第三十七話 オファク村とラオの過去
「族長は気難しい人だから、あまりふざけたことするなよ」
エアリアがクリスに言った。
「さすがにそんなことしないっすよ。それより、そこに千人も戦士がいるって本当なんすか?」
「バカみてぇに強えーのがたくさんいる。あいつらが来るかどうかっていう話は別だけどな」
オファク村は蒸気機関に頼らない、原始的な暮らしを営んでいる集落だった。
そこには渓谷と半地下住居群があるらしく、狩猟と僅かな水を使った農業で暮らしを支えている。
「俺らを爆発した機関車から助けてくれたのってエアリアさん達なんすか?」
「そうだ。あたし達の知らないところで武力衝突が起きたと聞いて、行ってみたらルーシーさんがいてね」
「そうなんですね……ありがとうございました。この件、革命軍の先制攻撃だと思われてるんですよね」
クリスは恐る恐る聞いた。
険しい表情が見えるかと思ったが、意外にも彼女は笑顔だった。
「いや、元から近々総攻撃をするつもりだったからなァ。気にすることはない」
クリスは目の上で手のひさしを作り、砂漠のはるか遠くを眺めると、耳元に垂れてきた汗をハンカチで拭った。
エアリアは一度止まってから水筒の水を少し飲む。そして歩きながらゆっくりと語り出した。
「ラオは十年前から内戦をしているのさ――事の発端はグリードという人族の議員だ。
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グリードがラオに来てから、先代までとは全く違う政策が為されるようになった。
物価の高騰、徹底された居住区の分離、獣人の迫害。
彼は吸血族に陶酔しており、純吸血鬼主義的思想の元、彼の理想の世界をラオに作り上げた。
そんな中、ある日ラオに反旗を翻す者達が出てくる。
彼らは誇り高き勇気を持った者達で、まだクロスボウやアーティファクトが発明される前に、彼らの首領がたった一本の剣でグリードを葬った。
しかし、一部の議員が結託し、すぐに彼は都市中の警官に追い回されることとなった。
上流階級の人間であれば、罪を捏造することなどいくらでもできるのだ。
一方、ラオの議員の中には彼の活躍を喜ぶものもいたが、かつてグリードに恩恵を受けた者や、これまで特別な待遇を受けて来た吸血族議員達は彼を許さなかった。
――それから五年が経過した。
それが丁度今から十五年前。
平等と平和が保たれていた貴重な時間。
だが、ジャクソンという新しい議員が首都ステティアから送られ、身分差の完全解消に近づいていたラオを再び厳格な格差社会にした。
それにより、ラオの下位市民は元の苦しい状況へと引き戻されてしまったのだった。
それだけでない。
彼は前任のグリードよりも、遥かに残虐だった。
特にグリードとジャクソン、二人の違う点は、後者が吸血族であることと、彼がグリードよりも狡猾なことだった。
それまでラオ近くの村オファクに潜伏していた英雄は、遂にジャクソンによって捕らえられ、処刑されることとなる。
その英雄こそがラオ反乱軍隊長、カールの父――ピピン。
人々はカールが首のない父の遺体に縋り付いて泣く様を見て涙し、憤った。
民は街の為に、ピピンの為に。
そして悲しき定めを背負う青年、カールの為に動き出す。
それからさらに五年、カールが十八になった年、遂に民衆たちは武装蜂起する。
こうして、血を血で洗う残酷なラオの歴史が幕を開くのだった。
そして去年、クロノス教によって、遂にジャクソンの身元が判明した。
彼の本名はブルートで、遥昔から生きる吸血鬼“三大老”のうちが一人。
さらに彼の敷いた情報統制は厳格で、今ラオの内戦がどうなっているかなどは都市外に漏れていなかった。
他の都市に住む人々は内戦への興味がないどころか、知らない人までいる。
それを知った反乱軍は、いつか来ると思っていたチャンスの時を待たずして、自らの手で自由を掴み取ることに決めたのだった。
♦
というのがこれまでの内戦かな。どうだ?知らなかっただろ?」
「なるほど……知らなかったっす。ブルートってのはゴリゴリの武闘派だけど、悪知恵も働く奴なんすね」
クリスは砂丘を降りながらエアリアの話を聞き、暫く物思いに耽る。
すると急に、エアリアが前方を指さした。
「とか言ってたら着いたぜ!ここが渓谷集落オファクさ」
「おぉ!」
砂丘を下ったクリスの眼前に広がるは砂漠に空いた大きな亀裂と、その中に作られた居住区、カラフルに彩られたマーケットだった。
来る前にクリスが聞いた話によると、亀裂は太古の川の跡で、今はその渓谷の底から水が湧き出ているらしい。
人々はそれを生活用水とし、亀裂に天幕を張ってひさしを作ったり、壁に穴をあけて家を作ったりして生活している。
二人は壁に掛けられているはしごを使って下まで降りた。
高さはおよそ三十メートル。一歩踏み外せば無傷ではいられないだろう。
「よっとォ。降りれるか、小僧」
二人は渓谷のそこへと到着する。
そして服や乾燥野菜の吊るされた通りを抜け、目的である族長の家まで歩き始めた。
オファクの人々は元からこの地に住んでいることもあり、人々はまたラオとは違った文化を見せていた。
砂と同じ色のマントに、青い紋様のはいったスカーフ。
成人したものは右頬にタトゥーが入っている。
所々近代的な建造物も見られ、街灯も一本だけあった。
「なんか島唯一の信号機みたいな感じだな」
「何言ってんだァ、クリス?」
「……何でも無いっす」
二人がしばらく歩いていると、豪華な住居が増えてきた。
上から見ただけでは分からないが、壁面に大きな洞窟が掘られ、その中には想像していた以上に人がいるらしい。
そのうちの一つ、ひときわ大きな洞窟の前でエアリアが立ち止まった。
「族長に話があってきました。お時間よろしいですか?」
エアリアが洞窟の入り口に立つ男に声をかける。
すると、彼は無表情で答えた。
「入っていいぞ」
そう言われた二人は、族長がいるであろう洞窟へと足を踏み入れた。
少し奥まった入り口の門を通ると、以外にも中はひんやりとしている。
天井からは、地上へと続く小さな空気穴からうっすらと地上の光が差して、淡く幻想的な空間が広がっていた。
実際に人が住んでいるであろうスペースには、クリスが前世でもこの世界でも見たことのないような発光キノコが照明に用いられている。
最深部の薄暗い部屋に辿り着くと、そこには三人の護衛と一人の老爺がいた。
老人の右頬にはタトゥー、左頬には歴戦の証かバツ印の傷がついている。
「エアリアか」
「はい。この度は――」
「行かん。ワシらはラオへ行かんぞ。」
彼の一言目は、きっぱりとした拒絶だった。




