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第三十五話 ラオの民➀

「ロランは大丈夫なんですか?」


 クリスが恐る恐るルーシーに聞くと、彼女は真剣な表情で、それでいて優しい眼差しで答えた。


「彼は大丈夫!獣人だからか一日ですぐに治ったよ。全身骨折だらけだったけど、今はほとんど全快しているんじゃないかな」


 クリスはほっと溜息をついて安心する。それを見た二人も少し微笑んだ。


「あ、看病、ありがとうございます」


 クリスは目の前にいる二人に感謝を伝えた。三日も看病するのはなかなか大変だったはずだ。

 するとドレッドヘアの男が照れながら答えた。


「いやぁ、実は俺は医者じゃないんだけどね。君を治療したのは医療班で、今俺は彼女に用があってたまたまここにいただけ」


 思い出したようにすかさずルーシーが彼を紹介する。


「そっか、まだ紹介してなかったね。彼は反ラオ都市連合組織軍総隊長、カール。反連合組織はクロノスとは別の組織で、私がこの組織と交流があったから助けてもらったの」


「よろしく、クリス。どうやら……君達もジャクソン議員もとい、ブルートに用があるらしいね。協力して倒そうじゃないか」


 クリスとカールは握手を交わした。


「よろしく。カール」


 と、その時、テントの外から叫び声が聞こえて来た。


「おい!早く治療してやってくれ!」


 クリスがそちらを見ると、丁度数人の男達が、行商人らしき恰好をした負傷者を担いでテントに入ってくるところだった。


「カールの兄貴!またやられた。行商人に水を持ってきてもらってたんだが、ジャクソンの手下共が襲いやがった」


 カールはそれを聞くと頭を抱え、髪を強く握りしめる。そして重々しく言った。


「そうか。早く治療しよう。また別の場所から水も確保しないとな」





 クリスが寝ていたのは、病院というよりも野営地に近かった。

 中くらいのテントの中にベッドが四つ。

 最低限の医療器具が置いてあり、衛生兵が頻繁に出入りしていた。


 クリスが点滴を外して外へ出ると、そこには夕日に照らされた数々のテントがあり、前後に巨大な壁が見えた。

 まだ、ここはラオの中心街ではない。

 上流階級から迫害された獣人族、人族が集まる、防砂璧(サンド・ヴェール)外の街なのだ。


 しかしそこには人々の日々の暮らしがあり、文化があり――暗い歴史もあった。


「これが、ラオ……」


 カールの話では、ラオの町は防砂壁が二重に巡らされているらしい。

 一番内側、中央都市と呼ばれる区画には、苗字を持つ貴族や上級商人、政府関係者が住む。

 その外側、第二の防砂壁内に広がる周辺都市には、貧しい一般市民と獣人たちが押し込められている。


 そして、今クリスが立っている場所。

 そこは、中央都市東門――外と内の境界線だった。


「ここは、いつも一番最初に燃える」


 カールはそう言っていた。

 崩れかけた家屋と、何度も修復された形跡のある石畳。

 壁には、古い傷痕がいくつも残っている。


 都市外核部の革命軍と、都市内核部の上級国民。

 奪われた側と、握り続ける側。


 水と資源、それから――名目上の“平等な権利”。

 それらを求めて外側が蜂起し、権力と富を守るために内側が鎮圧する。


「多い時で、半年に一度くらいだな」


 淡々とした口調だった。

 まるで季節の話でもするかのように。


 戦場になるのは、決まってこの辺りだそう。

 中央都市に最も近く、だが、決して中へは入れてもらえない場所。


 クリスは無意識に、防砂壁の方へと視線を向けた。

 高く、分厚く、こちら側からは向こうの様子すら分からない。


 守られているのは、誰なのか。

 閉じ込められているのは、誰なのか。


 その答えを、この町は半年に一度、血で塗り直している。


 クリスが町を見下ろすようにしてそびえ立つ、巨大な防砂壁を見上げていると、どこからか彼を呼ぶ声が聞こえて来た。


「おーい、クリス!大丈夫か?」


 遠くからロランが近づいてくる。


「ロラーン!お前こそ大丈夫だったか!」


 ロランがクリスの方へ駆けていき、そのまま飛びついてクリスを抱きしめた。


「いてぇいてぇ!痛いって!」


 ロランのタックルが骨折した場所に響く。

 何かが折れた音もした。


「ごめんごめんクリス。まだ治ってなかったか」


「大丈夫。すぐ治すよ。なんかデジャヴだなこれ」


 それを聞いたロランは、嬉しそうに笑った。


 ロランは背中にマチェットを背負い、マントにスカーフとすっかり砂漠都市での装いとなっている。

 むしろステティアから服の変わっていないクリスは、そのスーツベストの所為で、周囲からかなり浮いていた。


「それより、それよりだよ、クリス」


 ロランは笑顔から一転、真剣な顔でクリスの方を向いた。


「何?」


「カールって誰?誰ですのんあいつ?ほんとに」


「いや、総隊長って言ってただろ」


 クリスは先にベッドから起きたロランがカールのことを知らないのを不思議に思った。

 まさか、何かロランに隠されているのか、それとも実はカールが内通者なのか。


 ヒッタ派での一件から敏感に――。


「そうじゃなくて、あいつはルーシー先輩の何?」


「は?」


「何かあのルーシー先輩への距離感、納得いかないんだよねぇ」


「はい?」


 クリスは目をぱちくりさせてロランを見た。


「ロラン、お前、ルーシー先輩のことが好きなのか?」


「えーあのねー実はねぇ……どしよっかな……言っちゃおっかな……うーん、好きでさァね」


「なんだそれ」


「何だそれってなんだよ!なんだそれって!それはさすがにひどいぞ!」


「ごめんごめん!悪かったよ。いや、ロランが真剣に話しかけるからなんかブルートの情報でも掴んだのかと思って」


「いやいや、これも僕にとっては大事なことなんだぞ!」


 ロランが頬を膨らませて怒った。


「いやー。そんなあの二人仲良い?俺はあんま分かんねーけどなぁ」


 今のところクリスにとって恋愛は復讐の二の次であるため、すぐに興味が逸れる。


 ついでに言うと、彼は自分から友人を作りに行っていないと思っているが、それは違う。

 そもそも彼は前世でも病院生活で友達が少なかったが故に、人間関係を構築するのが下手くそだった。


「ま、なんかカールが怪しい動きしたら僕に教えてよ!」


「……はぁ?もう、分かったよ。まぁ無いと思うけどな」





 夜、カールからクリスとロランが呼び出された。


 夜の砂漠の寒さはスカーフを通り越して人々の身に沁みる。

 昼と夜で数十度も温度差のある過酷な環境で、人々は逞しく生きているのだ。


 皆が寝静まった静寂の中、ランプに激突する虫の音が物悲しさを感じさせるような夜。

 二人は数ある野営テントの中でも一番大きなテントへ入ると、その中には、円卓を囲むようにして二人の女性と二人の男性が座っていた。


「失礼しまーす」


 天井からはランプが灯され、テントの中はそこそこに明るい。ランプには今までクリスが見たことのないような虫が集っていた。

 砂漠の虫“カゲロウ“だろうか。


 入り口から正面に座るのがカールで、あとの三人は何か地図を見て話し合っていた。



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