」


 族長は首をもたげ、地面へと視線を向ける。


「そいつはワシらに差し出されて、人質と交換されて、ラオで処刑された。彼の名はピピン……ワシらが差し出さずに皆で戦っておけば、こうはならんかったんかのう」


 部屋の天井に生えた発光キノコが、暗い面持ちになった族長の顔を淡く照らしていた。





「ワシは援軍要請を受け入れたわけではない。じゃが、その話を少し考えることにした。しばし待て」


「「あ、ありがとうございます!」」


 エアリアとクリスは互いを見て頷いた。


 それからすぐに、族長の部屋へと町のまじない師や狩猟団のリーダーが来て、町総出の会議となった。

 クリスとエアリアは入り口近くの壁にもたれてその様子を見ている。


「まったく、あんたがあんなこと言いだしたとき、どれだけ焦ったか」


 エアリアが周りに聞こえない程度の声でボソッと言った。


「すみません。でも、ああいう頑固な()()()()とは、本音で話さないとだめだと思ったんです。これまでハンスっていう厄介で頼りになる爺さんを相手にしてきたんで、多分こうした方がいいなと」


「ハンス……?まぁ、この町で頑固爺さんに歯向かう奴なんていないだろうからね。爺さんもびっくりしたと思うよ」


 エアリアがそう言うと、クリスが力こぶと共にドヤ顔を披露する。


「にしても、君は私達に負けず劣らずブルートへの憎しみが強いね。あまり聞かない方がいいのは分かってるんだが、君の身に何があったか聞いても……」


「全然いいっすよ――」


 そこでクリスは、エアリアにこれまでのことを全て話した。

 ハンスという育ての親が殺されたこと、その犯人がブルートやゼリクであることを。


 彼女は一言も割り込まずに、静かに頷きながらクリスの話を聞いた。


「そんなことがあったんだな。話してくれてありがとう。なんだかアタシも気が引き締まったよ」


「いえ、俺も普段この話はロラン以外しないから、聞き手になってもらえてよかったっす」


「いいんだよ。それに、アタシも――」


 エアリアが何か言いかけた時、二人が急に族長から呼ばれた。


「エアリア、クリス、決めたぞ。ワシらは」


 二人は固唾を飲んで次の言葉を待った。

 洞窟の中で族長の言葉が反響する。

 肌寒く、暗い部屋に緊張感が走った。


「協力することにした」


 それを聞いた途端、二人の表情が一気に明るくなった。

 洞窟の中も一気に騒がしくなる。


 エアリアは族長に飛びつき、その怪力で抱きしめる。

 銀製の甲冑が彼の顎にめり込んだ。


「い、痛いぞエアリア……」


「やった!ありがとうジィジ!」


「ジジィ?」


 クリスが首をかしげた。


「ワシの名前じゃ!オファクの族長、ジィジじゃ!援軍取りやめるぞ小僧共!!」





 その夜、村で歓迎会を兼ねた決起会が行われた。


 洞窟の外の広場で宴が行われ、村中の人々集まってくる。

 提灯が灯され、子供たちは駆け回り、大人も酒を飲んで大騒ぎした。


「ワシらも、よく考えたらのぉ、ブルートにのぉ、思うところがあっての、最近谷の水が枯れてきよったんじゃ。気になって、調べたらブルートの所為じゃったんじゃ!やっぱりここで一発……」


「族長、お酒の飲みすぎでございます!気を付けてください!」


 護衛が族長の飲みすぎを注意する。

 それを見たエアリアが、護衛にも酒を注いだ。


「たまにはいいだろう?あんたも、あたしが酒注いでやるから飲め飲め!ヴドリも!モブも飲め!」


 族長が意識朦朧とする隣で、酒を飲んだことで気が大きくなったエアリアが皆に酒を勧め始めた。


「おい、クリ坊!おめーは飲まないのか?あたしが注いでやるよ」


「え!?俺未成年ですけど、あの、エアリアさん」


「エアリアだァ?姉御と呼べ姉御とォ!おら、注ぐぞ!」


 渋るクリスのコップに、並々エールが注がれた。


 勿論クリスは飲酒初挑戦。

 前世でもこの人生でも一口も酒を飲んだことが無かったが、遂に大人の階段を一歩上ることになる。


――いや、そもそも前世から(とし)を数えたら成人してるし、問題ないか?

――いやいや、今の子供の身体に酒は良くないだろ!


「おい、飲まねぇのか?」


――あー、もういいや!なるようになんだよ、こういうのは!


 クリスが意を決して飲もうとした時、エアリアがそのまま、クリスのコップに注がれたエールを飲んでしまった。


「んめー!!!!!最高だな!クリス!また帰って来てからも飲むぞォ」






 それからしばらく経ち、村人たちもそれぞれの家に帰り始めた頃。

 クリスとエアリアは酔いを醒ましに、オファク渓谷の上にある砂丘へと腰掛けていた。


 満天の星空の元、心地よい風がクリスの頬を撫でる。


「なぁ、ほんとに良かったのか?なぜあたし達と行動を共にするんだ。こっちとしては戦力が増えるから良いんだけど、あまりにも二つ返事だったからさ」


 エアリアがそう聞くと、クリスは砂の上に寝転がって答えた。


「正直、最初は反乱軍と共に行動するつもりはなかったです。でも、救護テントから出たときに貧しそうな子供がいて。この子達を守るためにも、より目標へ近道できる方を選んだんです」


「フフフッ、アンタもチビ助のくせによく言うぜ」


 エアリアは酔いを醒ましに来たはずだったが、さらに酒をがぶがぶと胃に注ぎ込んだ。

 彼女は既に焦点が定まっていなかったが、まだまだ飲むつもりだろう。


 エアリアは砂の上に寝転び、過去の話を始めた。


「アタシはね、実はジイジに育てられたんだ。十歳の時、両親が流行り病にかかって死んじまってよ」

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