第三十二話 ラオ列車爆破事件➂
人狼型超蒸気機構は何の躊躇もなく右腕を振り上げた。
狙いはロランである。
ロランは一歩だけ踏み込み、掠めるようにその腕をかわす。
そして反動で前に出た機械の頭部へ、ロランはマチェットを振り下ろした。
列車内に響く乾いた衝撃音。
刃は確かに当たった。
だが、刃先が残したのは、額に走るごく浅い傷だけだった。
「ルーシー先輩!さっきの爆弾と一緒で、これもガチガチです!」
続けてクリスが銃口を下げ、アーティファクトの足元を狙って引き金を引いた。
乾いた発砲音が立て続けに響き、弾丸は四、五発ほど吐き出される。
だが――当たったのはたった二発だけ。
焦りが集中力の邪魔をする。
片脚に取り付けられていた歯車の一つが、音を立てて弾き飛んだ。
しかしアーティファクトはよろける様子すら見せず、まるで無傷であるかのようにそのまま前進してくる。
失われた部品など、初めから存在しなかったかのように。
距離が一気に詰まり、敵の巨大な腕が振り抜かれた。
「ッッッぶねぇ!!」
クリスは鉄製の鎌が付いた敵の手を避け、再び数発の弾を図体へと撃ち込んだ。
すべて命中し装甲には穴が開いたが、人狼もどきはびくともせず、ますます激しく暴れ出す。
――その機械はまさに、破壊という命令のみに従う、気の狂った人狼であった。
アーティファクトはその巨体を揺らしながら車内で大暴れし、鉤爪が不快な甲高い音を立てながら車両を切り裂いていく。
外壁の鉄板は剥がれ、綺麗な木製の装飾も無惨に破壊されていった。
「私も忘れないでよね!!」
ルーシーも小分けにしていた武器をさらりと組み立て、果敢に立ち向かっていく。
彼女の手にある武器は、ぱっと見ただけでは斧とも銛とも判別がつかなかった。
中が空洞になった斧の柄は金属製で、その内部に仕込まれた機構によって、先端から巨大なスパイクを射出できるようになっているらしい。
斧の刃もまた異様だった。
刃先は滑らかさとは程遠く、鋸のようにギザついている。生身の人間が相手なら、振るわれた瞬間に終わりだ――そう直感させる、無駄のない凶器だった。
「行くわよラジコン!おらァッ!」
ルーシーが射出した銛はアーティファクトの脇腹に刺さり、脇腹からドロドロとオイルのような液体が流れ始める。
「どんなもんよ!あたし副総長だかんねェ!」
流れ出たオイルを見て、クリスが即座に判断した。
銃口が向き、引き金が引かれる。
弾丸がオイルを撃ち抜いた瞬間炎が弾けるように広がり、アーティファクトの全身を包み込む。
──が。
「……効いてなくない?」
クリスの呟きは、すぐにルーシーに肯定される。
「なくなくない!!」
炎に包まれながらも、アーティファクトは止まらなかった。
いや、むしろ暴れ方が変わらない。
どうやら、想定していた以上に熱への耐性が高いらしい。
さらに厄介なことに、流れ出たオイルのせいで火は広がり続けていた。
天井へ、座席へ。
燃える列車は、無機質な灰色の塀に囲まれながら、終点ラオへと走り続ける。
♢
状況は、確実に悪化していた。
「まじかよ……!完全に裏目でしたよルーシーさぁぁああん!!」
叫びながら、クリスは即座に後退する。
狙われる前に距離を取る判断は的確で、早かった。
だがその分。
アーティファクトの注意は、一点に集中する。
――ロランだった。
至近距離。
炎と瓦礫の中で、ロランは必死に攻撃を躱し続ける。
一歩、半歩、紙一重。
だが──
ほんの一瞬。
呼吸が乱れた、その隙を逃さなかった。
振るわれたのは、燃え盛る業火を纏った張り手。
「まずいッ――!!」
――バキィッッッッ!!
直撃。
鈍い衝撃が――ロランの体を打ち抜いた。
脇腹。
背中。
腕。
衝撃が走るたび、骨が軋み、折れる感覚が連なっていく。
息が詰まり、視界が揺れた。
「ガフッ――!!」
ロランは激しい衝撃で壁に叩きつけられ、その勢いで口から血を吐きながら地面に倒れ込んだ。
「ろらぁああーーーーん!」
クリスの背中を冷や汗が伝い、心臓が激しく鼓動する。
視界が歪む。脳みそが掻きまわされる。
ロランがしばらく経っても起きない!!!!
ルーシーもロランを心配しているが、ロランからの返事は無かった。
しかしアーティファクトはそんなこともお構いなしに二人を襲ってくる。
左手には炎を纏い、背中の煙突から真っ黒な蒸気を吐き出して。
「こんの野郎ォ!」
クリスは、アーティファクトに対して怒りを爆発させた。
彼はピストルを床に放ると、革袋から武装籠手を取り出す。
「これも工房の人に作ってもらったんすよ。ルーシーさん、今から無茶しますからね」
そう言うと、クリスはアーティファクトの方へと、大きく一歩を踏み込んだ。
「何の宣言!?ま、待ちなさい!感情的に戦ったって勝てないわよ!」
ルーシーも、クリスがこれ以上無茶をしないよう前へ出て、巨大なアーティファクトへと立ち向かった。
しかし、燃え盛るその手が振るわれ、強烈な一撃が放たれる。
熱と圧に押され、進もうとした足はそこで止められた。
クリスのガントレットは、身に着けただけで体が右に傾くほど大きく、重かった。
表面には青い液体が流れるパイプが走り、それらはすべて中央に据えられたコアへと繋がっている。
そのコアにはアルマト・クータス石が使われており、工房で聞いた話では、どんな衝撃にも耐えられる代物だという。
拳の部分は言うまでもなく銀製で、吸血族に対しては確かな特効を持つ。
「元はヒッタ派の襲撃で粉々になった大砲の一部。そこから“アルマト・クータス石”だけを抜き出し……」
クリスは、ガントレットをアーティファクトへと突き出して言った。
「仕組み通りに“爆発的な力”を引き出せるよう、全部組み直してもらった。――それが、このガントレットてわけ」




