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第二十九話 一人目の復讐を始めよう

――翌日


「……ええ、そうです」


 静かな作戦室で、フジとカトレアが話している。

 壁に掛けられた時計が鳴り朝食の時間を告げた。

 窓一つない地下基地にとって、部屋に掛けられた時計は日の光と同じ役割を担っている。


「いえ、内通者までは分かっていません。」


「そうか、ご苦労だった。」


 カトレアの報告にフジが頷き、労いの言葉をかけた。


「では、一度休憩させていただきます。」


 カトレアがそう言って部屋へ戻ろうとしたとき、急にバタンと作戦室のドアが開く。


 そこには傷だらけになったキリがいた。

 その姿は、刺客との戦闘がいかに激しかったかを――嫌でも想像させる。


 強力な人狼とはいえ、流石に全ての攻撃を受けることはできなかったようで、背には矢も刺さっていた。


「失礼します、総長。只今帰還いたしました」


「お疲れ、キリ君。後始末助かったよ。治療してもらって、ゆっくり休むといい」


「ありがとうございます。総長。内通者の件で少し話があるのですが」


 キリがそう言うと、フジはアイコンタクトをしてカトレアを下がらせた。

 そして、小声でキリに聞く。


「何か掴んだのか?」


 キリはカトレアが退出したのを確認すると、血濡れたシャツのポケットから何か紙を取り出した。

 紙は血で濡れ、それを取り出したキリの手もボロボロだった。


「逃げようとしていた吸血鬼の一人に武器を持っていないものがいまして、おそらくそれが伝令兵だろうと踏んで調べてみました。すると案の定、こんなものを」


 キリはその羊皮紙を机の上に広げた。

 そこにはバーチという名前と共に今回の作戦が丸ごと書かれていた。


「バ、バーチ様!?――と、クリスの名前?」


 フジはその名前に驚き、キリから見て分かるほどに目を丸くさせる。


「これはどういうことかリリィ様に聞かにゃならんな。キリ、君を信用して言うが、この件、他言無用はしないこと。後日一緒に本部へ来てもらう」


 フジがキリの手を掴み、鷹の様な眼差しで彼に言った。


「分かりました。リリィ様にお会いできることは、非常に光栄でございます」


「…そうか。ご苦労。今日は休みなさい」


 キリが作戦室を出た後、フジは静かに机に向かい、一枚の紙を取り出した。

 手元のペンを取り、慎重にその先端をインクに浸す。


 フジは一呼吸置いてから、ゆっくりと文字を綴り始めた。

 ペンの走る音が静かな部屋に響く。彼が何を書いているのか、その内容は誰にもわからない。


 ただ一つ確かなのは、その手紙がクリスにとって重大な意味を持っているということだった。





「くそっ、キリに助けてもらってばかりじゃねーか」


「いいじゃん。先輩は僕の尊敬する人物の一人だよ。僕もあんな風に強くなりたい」


 キリが報告を終える頃、クリスとロランは、クリスの部屋に集まって反省会をしていた。

 最初は寝られなかった固い布団も、今では彼等にとって居心地の良いものになってきている。


 二人は味の薄いパンを齧り、ジャガイモとベーコンの入った薄味のスープを啜る。

 クリスの口はもう日本食の味を忘れていたが、今の食事よりもはるかに美味しかったということは分かる。

 彼には、どうしてもこの食事だけは慣れないようだった。


「あ、ゼリクの居場所は分からなかったけど、ラムズスはブルートの居場所を吐いたんだって」


 ロランが思い出したらしく、クリスに言った。


「マジ?ブルートって、孤児院でゼリクの横にいたやつだろ?」


「そう。ゼリクの右腕――ブルートは、ステティアから南西1000キロの砂漠都市にいるらしい」


「なるほど、じゃあ次は遠征になりそうだな。やっと一人目、俺がこの手で叩っ潰してやる」


 二人はそれからもしばらく言葉を交わしていたが、初仕事の疲れは思った以上に重かった。

 クリスが途中で返事を曖昧にし、ロランの声も間が空くようになる。


 気づけば、クリスはベッドに腰を下ろしたまま動かなくなり、ロランはソファに背を預けていた。

 どちらからともなく会話が止まり、部屋には、規則正しい呼吸だけが残る。


 外は静まり返っていた。

 夜の気配が、二人の身体をそのまま包み込む。


 次に目を覚ます時のことなど、考える余裕はもうなかった。





「バーチ様!もうそろそろでございます!出発の準備をいたしましょう」


「そうだの。広報部勅令使として一刻も早くリリィ様の御言葉を伝えねばの」


 部下らしき人物に支えられて立ち上がったのは70近い老人で、その傍らには金で装飾された豪華な馬車。

 指には大きな宝石の付いた指輪をして、真っ白のシルク服を着ている。

 どこからこんな金が湧いて来るのか、部下はいつも不思議がっているが、その真相はいつも謎だった。


「最近は便利だのぉ。蒸気機関技術の発達により鳥型の情報伝達機械が発明され、どこへ手紙を送るのも簡単じゃの」


 そう言うと、間もなくして金色に輝く機械仕掛けの鳩が飛んできた。老人はそれを取ると馬車へ乗り込む。

 鳥型機械の胸についたネジを巻いて蓋を開き、中から手紙を取り出した。


「バーチ様、それでは出発いたします」


「よいぞ」


 バーチは揺れる馬車の中で、老眼鏡を掛けてから手紙を読んだ。


「ふむぅ。そういうことになったかのぉ。やはり知識は侮れんっちゅうことかのぉ……いや、血筋か」


 老人は手紙をしまうと外を見つめ、手紙の内容を反芻しながら次の一手を模索していた。


「――どちらにしろ、リリィ様の最終目的に転生者は二人もいらん……排除じゃ」


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