第三十六話 ラオの民➁
「失礼しまーす」
「こんばんは。ロランとクリスが来ました」
ロランが喋ると、円卓の四人が一斉にこちらを向く。
「おお、待ってたよ。そこの椅子に座って」
カールに促されるまま、クリスとロランは空いていた残りの椅子へ腰かけた。
ボロボロにささくれ立った椅子に、使い古され摩耗した円卓。
「急に呼び出してすまない。ちょっと話があってね」
カールは地図を置いて二人の方を見た。
「まずは皆を紹介するよ。俺の右からジャガー、エアリア、ハピだ。ジャガーが参謀、エアリアとハピがそれぞれ右軍と左軍の隊長をしている」
彼が紹介するたびに各幹部は会釈をしていく。
その姿はどこか気品や気高さに満ちたものだった。
まるで壁の外に追い出された人々には見えない。
「んで、一応紹介しとくけど、俺は本軍司令のカールだ」
ロランとクリスが小声でよろしくお願いしますと言う。
クリスが見たところ、ジャガーは眼鏡を掛けており、その後ろで結ばれた茶髪は腰のあたりまで伸びているが、肩や腕にはムキムキと筋肉のついた東国系の男性。
エアリアは甲冑を着ており銀髪青目。
見たところまだ二十歳かそこらの活発そうな女性だが、右腕は機械で補われていた。
最後にハピは赤いマントに赤いスカーフと鮮やかな服を着た獣人の女性。
肌は黒めの色で、腕にはjoeyと書かれたタトゥーが入っていた。
一通り彼らの挨拶が終わると、もう一度カールが二人の方を向いて喋る。
「さぁ、本題へ入ろう。二週間後、俺たちは中央都市へ総攻撃を仕掛ける。今のこちらの兵力は三千、向こうはおよそ一万だ。人が……大勢死ぬことになる」
♢
会議の翌日、麻のフードを深く被った女性が壁の周囲を歩いていた。
はたから見れば誰かは分からないが、その首にかけられたネックレスがクロノス教軍部副総長であることを主張している。
「確信に変わった。残念ながら、リリィは既にクリスがあのクリスだと分かっているわ」
「だろうな。確定だ」
「そっちに何か変化は?」
「こないだジジィが追手に右肩を切られた。しばらくは動けそうにない」
「わかったわ。気を付けて、アダム」
「了解、サブリーダー」
通話が終わるとルーシーはガラケーを割り、道路の端へと無造作に捨てる。
それから再びいつもの能天気な顔に戻り、ラオ革命軍の野営地へと歩きだした。
♢
クリスとロランは、それぞれ組織幹部とともにそれぞれの仕事を担当することになった。
そして現在、クリスは幹部の一人エアリアと共にラオの街を出て歩いている。
ラオの第二外壁よりも外、完全に砂漠の真ん中まで来たところで、やっと彼女は口を開いた。
「あんたと一緒に行動するのはアタシ。エアリアだ。よろしく」
そう言うと彼女は手を突き出し、クリスも「よろしくお願いします」と言って手を握り返した。
彼女はラオ革命組織の中でも異様な格好をしている。
いついかなる時でも鎧を身に着け、砂避けのスカーフを頭から被っていた。
「暑く……ないんすか」
クリスが聞くと、エアリアは金色の太眉を寄せて答えた。
「暑いけど、気合で乗り越えてんだ。イカついだろ」
「はぁ……」
クリスは曖昧な返事をしつつ、目の前の砂漠よりもアツい女戦士に胸やけを覚える。
「ま、こういうのは、戦った方が早いんだぜ。言葉より拳!」
「何を言ってんすか――」
クリスがそう言って肩を落とそうとした時、彼女の鋼鉄でできた右腕が頬を掠めた。
鉄の匂いがクリスの鼻に触れ、血が出たかのように錯覚する。
特段速い攻撃ではない――はずだったが、クリスはその攻撃に吸い込まれるようにして体が動いてしまった。
「今のは手加減なしだと当たってたぞ、少年?……次は避けてみろ!」
彼女は間髪入れずに、生身の左手で二発目を繰り出した。
拳は鈍い音と共にクリスの頬へ直撃し、その衝撃が脳へと伝わる。
視界が揺れ、体勢が崩れた。
「エ、エアリアさんッ!!容赦がなさすぎますよ!!」
クリスはそう言いつつも右足を踏み込み、左手に力を入れた。
振り抜かれるクリス渾身の左ストレート。
彼の繰り出した拳はエアリアの肩にめり込むが、彼女は気にもせずに左手で連打を浴びせる。
「そっちは義手だぜ。あんたの拳が痛むだけだ!!」
連打はクリスの顔面を直撃するが、手加減してあるのか致命打にはならない。
アツく脳筋な見かけによらず、僅かな優しさも持ち合わせているらしい。
「怒りましたよ……エアリアさん。こっちも本気で行かせてもらいます」
クリスは一度距離を取ると、足で砂を巻き上げた。
エアリアの正面に砂の壁が出現し、視界が遮られる。
それによって数秒、彼女の動きが鈍る――と同時に、クリスが砂の壁を迂回して彼女の背後に回った。
クリスはその隙を突いて、エアリアの背中目掛けて拳を振り下ろす。
が――
「甘いね。超甘い。甘ちゃんにも程がある」
そう聞こえた瞬間、エアリアの体が半歩、後ろに下がる。
「アタシが本気の敵だったら、今ので終わっていた」
クリスが何か言い返そうと口を開いた、その手首を――掴まれる。
「なっ――」
「陽動が雑。体の癖、全部出てんぜ」
言葉と同時に、手首が捻られた。
そして彼女は振り向き、言った。
「相手の動きを読む繊細さも、アタシにはあるんだなァ」
次の瞬間、視界が回転し、背中から砂に叩きつけられる。
乾いた音。
舞い上がる砂。
衝撃が遅れて胸に来た。
「……っ」
クリスが砂埃の中目を凝らすと、エアリアはもう距離を取っていた。
「一本」
短くそう言って、彼女は肩をすくめる。
「……参りました。僕の負けです」
クリスは砂の上に転がったまま、片手を上げた。
エアリアは少しだけ目を細め、白い歯を見せて笑うと、その手を掴んで引き上げた。
「いいよ。今ので十分わかった」
「え?」
「勝ちとか負けとかじゃない」
手を離し、エアリアは一歩引く。
「あんたが、どういう奴かって話」
彼女は得意げにそう話すと、鼻をフンと鳴らした。
クリスは困惑しながらも、素直に疑問を伝える。
「えぇ、今ので、今の手合わせだけで俺のことが分かるんですか?」
「おうよ」
「例えば――何が分かったんですか?」
「……好きな食べ物……とか?」
「嘘つけ」
♢
強制的な挨拶手合わせから数十分後。
クリスとエアリアは景色が変わることのない、だだっ広い砂漠の中を歩いていた。
「あともうちょっとだ」
見渡す限り灼熱砂漠の中、正面のひときわ大きな砂丘の奥に、小さな村があるらしい。
目的地はそこだ。
オファク村。
会議の日、クリスとエアリアがカールに命じられたのは総攻撃へ向けた人員の確保。
そこでの援軍要請を頼まれたのだった。
オファク村と関わりの深い、族長の娘エアリアと共に。




