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第十八話 簡単なお仕事さ➀

 峠を越えてからの旅路は過酷を極めた。

 見渡す限りの砂漠と砂嵐。


 時に巨大トカゲに襲われたり、水が尽きかけたりすることがあった。

 それでも協力して砂漠を進んで来た。


 そしてついに迎えた旅の20日目。


「クリス!向こうにでっっっかい建物がある。何だろうあれ?」


「ホントだ……マジかよ。あれは相当デカいぞ」


「おう小僧共!あれはステティアの外壁。砂嵐から町を守るためにある。もうすぐあそこへ着くぞ」


 外壁へ近づくとよりその大きさを感じられた。

 それはまるでこちらへ倒れてくるのではないかと錯覚するほどの迫力。


 外壁に取り付けられた大きな門には5人の門番がいて、馬車がギリギリ通れるほどの幅だけ開いている。

 門番は馬車の幌の文字を見ると、何も言わずに門を通してくれた。




「「すげぇ……!!」」


 馬車が街へと踏み入れた瞬間、二人の口から同時に声が漏れた。


 ようやく辿り着いたステティアの街は、これまで見てきたどの都市とも違っていた。


 石畳の大通りを、見慣れない二輪の乗り物が滑るように走っていく。

 すれ違うのは、厚手のコートに身を包んだ、いかにも身分の高そうな男女ばかりだ。


 視線を上げれば、さらに異様な光景が広がっている。


 下町では肩を寄せ合うように並んでいる家屋。

 だが、中心部へ近づくにつれ、街の様相は一変する。


 一際目を引くのは、

 黄金色に鈍く輝く巨大建造物の数々。


 外壁には太い鉄製のパイプが這い、錆びついた巨大な歯車がむき出しのまま取り付けられている。

 それらが、林のように立ち並んでいた。


 さらに奥――北へ。


 海に面した工場地帯には、常識外れの高さを誇る煙突がいくつも突き立っている。

 二百メートルはあろうかという黒い塔が、空に向かって黙々と煙を吐き出していた。


「……すげぇ」


 思わず、クリスがもう一度呟いた。


「これが……最先端蒸気機関都市。ビサの首都、ステティア……」


 馬車の後部から身を乗り出すと、風に乗って匂いが流れ込んでくる。

 かすかに焦げたような、油と鉄が混じった匂い。


 工業都市特有の、鼻の奥に残る匂いだった。





「クリス、指定の場所に行く前に服を買おうよ。さすがにこの格好じゃ、田舎者だと書いて歩いてるようなもんじゃん」


 ロランが、バイオリンケースを肩に担いだまま言った。中身がマチェットだとは、見た目からは分からない。


「だな。どうせなら黒にしよう。血も目立たない」


「縁起でもないけど、理にはかなってる」


 二人はそこで運転手と別れた。

 男はクリスにも小さな布切れを渡し、「うまくやれよ」とだけ言って、砂漠の方へ引き返していく。振り返りもしなかった。


 ステティアの通りは、思ったよりも整っていた。石畳は均され、建物も無駄に派手ではない。

 道なりに歩いていくと、小綺麗な仕立屋が目に入る。


 用は早かった。

 店を出る頃には、二人ともそれらしい都会人の装いになっていた。


 無言のまま互いを見て、同時に拳を出す。

 乾いた音がして、それだけで十分だった。


 さて行くか、というところで――


「お兄さん、助けて!」


 角を曲がったところから、子供が飛び出してきた。


「後ろに隠してもらうだけでいいから!」


 薄汚れた服。擦り切れた靴。

 獣人の男の子だった。小さな手首には、外しきれていない手枷が残っている。その手が、ロランのスーツベストの裾を掴んだ。


 クリスとロランは一瞬だけ目を合わせる。

 ロランは何も言わず、にこりと笑って、その子を自分の背中側へ引いた。


 ほとんど間を置かず、追手が現れた。


 身の丈の倍はある鉄パイプを引きずった男だ。


「おい、そこの金髪野郎。この辺に犬っころみたいなガキを見なかったか?」


「金髪野郎ってなんだよカス。探してる子なら、そっちへ走っていったぞ」


 クリスが顎で示すと、男は礼も言わずに駆けていった。


 足音が遠ざかってから、ロランが背後に声をかける。


「もう大丈夫だよ」


「……ありがとうございました」


 震えが残った声だった。


「この街の人なのに……まさか、奴隷の僕を助けてくれるなんて」


 クリスとロランは、同時に眉を動かした。


「奴隷?」


「はい。ステティアでは、場所によっては獣人の奴隷が認められてるんです」


「……無茶苦茶だな」


 子供は肩をすくめる。


「そうか……遠くから来たんですね。この街は、獣人には冷たいんですよ」


 言い慣れた調子だった。

 少年は周囲を見回し、先ほどの男の姿がないことを確かめる。


「じゃあ、僕は行きます」


 クリスが声をかけた。


「待て。行く当てはあるのか」


「あります。場所は言えませんけど……下水道を使えば、見つかりません」


 それを聞いて、クリスは小さく息を吐いた。


「そうか。気をつけろ」


「俺たちはクリスとロランだ。何かあったら――いや、なくてもいいけど」


 少年は一瞬きょとんとし、それから笑った。


「ありがとうございます。僕はキッドです。いつか、必ず恩返しします」


 そう言って、路地裏へ走り去っていった。


 二人はその背中を、追わなかった。


「まさか、まだ奴隷があるとはね。それも獣人だけ……か」


 少年の背を見送りながら、クリスが呟いた。

 前世が日本人だった、という自覚が胸の奥で遅れて響く。平和だった記憶ほど、こういう光景には鈍く痛んだ。


 ちょうどキッドの姿が路地の角に消えた頃、反対側から足音が戻ってくる。

 鉄パイプを引きずるように持った男だった。


「おい、てめぇら」


 男はパイプの先をこちらに向け、そのまま距離を詰めてくる。


「どういうことだ、この野郎。そこの貴婦人に聞いたらよ、犬カスがうちの商品を匿ったって言ってたぞ」


「僕はクズとは話をしない主義でね」


 ロランは視線すら向けずに返した。


「あらそうですかぁ。じゃあ刑を執行してやるよ」


 男は口元を歪める。


「この俺、ハキ様に逆らった罪でな」


 言い終わるのと同時に、鉄パイプが喉元へ突き出された。


 ロランが紙一重で身を引く。

 クリスは反射的に踏み込み、脛を狙って蹴りを放つが、軽く右足で受け流された。


「なんで俺が鉄パイプ使ってるかわかるか?」


 ハキは一歩下がり、得意げに言う。


「リーチがあるからだよ。今まで何度も一対多でやってきたが、一回も負けちゃいねえ」


 鉄パイプを肩に担ぐ。


「人呼んで、竜巻のハキ様だ」


 その自己紹介に、クリスとロランは思わず小さく笑った。




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