29 化け物
「あ?」
その突然の質問に、どうやって答えようか迷った。
オレは昔から誰よりも強く、更に対峙したヤツらがどんな人間なのか即座に理解してきた。
狭間北という人間だけよく分からないままだった。
お前は誰や。君は何者や。
────最初にカフェで会った時は、少し優秀な人間、もしくは冬樹原に寄生する金魚の糞みたいなものかと感じていたが。
次に三人組として会った時、コイツの雰囲気は全くといって違った。
殺意。ではないかもしれないが……明確な敵意が、常人なら出せないオーラが彼の体から滲み出ていたし、間違いなくヤバイ奴やと確信した。
だが今会って、また変わった。俺の体力を遥かに凌駕し
“コイツはヤベえなんてどころのレベルじゃない”。
間違いなく、今まで出会った中で段違い。人間かとすら疑う……そう、まさしく《化け物》。
だが、ひるむんやい。オレはコイツを倒す。
よって、導き出される答えは────ああ、一つや。
「君は化け物やろ。間違いなく、体力オバケやしな。だが」
「だが?」
緩慢に首をかしげる、瞳に映る少年を嚙みつくように見つめた。
「オレはそんな化け物を喰らって育つ、更なる化け物や」
「そっか」
あ?
「良かった」
少年が嘲る。
「まだ僕のことを────勝てる相手だと認識してくれる人がいて」
その言葉にぞわりと、体が震えた。悪寒か。
この小動物みたいな図体をする死神野郎にオレはビビったんか……?
それは笑いごとやな。
「まあ安心せいや。そんな戯言いえんぐらいには、戯れたる」
五ターン目の始まりを告げるバイブレーションがスマートウォッチから鳴る。
「っやったるでえ!」
俺がまず第一歩を踏み出す。最初からかっ飛ばし、彼の右頬に向って、左拳のストレートを放つ。と思いきや、それを囮にして右脚からの回し蹴り。
「うお?」
あしらうように彼が避ける。
まだまだその程度じゃ、済まないぜ!
拳を飛ばし、また飛ばし、更に飛ばす。
それから飛び蹴りを繰り出す。
「まだまだぁ!」
「ほい、ほーら、ほいほい、危ない危ない」
だがソレらの攻撃はすべて避けられてしまう。まるでココにいる狭間は幻影なんじゃないか、霧なんじゃないかと錯覚してしまうほどに当たらなかった。
……イラつくヤツやで、ほんまになあ!
「ちっ、反撃してこいよ、なあ!!」
攻撃する。それから避けられる。
また攻撃する。それから、また避けられる。
殴っても殴っても空回りするばかろで、自分の体力が減っていくばかりで、全くもって当たる気配がなかった。
徐々に、更に彼の認識を改めていくことになる。
「はあ、はあ……どやらオレは、君への認識をまた改めへんといけんらしいな」
「というと?」
「君は上級の肉やと思っていたが。ちゃう、とびっきりの上級や。ええ肉や。……喰えたら、相当オレの糧になるやろな」
「つまり、“喰えたら“という話だろう? なら気の毒だけれど、残念。そんなことは有り得ない。君が僕に勝てるとは、到底思えないからね」
苛立ちが増す、あまり感情にコントロールされるのは嫌いやが……相手によってはそうせざるを得ないのかもしれない。
「あぁ、くそ。イライラするぜ、全くよお!」
だが攻撃は当たらない。どうにもならない。
「なあ、畦道」
「……」
「アンタって大口叩いていたわりには、弱いんだな?」
苛立つからもう、無視しようと思っていた。
そっちの方が集中出来るやろし、いいと思っていた。
だが、ああ、それだけはダメやった。
……怒りが、閾値を飛び越える。
「ええで、君がその気なら……オレも殺す気でやったるわ。もし死んだらゴメンな?」
まさかコレを使う時が来るとは信じたくなかったが、そこまで煽られてちゃあ出るとこ出るだけや。
懐から果物ナイフを取り出し、右手で力強く握りしめる。
「へえ、ナイフか」
ここまでしているのに、未だ彼は動じる素振りを見せん。
正直恐ろしい、恐怖に駆られる。
だからこそ、それを『明確な殺意』で押し潰す。
「なんや、ビビらんのか?」
「だって、ただのナイフじゃないか。刺せば人は確かに殺せるが、刺さなければ殺せないんだぜ? そんな凶器のどこが怖いって話さ」
「は、そーゆー考え方もあるんやな、俺には理解できん。だがそれでいい。理解不能の障害物は潰して終わりや」
随分と長く格闘をしていた。
五ターン目終わりまで後、大体三分に迫っている。
「やったるで、あぁ!」
今日一番の全速力で彼に迫る。
君の背後は崖、行き止まりや。
避けるのなら左右しかない。
……右か左、どちらに避けるんか。
それは分からん。
それに見てから反応するのじゃ追いつけん。
「っと」
つまり二分の一を予想して、先取り────『右』やッ! 彼の右、懐にスライディングして高速で侵入する。
「やるじゃん」
「これからやで、本番はよお!」
「確かに?」
スライディングから立ち上がり、彼の脚を両手でつかみ上げて態勢を崩そうとする……が、寸での所で回避行動を取られる。
だから俺は素早くナイフを持った手を可動させる。
「終わりや!」
脚への攻撃は避けた彼だが、これは顔面に向けていた。避けれるはずがないんや。だが彼は俺の体を地面代わりに脚で蹴り、無理やりに体をねじってナイフを避ける。
もはや笑えてくる。
「まじかよ……君、ホントに人間なんか?」
「一応、人間を卒業しているつもりは無いから」
俺がナイフを握ってから、コイツは更に動きの機敏さが増しとる。
冗談抜きで、笑えん。
「まあええよ」
「なんだって?」
でも、もうそんなことは構わん。なに。
「なに、目的はもう果たしたんやからな────」
持っていたナイフが、ヤツの持っていたPカプセルを突く。落とす。それから、俺が拾った。……そう、彼が持っていた残り一つのカプセルを俺が奪った。
これで少なくとも0ポイントはなくなる。
これさえあれば。
「まじか」
後方へジャンプして、彼と距離をとる。
即座にカプセルを開けて中のQRコードを読み取った。
スマートウォッチで読み取る……のだが。
『これは使用済みです』
警告音らしい機械音声が流れた。
瞬間的に事態を飲み込む。また、ハメられたのか……コイツに。
「まあ、確かにあれだけ膨大な数のPカプセルを使うには時間が足りなすぎた。でも、一個読み取るぐらいなら余裕なのさ。それぐらい、アンタでも分かるだろ?」
五ターン目においての、俺らの行動時間が終わるバイブレーションが森に響き渡った。
……何度、俺はコイツに笑われれば気が済むのやろか。
「どうだい、簡単な話だろ?」
煽るかのように、彼が目の前でスマートウォッチを見せてくる。
そこには『10ポイント』と表示されていた。
なるほど。……なるほどなあ、これが君なりのラストバトルってわけか。
「ほら、アンタの好きな勝負をしようぜ。命賭けのさ」
「ああ、分かっとるよ────ああ、やろうや」
カミングアウトする必要さえない。
コイツはお見通しなんや。
俺の役職が《略奪者》であると。
「だが一つだけ君に聞きたい、アンタ。いつから俺が略奪者だって気付いた?」
「本気で直接殴る気が、感じられなかった。そのことかな。……触れちゃダメに決まっているからね、だってその時点で力を使っちゃうから」
「……いやいやな、役職の能力には、スマートウォッチ側面ボタンを押す必要があるやろ……俺はまだ押してへんし、そうとは限らんやろ」
「僕は見ていたよ」
「あ?」
狭間北がスマートウォッチのボタンを指差して、
「君が試験スタートと同時に、側面ボタンを押していた瞬間をね。いつでも力を行使できるように、わざわざ最初から準備していた」
「……よく見とるやんか」
「大丈夫、それぐらいは最低事項だよ」
軽く彼が口を開く。まるで冗談を放つみたいに、現実を述べる。
……これが最低事項ね。ハードルの高い男や。
「じゃあ逆に聞いてもええか?」
「いいよ」
「アンタの役職は何や」
ドストレートに聞く。
とはいっても、この質問は自分でも考えられる。なにせ俺と彼は同じ十五分の行動時間だったからや。その時点で平凡者という選択肢はなくなる。
よって必然的に、選択肢は研究者か略奪者の二択になるちゅーわけ。
彼は俺の行く手にあるPカプセルを一つの取りこぼしもなく、回収するという神業を見せた。だから……正直な話、一択に決まっとるんや。
「別に今更隠すことじゃないし、答えていいかな」
周囲にPカプセルがあれば感知する能力を持つ、研究者にな。
でも、やっぱり、コイツのことだから……。
「僕の役職はそう、『略奪者』だよ」
そうだと、思った。まさか本当にそうだと思わなかった、思いたくなかったんやが……これが現実だと受け止めるしかないやろう。
このバケモンが。
「やっぱそうだと思っとったが、それでも驚きは隠せんな」
略奪者ということは、Pカプセルを感知することなんてできない。だが彼はそれをやって見せた。神業なんて程度の低い比喩をしてはならない。
コイツは、何者なんだ────?
「じゃあ、もう一個聞かせてくれ」
「なにさ」
「君は一体、何者なんや」
さっき、俺は彼が何者なのか問われたので答えた。しかしこれは違う。この質問は、先程のクエスチョンのアンサー。解答編や。
常に余裕の表情でいる彼の正体。
俺に喰える化け物なのか、どうか。
「君を殺す、殺人鬼」
シニカルに嗤う狭間北は、静かに、雨音のようにポツポツとそう答えた。第六ターンが始まろうとしていた。




