第三十一話 ラオ列車爆破事件➁
列車がラオまでの道のりを三分の一程走り終えた頃、うとうととしていたルーシーが、不意に何かを感じ取った。
――誰かの視線がこちらへ向けられている。
ルーシーは、背筋に悪寒が走るような気味の悪さを覚えた。
しかし、辺りを見渡すがこちらを見つめる者は一人も見当たらない。
「クリス君、ロラン君、起きて」
ルーシーが二人を揺り起こして、周囲を警戒する。
「近くから敵の気配のようなものを感じるわ。気を付けて」
クリスはさっと革袋の中にあるリボルバーを握り、ロランは目を擦っていた。
ルーシーはもう一度辺りを見回してみたが、何か違和感があるものの、それが何か気づけない。
楓やトウヒの葉のレリーフがあしらわれた窓枠や、小さなシャンデリアほどもある車内ランプ。
どこを見渡しても、機関車に乗った時と変わらなかった。
すると不意に、クリスが何かに気づいた。
「音がしませんか?キーンっていう音が」
ルーシーもその音に気づき、発生源を探す。
隣の車両、窓、入り口、くまなく探すがどこにもおかしなものはない。
「おばさんにも聞こえますかね?この高い音」
「てめ殺すぞ、あたしゃァまだ二十だコラ。歯全部抜くぞおい」
ロランは寝ぼけていて、マチェットをバイオリンケースから取り出すのにもたついていた。
そんなロランが急にぼそっと言う。
「何か…ものすごく近くで音鳴ってないですか?」
そこでついにルーシーとクリスが気づいた。
二人が足元を見下ろすと、やはりそこに音の発生源が。
「これだ。何だこれは?虫?…いや、金属……人工物――ドローンだ!!」
二枚羽根のついた小型ドローンは、三人の足元でホバリングしていた。
金色の羽根と丸い中心部はどこか蜂を想起させるような形だった。
「まずい!敵はおそらくこの列車内にいる。私達に隙ができるのをずっと待っているんだわ」
三人は咄嗟に防御態勢を取る。
二人の声を聞いて徐々にロランも目が覚めてきた。
彼等の騒ぎを聞いて、その他の乗客達もざわつき始める。
しかし、ドローンは暫く経っても動かずに静止していた。
「なんか、拍子抜けですね。なんですかこれ?」
ロランがルーシーに聞いた。
「ちょっと私の解析ルーペで観察してみるから待って」
ルーシーは帽子にかかっていたルーペを右目につけると、横の小さなボタンを押す。
ルーペが青く光り、ルーシーの手元にある紙に、ドローンの材質や特徴が順番に浮かび上がってきた。
アルミ製、ホバリングまたはバック走行可能、10g、発信源追尾型、、、。
様々な情報を目の前にルーシーはすべての情報を記憶、考察する。
そして、ルーペが解析した情報もついに最後の一行まで来た。
蛍石、蒸気蓄電浮遊機関、、、、、、、、、爆発性、可燃性、ニトログリセリン、油分。
解析を進めるうち、この小型アーティファクトには、単なる蒸気機関だけでは説明のつかない仕組みが、いくつも組み込まれていることが分かってきた。
ルーシーのルーペこそクロノスの軍部で作られた超技巧だが、それですら全体の数十パーセントしか読み取れない。
ただ一つ確かなのは、これを作った人物が、既存の技術体系の外側に立っていた、ということだけだった。
「これは何て緻密で高度な機械なの!?ありえないような技術まで使われているわ」
ルーシーはその分析結果に驚きを示した。
その小さな機体には、様々な機能や技術が詰め込まれている。
さながら自動で動く小型戦闘機のようだった。
「先輩!これ爆発しないんですか?」
一方のロランは完全にビビって耳が垂れさがっていた。
「大丈夫よ。解析結果によると、これは赤く点滅してからじゃないと爆発しないみたいだから。ほら、こんな風に赤く点滅ったら、爆発ぅ?……やばい!!!!」
ルーシーが説明していると、急に目の前でドローンが赤く点滅しだす。
パンパンパン パァン!!!
瞬時にクリスが革袋からピストルを取り出し、何発かドローンへ打ちこむが、弾は全てはじき返された。
「こいつ、バカみたいに固いっす!」
クリスが小型爆弾の破壊を諦め、咄嗟に三人が伏せた瞬間、まばゆい光と共に小規模の爆発が起きた。
ダァァァアアアアン!!
爆発は列車の窓ガラスを割り、一番近くにいたロランの肩や腕に裂傷ができた。
「痛ったぁ!!」
ロランがすぐさま肩を抑える。
傷口には金属光沢を放つ、小石ほどのドローンの破片がいくつか刺さっていた。
「まだ終わっていない!気を付けて!」
ルーシーはすぐに席を立ち、車両の中を確認した。
追撃の小型アーティファクトは来ていないようだったが、車内は騒然となり、皆が慌てて隣の車両まで避難していく。
「一体どこから攻撃してるんだ」
クリスがそう言い、ピストルを構えて辺りを見回す。
ロランも辺りを見回すが、それらしき人影は見られなかった。
ルーシーが割れた窓から外をのぞいても、歯車やパイプがむき出しになった無骨な先頭車両が見えるだけだった。
彼女が言う。
「どこにも敵はいないし――どこから操作していたのかも分かんない」
「クソッ!なんで居場所がばれてんだ!」
クリスが苛立って壁を殴ると、ニスで磨かれた木片が粉々に飛び散った。
♢
しばらく三人が腕に刺さった破片を取ったりしていると、急に隣の車両から悲鳴が上がった。
「来やがったか!!」
クリスとロランは身構え、ルーシーはもう一度ルーペを付ける。
悲鳴から十秒もたたないうちに、後方のドアから何かドンドンとドアを叩くような音が鳴り始めた。
「何かとんでもないのが来そうだな」
クリスがそうつぶやくと、急に車両間用のドアが爆音と共に吹っ飛んでいった。
隣の車両は、先ほどの爆発の影響だろう、濃い煙に満ちている。
向こう側がどうなっているのかは判別できない。
その煙の奥で、何かが動いた。
――重い金属が、床を擦るような音。
――キィィィィィィィィィィィイイイ
やがて、ゆっくりと姿を現したのは、西洋騎士の兜を思わせる頭部を持つ、大型の機械。
兜の隙間から、赤い光が二つ、こちらを捉えていた。
背中には煙突のような突起があり、そこから白い蒸気が絶え間なく噴き出している。
蒸気の音が、車内に低く響く。
機械は四足で歩いていた。
前脚は太く、先端にはロランの腕ほどもある鉤爪が取り付けられている。
それに対して、後ろ脚は不釣り合いなほど小さい。
その小さな後脚の周囲には、歯車や配管、蒸気の噴出口らしき部品がむき出しのまま並んでおり、まともに歩行するための構造とは思えなかった。
それでも、機械は確かにこちらへ向かってくる。
まるでそのシルエットは、機械化されたキリの人狼の姿そのものであった。
「おいおいおいおい、なんだよこいつ」
クリスが顔を引きつらせて、金属製の化け物へとピストルを向けた。
ルーシーはルーペから情報を得ようとするも全てエラーの文字。
「まずいわね。とりあえず倒すしかなさそうよ!!」
「機械が相手だと気兼ねなく攻撃できるよ。苦しまないからね」
二人に比べてロランはやる気満々。
三人が相手の様子を窺っていると、大型機械が遂にこちらへ走り出した。
――キェェェェェェェェェエエエエエエエエ!!!
不快な叫び声を上げながら、それは車両内へとなだれ込んできた。
周囲の椅子や照明を次々と薙ぎ倒し、破壊しつつ、一直線にこちらへ迫ってくる。
「行くわよ!クリス君は右から、ロラン君は左から、私は正面から行!」
「了解です!!」「あいよォ!!」




