09 第四高校
紬は第四高校の制服。
赤髪の派手なリーダー格。
第四高校の設定している職業は《教職》。
とすると、あれが教職志望のヤツらって言うのか?
「はッ、そりゃ何の冗談だよ」
ふざけているのか、まじなのか。僕は少なくとも驚くことになる。
「あ、なんやわれ。オレに用があるん?」
そこで僕は眼をつけられてしまう────のではなく、目を付けられたのは、不思議な偶然があってか広岡たちであった。
「え? いや、オレは何もしてないですけど」
「わ、私も……」
広岡は目を泳がせ、明らかに動揺している。
「その割にはオレのことしっかる見よったよな」
赤髪男は広岡の真正面に立ち、近づき、そう圧をかける。そこで隣を歩いていた黒髪黒目の男が言った。
「やめとき、ここで変に争うたところで意味あらへんやろ。畦道クン」
話ぶり的に黒髪の方がリーダー格なのだろう。畦道と呼ばれた赤髪男が返す。
「そんな事分かっとるわ。ただ戯れとるだけやろ」
と。
「あははは、私もしかしてお邪魔かな? ゴマの数をごまかす……ていうか、数えるというか!」
闖入者によって、すっかりカフェの空気は凍り付いていたのだが。零野の空気をぶち壊しているスタイルの発言により多少暖まった。でも何を言っているのかは、相も変わらずさっぱりである。
畦道の発言を聞いて、露骨に嫌な顔をする黒髪男。彼は緩慢とした足遣いで体の向きを変えて、一直線に“コチラ“へやってくる。
おいおい。
「はあ」
なんでコッチに来るのか。理由は明白だ。彼はどうせ隣にいる冬樹原なんとかさんに会いに来たのだろう。
「何か用かな。知らない人」
「オレの名前は暁士道や」
「だから、何の用かなと聞いているのだけどね。暁士道クン」
レノレノのおかげで多少暖まった空気が、再び冷えつく。冬樹原は暁に答えを急かしているが動じる気配は見えない。
「冬樹原有希。君が第三高校の一年のリーダーやろ。君に用があって来た」
知らぬ間に、彼女は僕たちのリーダーになっていたらしい。まあでも知名度的にはリーダー格といって差し支えないだろうな。なにせ売れっ子現役作家だし、僕とは違う。
彼は僕を一瞥したが、すぐに視線を外した。
「ワチに?」
「大したことやない。ただ……油断、余裕、焦りの無さ、認識能力の低さ、理解力の欠如、この様子だとどうしたもんかなて。これからの高校生活が心配に思てな。リーダーのアンタに忠告にし来たんや」
忠告、とその男は言った。聞き間違いではない。
「忠告?」
「そう。忠告や。まだ争うつもりはあらへんよ」
「……」
「ただな、覚悟しとき。アンタらはまだ、この学校の何たるかを分かっちゃいない」
それはまさしく『忠告』であった。
それだけ言うと暁士道は満足したように踵を返す。テイクアウトにコーヒーを三つ頼んで、連れて来た仲間と共にカフェから去っていく。
零野の如くな台風高校生。畦道と暁士道か。にしてもあの忠告には、どんな意味が込められていたのだろうか? ……今、ここにいる、『カフェでくつろいでいた作高の一年生』である僕たちには、彼らの発言が理解出来なかった。
だがそれでも、程なくして嫌でも彼の発言の意味を理解することになる。
入学からたった一週間しか経っていない四月の中旬のコトだった。学校に入って二度目の月曜日。僕はいつものように第三高校一年二組の教室に登校する。
それからだ。少し経って、あることに気が付く。
そう。
教室から、広岡印の席が綺麗さっぱり消失している。
そのことに。
「まあ、みんな落ち着いて聞いてくれ。ま、……分かっていると思うが、ああ」
数人を除いてクラスのほぼ全員がざわついていた。まあそりゃそうだろうな。だって何の前触れもなく、広岡の席がなくなっていたのだから。
席が無い。それだけで困惑する状況。少なくともただの欠席ではないという証左。なんともフザけた空気が蔓延した一年二組の教室で、
「まあ、うん」
朝のホームルームを重く苦しい声で、氷室が始める。いつも通りの氷室先生。いつも通りではない、一つ抜けた教室。崩れ始める日常。
「広岡印は退学した」
その異質な空間の中で。端的に、オブラートに包むことなく彼女は言った。
「……た、退学?」
当然、クラスからそんな間の抜けた声が上がる。退学。彼がいま、この教室に居ないのは別に欠席しているわけじゃない。風邪で休んでいるわけなんかじゃない。
唐突な退学により、彼はこの教室にいないのだ。
そんな単純な事実。
席がない時点で何となく察していたことだ。
だけれどクラスメイトたちは動揺を隠せない。