第二十三話 教団への招待➂
ひどく冷たく、圧迫するような薄暗い部屋で、クリスへの尋問は続いていた。
「まあ、赤毛の彼と違うことを言えば、すぐに嘘だってわかるからねぇ」
その言葉を聞いた瞬間、クリスの脳裏にいくつもの光景が浮かんだ。
ロランは拷問を受けたのか。
それとも、ただ質問されただけなのか。
――いや、まさか。
自分がここで嘘をつけば、ロランに何が起きる?
考えがまとまる前に、胸の奥が嫌な重さを帯びていく。
「卑怯なことしやがって」
吐き捨てるように言い、女を睨みつける。
女は気にした様子もなく、むしろ勝ち誇ったように口元を歪めた。
今のクリスにできるのは、真実を話すことだけだった。
ビサに蔓延る暗殺組織に所属していること。
今回が初任務であること。
赤髪の青年とは幼馴染であること。
「ふむふむ。ここまでは一緒だな」
女は紙に何かを書き留めながら、ふと首を傾げた。
「あと一つ聞きたい。君は、なぜこの暗殺組織に入った?」
「金が欲しかったからだよ」
もし、この組織がゼリク直属だったとしたら。
――“ゼリクを殺すため”など、口が裂けても言えない。
そう判断して、クリスは咄嗟に別の答えを選んだ。
だが、女の手は止まり、すぐに鋭い視線が返ってくる。
「それは嘘だね」
「何だって? そんなの、俺にしか分からねぇだろ」
軽く受け流すように言ったが、内心では焦りが広がっていた。
「君のパートナーは、随分とお人好しみたいだ」
女は再びクリスの周りを歩き始める。
床を踏む音が、やけに大きく響いた。
「彼の尋問は獣人族が担当してね。いやあ、面白かったよ。ゼリクの恐ろしさだの、差別の非人道性だのを懇々と説いて、あろうことか尋問官を仲間にしようとしていた」
女は肩をすくめる。
「その流れで、なぜ暗殺組織に入ったのかも聞いた」
クリスは思わず頭を抱えた。
まさか、あいつがそこまで喋っているとは思わなかった。
「しかもね、かつていた孤児院の名前から、何がきっかけだったのかまで、全部だ。どう? 彼の話は本当で、君もゼリクを倒すために暗殺業を始めたんだろう?」
「……そうだ」
もう誤魔化す意味もない。
クリスは力なく息を吐いた。
「煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
その場に座り込むと、床の冷たさが一気に伝わってくる。
女がしゃがみ込み、目線を合わせた。
「まあ、私たちはこれを知ってしまったからね。彼はもう……」
その言葉の途中で、クリスの血の気が引いた。
目の前の尋問官への怒りが、一気に込み上げ――
「私たちの仲間になったわ。そして君も、今日から私たちの仲間よ」
「……はい?」
思わず間の抜けた声が出た。
何を言っているんだ、こいつは。
「実はね、私たちはクロノス教の戦士なの」
喜色を隠そうともせず、尋問官――いや、女はそう切り出した。
「今の吸血鬼中心の社会構造を壊すために、裏で活動しているわ」
まるで秘密を打ち明ける子供のような調子だった。
「私はルーシー。軍部の参謀兼、副隊長よ。よろしくね」
そう言って、ルーシーは迷いなく手を差し出した。
クリスは、その手を一瞥すると、叩き落とすように払って自分で立ち上がる。
「まずロランに会わせろ」
低く唸るように言った。
「無事を確認するまで、お前と話す気はない」
ルーシーは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに肩をすくめた。
「はいはい。心配性だね、君は」
近くにいた兵士へ視線を投げ、病室へ案内するよう指示を出す。
こうしてクリスは、兵士たちに囲まれながら牢を出た。
どうやらこの施設は地下にあり、教団の支部にあたる場所らしい。
薄暗い通路を進み、同じ施設内にある病室へと向かう。
「クリス!」
扉を開けた瞬間、間の抜けたほど明るい声が飛んできた。
「よかった! 怪我してないんだね」
ベッドの上で、ロランが笑っていた。
腕は包帯でぐるぐる巻きだ。
「僕はハキにやられちゃってさ」
まるで、すべてが片付いた後の雑談のような口ぶりだった。
クリスは、安堵と苛立ちが入り混じった表情で、短く息を吐く。
「……元気そうで何よりだ」
「教団の人たちから、話は聞いた?」
ロランはそう言いながら、包帯だらけの腕を軽く持ち上げる。
「聞いたよ」
クリスは即座に返した。
「で、お前はここに入る気なのか?正気か?ヤバい宗教だったらどうすんだよ。吸血鬼を全員殺します、とか言い出したら――」
「私たちは誠実な精神と――」
ルーシーが割り込む。
「お前、ちょっと黙ってろ」
即座に遮られ、彼女は頬を膨らませた。
ロランはそんな二人を見比べてから、クリスをまっすぐ見つめる。
今度は、冗談めいた笑みはなかった。
「ここ、設備も整ってるし、教徒さんたちもちゃんとしてる。宗教を信じなくても、戦力になるだけでいいって」
一拍置いて、続ける。
「それに、吸血鬼に関する情報って、暗殺組織の中でもほとんど手に入らなかっただろ?」
クリスは黙ったまま聞いている。
「ここなら、知れるかもしれない。そう思ったんだよぅ!」
しばらく沈黙が落ちた。
クリスは視線を床に落とし、何かを考えるように眉を寄せる。
そして、諦めたように、短く息を吐いた。
「……ロランだけ入るってわけにもいかないし」
そう言って、頭を掻く。
「入るよ……俺も」
結局、クリスも教団に加わることとなった。
♢
「改めてようこそ、クリス君、ロラン君。まずは……そこに座ってー」
ロランの怪我が大方癒えた二日後、二人は応接間に通された。
応接間は地下と思えない程明るく、天井から下げられたメカメカしいランプが、大きなテーブルと重厚なソファを照らしていた。
ルーシーはソファに腰掛けたまま、二人を順に見る。
朗らかな表情で、ゆっくりと言った。
「まずは、私達が何者なのか……知りたくない?」




