第百六話 過去から未来へ
「わた、しは……」
真っ暗な部屋の中、エマは自分のベッドに突っ伏し、涙でぐちゃぐちゃになった枕を部屋の隅に投げた。
どこが上か、どこが入り口かもわからないような漆黒の中、彼女は迫りくる吐き気に抗っていた。
「私は、誰なの?」
まるで目の前から世界が消えてしまった様な闇。
エマの声が震える中、彼女は必死に自己の存在を問い続けた。
その問いは深く根ざした孤独感を引き起こし、心の中の闇がさらに濃くなっていく。
部屋の中は沈黙に包まれ、彼女の息づかいだけが響く。
「ここにいる意味は何?私は何のために、誰の為に生かされているの!!」
♢
翌日、クロノス教軍部。
クリスはルピナの部屋に招かれ、丁度二人でテーブルに座っているところだった。
「大丈夫か?クリス。その……」
ルピナが恐る恐るクリスに聞き、その様子を窺う。
しかし、クリスから帰ってきた返答はあっけないものだった。
「多分、問題ない。俺にとって転生してようがしてなかろうが祖父はハンス爺だし、家族は孤児院の皆」
「でもよ……」
「たしかに、あれを聞いたときは少し動揺したけど、まぁ、何となくそんな気はしてた。……あくまで、俺と佐藤雄志は違うって」
「そ、そうか。なら、良いんだが――」
「で、何だ、話って?」
ルピナはそれを聞くと、ハッとして答えた。
「悪い悪い。その話なんだが……俺はクロノスを抜けて妹のラーラと暮らす。指名手配されてちゃまともに生きていけないからな」
それを聞いたクリスは、困ったような、残念そうな顔をした。
「そりゃぁ、そうだよな。まぁ、しょうがない。妹を優先してやってくれ」
クリスはそう言うと、右手をルピナの正面に突き出す。
ルピナはその手を強く握り、その絆と、別れを噛み締めるように、優しく笑った。
「お前との作戦、割と悪くなかったぜ」
ルピナはクリスの手を離し、唯一、彼の部屋に残っていた黒のボストンバッグを持ち上げると、部屋のドアへ手を掛けた。
ふと、ルピナがクリスの方を振り向いて言った。
「言い忘れてたが、ラーラが俺に慣れるまではリラに教会で面倒見てもらって、暫くしたら二人で隣の宗教国家ユマに行くつもりだ。オスカルって奴にかくまってもらう」
「ま、会おうと思えばいつでも会えんだろうよ」
続けて、ルピナがクリスを指さして言う。
「あとな、ルーシーの姉貴から聞いたぞ。一人でゼリク倒そうとしてんだってな?」
「それは……」
「ロランにはお前が必要だ。そして!お前にもロランが必要だ。自惚れるな?」
「うるせぇな……お前に何がわかんだよ?」
「いや、分かる。俺達は一人じゃ何もできない。これはお前へのアドバイスに聞こえるかもしれないが、違う。俺はたくさんロランに助けられた。叔父の件も、俺の正体も、全て俺が選択するには難しい選択。それを一人でやってのけてきたロランを、今度は助けてほしいんだ。俺はロランに必ずこの借りを返すが、本当の意味であいつを助けられるのはお前だけ。クリス、これは俺からの頼みだ」
「……」
何かを言おうとしたが、口を絡ませて言い淀むクリス。
「じゃ、また今度――国王様wwwwww」
ルピナはケタケタと笑いながらそう言うと、部屋にクリスを残して去っていった。




