08 勝負あり
「すいません。僕みたいな運動センスの欠片もない生きている価値のないゴミが出しゃばって、本当にッ、すいませんでした……っ!」
始まりは謝罪で、終わりは謝罪。決勝に進んだ十組のペアを眺める。僕たちは体育館の入り口で体育座りをして、決勝が始まるのを待っていた。
僕たちは予選で大敗を喫した。
これ以上にないぐらいに僕と冬樹原の歩みが、嚙み合わなかったのである。結果として十二位と三分の差をつけて、最下位。
「ワチは悲しいよ」
「僕は虚しい」
因みにだが広岡レノレノペアは、決勝に進んでいる。また石川流ペアも決勝に進んでいた。僕が知っているのはそこら辺だけなので、その二つのペアを応援することにした。
「やっぱりああ言っていただけあって、運動神経良いのな。広岡は」
「ワチはそれよりも、もうちょっと北ちゃんに運動センスがあると思っていた」
「いや、悪かったとは深く思っているのだけどね。でも仕方がないことは、仕方がないっていうか。不可抗力というか」
彼女が僕のことを、ニヒルに睨んだ。
なに、そう睨むなよ。
誰が悪いかなんて決まってるんだから、さ。
「まあいいよ。ワチは最初からこの勝負に本気じゃないし、哀しいし虚しいだけなのだからね」
「さーせん……」
どうやら冬樹原は僕の運動センスにとことん落胆してくれたらしい。
「っと」
そんな中で、決勝がいま、始まる。
「……いけっええええええええっ!」
みんなが精一杯応援する中で、広岡は有言実行というか────零野と一緒に走り走り走り、独走。最後まで一位をキープしていた。
「凄い。レノレノの勝ちだね。これじゃあ。北ちゃんとは大違いだね」
「一言多いのはともかく……違うな」
最後の最後で二人の動きが、かみ合わず転んでしまう。急いで立て直すが一度転んだのが大きく、結果は三位になってしまったうのだった。
「ありゃま」
レースというのはナニガ起きるか分からないな。肝心の一位になったのは石川流のペアであった。
広岡はゴール後、すぐさま膝から崩れ落ちてしまう。どうやら転んでしまったのがかなりのショックだったらしい。だろうなと思いつつ、同情する。
僕たちは彼にどう言葉をかければいいか分からず、声を掛けられなかった。
◇
放課後。
「オレ、幸せだわっ!」
「そっか、ショッカー、ソレは良かったねっ!」
第三高校からそう遠くはない所に位置するショッピングモール内でのカフェ。僕や冬樹原、広岡や零野はそこでちょっとしたお茶をしていた。
広岡は満面の笑みを浮かべて、ブラックコーヒーを飲んでいる。彼の対面席には憧れの零野が座っている。
僕と冬樹原は彼らを程よく眺められるような、ちょっと距離を置いた場所に鎮座している。
「広岡クンはどうして、あの暴風雨に惹かれているのだろうね」
……体育の授業が終わった後、僕は三人しかいないクラスチャットで零野にあるお願いをした。
『広岡のヤツ、二人三脚で一位を取れなくて落ち込んでいるみたいだから慰めてやってくれないか。ただ二人で会話してあげるだけでいい。広岡はアンタのファンらしいから』という内容のお願いである。
付け加えて『もしコレを受けてくれたら、後でお礼をするから』だ。
「さあな。僕はファンじゃないから分からない」
「ワチもだよ。同感」
「ただ、広岡はレノレノのファンだし。憧れの人と二人で話す機会があれば、それだけで嫌なことなんて忘れられるだろうし」
「……聞いておくけど、何のためにこんな事をしたのかな?」
何を言っているのか、分からなかった。
「どういうことさ。僕は落ち込んでいる友達を、慰める方法を探して、見つけて、実行したまでに過ぎない」
「嘘だね」
「噓だと思うのなら、そう思えばいい」
「ついでに聞いておくけど」
グラスに満タンに入った抹茶ラテを、赤いストローで啜りながら冬樹原が更に聞いてくる。どんだけ僕に質問攻めしたいのか。
「レノレノに後でお礼をするだとか呟いていたけど。北ちゃんはどんなお礼を考えているのかな。ワチみたいに血で書いたラブレターかな」
血で書いたラブレターて……。
やっぱり、コイツがラブコメ作家であるという事実が嘘にしか思えない。
なんだよ、それ。
ホラー作家でも手を出さないよ、そんな手紙。
「そんなお礼はしないよ、僕をなんだと思っているのさ」
「ワチのストーカー」
「はあ」
何度言ったら分かるのか。冬樹原を睥睨む。そんな中、少し遠くでは。
「わざわざ、オレを慰めてくれてありがとう! 零野さん」
「別に、クラスメイトだからね。助けるのは当然だし、等善だよ!」
「でも男としてダサかったつーかさ」
「安心して。このご時世、男女の差を気にする私はいないよ」
常に元気な零野が上手い具合に、広岡をお膳立てしてくれていた。流石はムードメーカ―、大人気ストリーマー。あえて自然体を演出して、自然に慰めることで────ファンを喜ばせる。
流石だった。あとはもう大丈夫だろう。
「あれ、北ちゃん。もう行くのかい」
「もう大丈夫らしそうだからな」
「それは結構」
僕は席から立ち上がる。
「そやから言うたやろ、混んどるて」
と、同時である。
カフェに男三人組が入店してきた。
そんなこと、ありふれたこと過ぎて足を止める理由にはならない。普通ならば。
だがそれは入ってきた男たちが比較的、普通だったらの話だ。
夢泉学園。
普通がいるなんて、あり得ない。
男たち三人組はみな、深緑の紬を着ていた。見慣れない格好。先程の声の主は、先頭を歩く短い紅、赤髪の男だろう。
「なんどいや。作高の生徒は弱そうな奴ばっかりやな」
カフェ全体を見通し、同じ男が冷笑した。
播州弁を扱う、ズカズカと踏み込んでくる異質なグループ。第三高校の生徒ではないらしい。そりゃそうか。
「なあ冬樹原、アレはなに? もしかしてとは思わないが、お前の友達?」
「違うよ」
席にもう一度座る。彼らに聞こえない様に小声で、彼女に聞く。
「ありゃあれさ。第四高校の生徒だよ。高校ごとに職業柄の出る服が制服として指定されてるでしょ?」
「まあ、うん。作高は自由だけれど」
「まあでも、第四高校は違う。紬が制服」
「第四高校……は何の職業だっけか」
「設定された職業は《教職》だネ」
……まじかよ。