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03 勝負

 入学初日であるため授業は行わず、氷室先生が始めたミニゲームを終えると、すぐに帰宅の許可が出された。


 ミニゲーム後の短いホームルームで配られたプリントを黒の鞄に詰め込む。配られたプリントにはこの島に住む上での規則や、高校での校則やらの説明が書かれていた。重要なモノだ。あとで一通り確認することにしよう。


「よし、準備オーケー」


 窓から差し込む斜陽が、僕の手元を紅に染めていく。


「あ、あの……冬樹原さん。今からみんなで、本格的な自己紹介をしつつ創作について語り合う会みたいなのを行おうと思うんですが。来ませんか?」


 隣では、爽やかイケメン野郎が冬樹原をナンパしていた。もっとも別に。コレはナンパみたいにいかがわしいことではないし、誘われないボクが嫉妬して勝手にそう言っているだけなんだが。


 黒髪黒目、高身長の爽やかクンだった。

 あのミニゲームで、彼は自分の名前を出していた気がする……。

 確か『石山流いしやまる康太こうた』。


 と、カッコよく言えれば良かったのだが、暗記力のない僕は、こんな風に流暢に名前なんて出てこない。

 たださっき配られた顔写真付きの名簿プリントと照らし合わせただけである。


「結構だよ。ワチはこれから用事があるからね」


「よ、用事ですか。ああ、顔を出す程度でも構わないです。それに、既にプロ作家の冬樹原さんが来てくれると、みんな一緒に活が出て仲良くなれるかなって」


「ふーん、それなら尚更。ダメだよ」


「え?」


 行けばいいのにと思いつつ、横目で彼女たちを観察する。なんとか爽やか石山流は冬樹原を連れていきたいらしかった。


「作家志望が馴れ合うなんて、傷を舐めあうだけで……何のタメにはならないよ。まあ人それぞれだと思うけどね。ワチはただ、そうは思わないってだけで」


 それにしても、やはり蒼髪の童顔少女のコトバは、随分と平坦なトーンだな。人形みたいで、または機械らしくもある。


「だから行かない。用事もあるしさ。もし僕ちゃんが出演料として、仮に『五百万円』払ってくれるのなら、考えなくもないね」


「……分かりました。じゃあまた今度、誘いますね」


 石山流は鞄を持って、そのまま他のクラスメイトたちと教室を後にした。

 若干爽やかクンの顔が引きつっていたのだが、そのことを彼女はしっかりと認識しているのだろうか。それにしても、冬樹原は性格が悪い。

 僕のことをストーカー扱いしてきたのは、その最たる例だが……。出演料として五百万て、どんな大物芸人だよ。


 いろいろと鬱憤が溜まっていたのかもしれない。

 自分の意識外で、本能的に僕は彼女に対し口を出していた。


「おい冬樹原。行けば良かっただろう?」


「ワチの話を北ちゃんは聞いていなかったのかい。用事がある、と言ったと思うのだけれど。それも、しっかりとね」


「いやそうだけどさ。でも今日は高校初日だぜ? 作家志望以前に、クラスメイトとして仲良くなるためにだな。こういうのに誘われた場合はしっかりと行っておくべきだよ」


「へえ。じゃあなんで北ちゃんはいかないのかな?」


 天然なのか意図的なのか分からないが、少なくともその言葉は狭間北にとって“凶器”であることに間違いはなかった。


「あ」


 少し遅れて、彼女が体を硬直させたまま言った。


「そうだったね。北ちゃんはあのミニゲームでもボロボロで、『唯一先生に勝てなかった』のだったっけか。だから、誘われてすらいないってことなのかな?」


「……余計なお世話だよ」


「まあワチにストーカーしてくるぐらいだし、既に北ちゃんはワチの中で変人というレッテルを貼っているし。今更なんとも思わないけど。ネ」


 どうやら僕は、まだ彼女の中でストーカーだと勘違いされているらしい。本当に勘弁してほしいものだ。もし冬樹原がそのことをクラスメイトに漏らした時には、僕は高校生活を早々にリタイアしなければいけなくなるからな。

 夢の高校生活が一週間にして終了とか。冗談にすらならない。しかしどうだろう。彼女は人の言うことを聞くタイプだろうか?


 違うだろう。


 だから、僕がいまここで何か彼女を説得しようとしたって無駄だ。自然にその事を忘れてもらうしかない。鞄を持って、席から離れる。

 今日から住むことになる第三高校一年生用の寮へ向かう。


「何をしているのかな、北ちゃん」


 向かおうと思った。しかし背後から彼女が呼び止めてきたので、教室と廊下の境界線で踵を返した。冬樹原の方へと振り返る。


「なにさ」


「ワチの用事があるって言っただろう」


 逆行。冬樹原の体の奥に太陽が隠れ、光がこもれ溢れ出していた。


「言っていたな。ならば僕をここに呼び止めているなんかせずに、早く用事を済ませにいった方がいいだろうな」


「違うよ。何もかも、違う」


「どこがさ」


 僕は聞いた。


「ワチの用事というのは、君についてだからだよ」

 彼女はそう言った。


「僕に用事だって? そりゃ一体全体、わけがわからないな。僕としては早く帰りたいところなんだが。まだこれから住む寮に足を踏み入れてすらいないのに」


「それで結構」


 冬樹原の翠眼を覗く。……それが本気の眼差しであることは、いくらボクでも読み取れてしまったわけだが。さて、どうする。


 僕がそう悩み続けていると、ゆっくりと、ジリジリと彼女が距離をつめてきた。

 既視感。デジャブを感じる。


「……」


 目を瞑って、開いた。

 言葉をなんとかひねり出す。


「それで何の用だって言うのさ。この僕に」


 これが最適解かはともかく、聞くべき事であった事に間違いはないはずだ。


「何の用? そう聞かれれば簡単に話はまとまるね。実際にそれは簡単だから。ワチが君にある用事というのはそうだね、知的好奇心から来るものだよ」


「端的に」


「うん。氷室先生が提案したあのミニゲームを、今度は 《手を抜かず》 本気でやってほしのだよ。もちろん、私が相手になる」


手を抜かず、本気で?


「……へえ、面白いことを言う。アンタはこの僕にどんな期待を寄せているか分からないけれど、僕は至って普通の落ちこぼれだぞ? あのミニゲームすら、本気になってもクリア出来ないような完璧な落ちこぼれだ」


 何を言われているのかさっぱりだった。

 さきほど氷室先生主導で行われたオリエンテーション……簡単なミニゲーム。

 それを僕は失敗したのだ。

 氷室先生が出した自信の設定は『殺傷能力の高い攻撃ほど威力を軽減するバリアをまとう』。

 これだけ。

 それに対して、僕は『めちゃくちゃ強い攻撃する』。テンパっていたのだろう。

 取り敢えず強い攻撃するという脳筋精神的な設定を言い出してしまったのだ。

 故に氷室先生が出した答えは『私の勝ち』。


 あまりの能無しさに、クラスでは失笑が起こっていた。めちゃくちゃ強い攻撃をカウンターされた気分だ。


「御託は良い。ワチは────騙せないよ。君があのミニゲームで凡才を演じていたことは分かっている」


 ……どうやら彼女は、僕のことを『自分の実力を隠す、実は最強系主人公』か何かと勘違いしているらしい。

 だが残念ながら、僕は完璧なまでの凡人なんだよなあ。


「騙せない、と言われても。僕はまだ噓なんてついていないしな。それにあんな恥をかいたゲーム、やりたくないね」


「大丈夫、北ちゃんが勝ったら、チューしてあげる。それかプレゼントを贈ってあげるよ。それかそれか、北ちゃんの作品を読んでアドバイスをしてあげるよ」


「要らない、全部要らない」


「……」


 全てを拒否してみると、冬樹原は一旦黙って、それから切り替えたのか再びしゃべり始めた。


「ルールは簡単さ。さっきのミニゲーム『最強キャラクター造形』を少し改変した、ちょっと難しいお遊びだよ」


「おい。人の話を聞け」


 冬樹原は途端に都合よく僕の声が聞こえなくなった様子。随分と良い耳してるな。


「ワチと北ちゃんにそれぞれ、体力と攻撃力、防御力を10与える。設定を追加出来る文字数は五文字までだ。今から渡す紙に設定を書いて、同時に見せ合う。それから、それぞれが先に攻撃したと仮定した時。────どちらが相手を殺せたか、死なせたかどうかで勝敗を決める。どうだい?」


 どうだい。と聞くが、選択肢があるわけではないだろう。

 もう、逃げるにも逃げれない。仕方がない。


「……分かったよ。別にいい、やるよ。だけどダメージ計算はどうするのさ」


「最も単純なアルテリオス計算式を使う。そしてもちロンダリング……」


「モチロンダリング?」


「もちろん、もう一度言うけど勝敗は相手を殺した方が勝ち」


 ともかくアルテリオス計算式というのは、攻撃力から防御力を引いた数字が、ダメージになるっていうアレ。

 そして相手のHPを0にすれば勝ち。

 


「分かった」


 僕はさきほど彼女が告げたルールを思い返す。


 確か……設定を追加出来るのは五文字までだったか。体力、攻撃力、防御力はそれぞれ初期値が十。追加する設定は、同時に見せ合う。


 ……ふむ。


「これが紙ね。ワチのノートの切れ端さ」


「オーケー。設定を書く時は別に、ボールペンでも良いよな?」


「なんでもいいよ」


 つまるところ、攻撃力を設定で追加しない限りはダメージが入らない計算になる。または『防御力無視』とかが、妥当な設定の案といったところ。

 しかしそうすると、相手が攻撃力を増やしてきた場合、コチラも突破されて────両方が勝って負けて、引き分けになってしまう。

 

 肉弾戦の水掛け論だ。……この使い方合ってるのか?


「準備は出来たかい?」


「待て、考えてから書くから」


「既にワチは書いたよ」


 冬樹原はそう言って、紙の切れ端を僕の視線の端でちらつかせていた。そこに書かれた設定が見えないものかと一瞥したが、ダメだった。

 見えない。


「……」


 筆箱から取り出したボールペンで紙の切れ端に『設定』を書いた。隠しはしない。別に見られたところで、彼女は既に設定を書いているし、流石に僕の設定を見て直すということもしないだろうと判断したからだ。


「準備は出来たようだね」


 最も、彼女もそんなセコい真似をする気はないのか、見てこなかったのだが。


「ああ」


 彼女はなんだか特別意気込んでいる様子だった。僕もある程度はしっかりやるとは言ったが、実はそんなことない。だから無駄に期待してもらっては困る。きっとヤツにとって僕の設定は期待外れになるだろう。……というか、そんな設定を書いたのだ。


 勝つ気はないし、“負けない“なんてことは有り得ない。


「はいはい」


「せーのっ」


 掛け声と同時に、僕たちは紙切れを見せ合う。彼女の紙には『敵に死付与』とだけ書かれていた。なんだそりゃ。


「なんだこれ?」


「敵に死付与。つまり北ちゃんに死を付与するのさ。防御力も、無敵も関係無しで生物ならばただ無抵抗に死んでしまう。そんな設定を“相手”に付与したのだよ」


 相手に設定を追加することも出来るのか、僕はなるほどと思った。このゲームのポイント、分水嶺しょうりじょうけんは相手を殺すこと。

 HPを0にしなくたっていいんだ。

 だがその設定だと、


「……ま、どうやら。北ちゃんの設定ならば、ワチの設定付与は意味がなくなってしまったかもしれないけどね」


 冬樹原が僕の設定を読み上げる。


「……死ぬと蘇生ねえ」


 そう。僕の考えた設定は、そういうモノであった。死んでしまった場合、世界のルールとして、理として僕は蘇生され復活する事が出来る。


「これなら僕は死んでも生き返る」


「でも死んだら負けのゲームなんだから、一回死んだ時点で北ちゃんの負け決定────だから、その設定は意味ないとワチは思うのだけれど」


「その通りさ」


 コチラの意味不明な設定を見て肝を潰したのか、彼女は硬直する。

 そう。この付与したルールに意味なんてない。

 勝機など最初から捨ててる。

 正気なんてない。


「は?」


「僕は死ぬたびに君に負ける。勝利の道なんて無い。敗北しかない。そんなキャラクターの能力設定。そして更に言ってしまえば、『“何度でも負けれる”』」


 僕が物凄い頭の切れる、学園頭脳バトル系のラノベ主人公ならば……きっと、この勝負に勝つことが出来たのだろう。しかし分かりきっているが、自分はそうじゃない。


 先天性の、生粋の負け犬だ。


 分かりきっている。


 だから僕は。


 絶対に勝てないし、絶対に“負けないことのない“負け犬とかいう、なんともフザけた設定にしたのだ。加えて『彼女にとって一番つまらないであろう、僕に興味を失うであろう設定』でもある。



────ホント、ぼくも思うさ。


 ────心底信じられないぐらい、


  ─────フザけている、ってね。



 だからこそ、こんな勝負にだって、僕の言葉の全てにだって意味はない。


「ここまですれば分かっただろう。僕は君に勝つことなんて出来ない」


 冬樹原はため息をついた。


「……はあ、やれやれ。ココで北ちゃんの真の実力が暴ける! 実力を隠した事なかれ主義の主人公覚醒。だと思ってたのにー。ちょっとツメが甘かったかな」


「隠された実力て……、この世界は学園頭脳戦ライトノベルか? アンタはそういうラノベ作家か? そういえばアンタ、現役作家だったよな」


「そうだよ。超人気のね。だから相手の人格・能力・実力を想像し予測するなんてお手の物さ」


「じゃあそんな超人気の現役作家さんに一つアドバイス……みたいなことをしてみるけどさ。アンタは妄想、予測なんてする前に……まず現実的な観察眼を鍛えたほうがいいと思う」


「というと?」


 的外れなコメントをする現役作家に、失礼ながらアドバイスをしてみる。


「どうやらアンタは僕が凄い実力者だって想像していたみたいだけれど」


 それは全くの誤解であり、


「僕はアンタがわざわざ時間をかけてまで試すほど、大した人間じゃあないっていうことだ。普通であることには事欠かない、狭間北はただのしがない作家志望のありふれた高校生なんだから」


 そうだ。

 実にまことに、その通りなのである。

 どこにでもありふれていて、

 他の生徒と入れ替わっていても誰も気づかないような、そんな、



 ───代替可能な少年。



 それこそがぼく、狭間北なのだ。


 だから、


 凡人を隠れた天才か何かと勘違いして時間を使うなんて、無駄にも程がある。


 想像力を鍛えるより先に、人を見る目は養っておいたほうがいい。それは僕が昔から持っている、一つの考え方であった。


 現実に目を向けろ。


「……ふーん、しかと目に焼き付けておくよ。その音をね」


「なんだその表現。目に焼き付ける、音を……?」


「ワチが好きな表現だよ、ウェットに富んでいるよね。げえーって耳鳴りするぐらい面白いね」


 何が面白いのか、そして何が言いたいのか。

 僕にはやはり、想像もつかなかった。


「じゃあ、今度こそ帰る」


「うん。ばいばい、ストーカーの北ちゃん」


 だから、僕はストーカーじゃないのだが……。教室を後にして、僕はある所へと歩みを進めるのであった。

 と、その前、振り向きざまに。


「それと一応言っておくけど、ワチは────ラブコメ作家だから」

 冬樹原は衝撃の事実を吐露してきた。


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