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第二話 クリストファー・ブレイブハート➁

 クリス様と私、スワンは(あるじ)従者(じゅうしゃ)の関係だ。


 私達がどこからきて、何を目的に旅をしているのか知るものは、この街に一人もいないだろう。

 だが、これからここに書き記していく物語は、クリスの人生についての物語である。


 この話の全てを、(わたくし)“従者”スワンが聞き、それを小さな手帳に書き表したもの。

 読みにくい場所や文章がおかしいところがあれば、本に直した時に修正しておいてほしい。


 それと、クリス様に関しては物語中で敬称を省略させていただくことにした。

 というのも、他でも無い本人がそう希望したからである。


 これを読んでいるどこかの誰かは、彼の“転生者”としての生まれや、なぜ彼が旅をしているのかが気になると思うが、まずはこの街“ドルトン”で起こったことを聞いていただきたい。


 どうしてかと言うと、この手記を書くワケ――途轍もなくくだらない理由だけど――が、ここにあるからだ。

 そして、この物語はクリス様が、最終的にこの私、スワンと出会うところで幕を閉じる。


 もちろんまだまだ私達の旅は続くけれどもね。


 とまぁ、前置きは長くなってしまったが、この偉大なる手記を始めることにするよ。


 この物語で、貴方はいくつもの驚きや悲しみ、喜びと遭遇することになる。

 (タイトルの意味もいずれわかるはず)


 物語は、国が一つ……


 ――いや、“異世界転生2257”は、クリスという英雄が誕生するまでの物語である。





 ベミリア蒸気機関カルテルは、裏社会では有名な組織だった。


 ベミリアという男が仕切り、モスカでの交易に()()()()()を取り、斡旋(あっせん)を行う――悪徳商人である。


 だが、この組織の一番の問題は、彼らが政府お墨付きの組織であるということだ。

 なぜ政府と協力関係にあるのか――その鍵になるのは、人間の血である。


「なるほど。表向きには蒸気機関カルテルとしているが……奴らの本当の商売は血なのか」


 クリスは、薄暗く(すす)に塗れた裏路地に開かれた血液販売市の雑多の中で、こっそりとスワンに言った。

 狭い路地には所狭しと露点が並び、吸血種で賑わっている。


「そうですね。完全に吸血族のみに情報共有された、飲料用の血を売りさばいているようです」


「なるほど。政府の役人にも賄賂(わいろ)が渡せて、脱法な人身売買ができるってわけだな」


 クリスとスワンはフードを被り、濃いラベンダーの香水をつけて吸血種たちの間を歩いて行く。


 露点の屋根には、ビニール袋で小分けにされた血液パウチや瓶入りの血液ジュース。

 店によっては臓器がそのまま置いてある所もあった。


 吸血種たちは彼ら好みの血を探し求め、老若男女問わずが裏路地にひしめいている。

 今、彼らの脳内を支配しているのは、吸血欲だけだ。


「彼を追って正解でしたね」


 スワンがそう言った視線の先には、つい数時間前に情報を聞き出したニールの姿があった。


 彼は黒いマントで軍服を隠しながら、伏し目がちに歩いていた。

 時折、通行人にぶつかることがあったが、それでも強引に歩みを進めている。

 急いでいるのだろう。


「こういう奴は告げ口が得意なんだ。――いや、本人としてはベミリアという男を恐れて仕方なく、かな」


 優生思想である吸血種社会は、意外にも排他的なだけでなく、身内にも厳しいのかもしれない、と、スワンは思う。


 ニールは裏路地を進み、やがて(ひら)けたところに出ると、何やら怪しい洋館へと入っていく。

 どうやら洋館の裏口にあたる場所が路地に面しているようで、その立派な建物が血液市場(いちば)に大きな影を下ろしていた。


「私達も追いますか?」


 スワンが訪ねたが、クリスは首を横に振った。


「いや、門番が二人いる。何か考えてから行こう」


「一人は女性吸血種、恋に落とせば一発ですよ」


「誰が」


「旦那が」


「おい」


 クリスが鋭く睨みつけるが、スワンは真顔のまま、涼しい声で言い切った。


「つまり、作戦があるということですね?」


 呆れを通り越して諦めたように、クリスは額を押さえ、短く息を吐く。


「……お前は、俺をおちょくるのが上手いよな」


 それでも彼は、屋敷を見据えたまま、低く呟く。


「まぁ――まったく無いわけじゃない。明日もう一度来るぞ。お前の怪力が役に立つ」


「了解です。では、恋愛作戦は保留で」


「永遠に保留だ」


 ローブを翻し、軽口をたたきながら、クリスとスワンは雪の積もった闇市を戻り始めた。


 その時、クリスが市場の入り口に()()()()があるのを見つける。

 その中央に見えるのは、剣や槍を腰に帯びた衛兵と、さらにその中心で手を振る一人の男。


 中心に立つ彼は、漆黒の外套を身に纏い、艶やかな銀髪を短く刈り揃えていた。


 周りを囲む兵士たちは、皆が暗い赤色の軍服を身に纏い、厳粛な顔をしてこちらへ歩いてくる。


「ありゃ、何ですかねぇ」


 スワンがそう言った時、少し先に見える軍人達の先頭へと、一人の女性が飛び出た。

 かと思うと、衰弱しているのか細い足を絡ませ、膝から崩れ落ちてしまった。


 彼女はボロボロの布切れ一枚を羽織り、足は裸足、手は寒さに震えて真っ赤になっている。


「お、おい!捕まえてくれ!そいつぁ、うちの商品だ!誰か!」


 どこからか人肉店の店主が叫び、吸血種たちがざわつく。


 それを見て、スワンはフードの下で顔を顰める。


「胸糞の悪い光景ですね」


 スワンはそう言ったが、流石に多勢に劣勢と判断したのか、下唇を噛んで拳を握りしめていた。


 これから肉屋に解体されるであろう女性が立ち上がり、再び闇市の外へと踏み出そうとした時。

 中央にいた、黒い外套を羽織った男が衛兵をかき分けて前に出ると、彼女の首を掴んだ。


 それと同時に周囲から湧き上がる歓声と拍手。


「流石!」


「素晴らしい!」


「我らの主、ベミリア様!!」


 異様な光景だった。

 ただ身体能力と食性が違うだけで、同じ言葉を話し、同じ見た目であるはず生き物を嘲笑う空間。


 その中央に立ち、人間の女性を掴み上げた初老の男。

 彼の笑みは、優雅で、それでいて獣じみていた。


 ――彼こそが裏社会の王、ベミリア。


 スワンが彼から目を逸らそうとした時、人だかりの中から、フードを被った一人の男がゆらりと現れた。

 その後ろ姿はどこかで見たことがある。


 気づけば隣にいるはずのクリスがいない。


「ク、クリス様!?」


 それに気づき、小声で彼に叫ぶが、時すでに遅し。

 民衆の前へと躍り出たクリスの周囲、360度を赤色の衛兵が囲っていた。


 闇市の中心で、吸血種たちがベミリアの一団を囲い、その目の前に立つクリス。


 彼がフードを脱ぐと、吸血種の民は笑った。


「あれ見ろよ!あのガキ、人間だぞ……ヒーローのつもりか?た、たがが人間に何ができるってんだ!ぎゃはは」


 圧倒的不利な状況で、雑に束ねた金髪を揺らしながら、彼は笑顔で言った。


「俺は、三秒で君達を跪かせることができる」


 ざわつく民衆。

 変わらず後ろ指を指す吸血種たち。


 だが、彼の周りに立っていた衛兵は殺気を感じたのか、ある者は剣を抜き、ある者は槍先をクリスへと向けた。


 クリスに逃げ道は無い。


「かかって来いよ……俺様が、敬意を持って相手してやる」


 クリスがそう言うと同時に、衛兵の一人が頭上へと剣を振り上げた。



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