24 試験開始
試験開始にあたっての注意事項やら、宣誓の言葉やら、つまらん試験開幕までの式を聞き流す。
試験で使うという専用のスマートウォッチはバスから降りる時に配られた。黒を基調としているが安っぽい。
スマートウォッチの側面を押すことで、それぞれの役職に対応した能力が使えるとのこと。ターンの制限時間がある役職に関しては、動き出すことで自動的に制限時間のタイマーが作動する仕組み。
「えー……試験の開始時刻は午前九時半、終了時刻は十一時半。閉会式が十一時四十五分からで……電子機器の持ち込みは禁止で……」
「はよ始めろや。つまらん」
四番地区端にある森一帯三十キロ四方が、今回の試験の舞台。
問題はない。ココは俺らに与えられたステージだ。
作高のヤツらは何も分かっておらん。この試験において必要なのは、体力でも、精神力でもねえ。土地勘だ。それこそがこの試験の結果を左右する、最も重要な要素。
商業施設の少ない四番地区で遊ぶと言ったら、やはり山。二週間もあれば四高の人間は一回ぐらいココの山で遊んどる。
だからオレらは既に四番地区の森つーものを理解しとるわけだ。
更にこの一週間……ここら一帯の土地を完璧に覚えるためにオレら四高は、四番地区の森林を一通り歩いて把握した。
アイツらは与えられた一週間、吞気に作戦でも考えていたことやろう。
オレらが森を散策していた時、作高のヤツらは一人とておらんかった。
唯一四番地区にやって来たあの三人組も、つまらんヤツしかいなかった。ちょっと遊んで良さそうなヤツは一人いたが、それだけ。
つまらない試験だ。
適当に遊んで終わらせたる。
「……どれだけ楽しませてくれるか、期待しとるで」
────狭間北クン。
つまらない式が終わって、つまらない試験が始まる。
オレの選んだ役職は《〇〇○》。まずは最初で、圧倒的な差をつけとる。
「ではみなさん、よろしいでしょうか」
第三高校と第四高校の生徒が団子をつくって、並ぶ。
「3……2……1。スタート」
瞬間、オレはスタートウォッチの側面にあるスイッチを“押し”、走り出した。
◇
ついに試験が始まった。駆け出す者は駆け出し、様子を見る者は様子を見守る。僕はスタート地点に残る。
まず一ターン目の動きとしては、大体二択に分かれる。
初動で一気に前人未到の森の奥まで進み、他の人が追いついてくる前にPカプセルを探す。それか、まずは近くのところから慎重に探っていくか。
単純に分ければその二つだ。役職の違いなどを考慮し考えると無限に細分化可能だが、大まかに言ってしまうとそれしかない。
「さてっと」
「あれ、北ちゃんはいかないのかい?」
「大丈夫。遅れて行くから。アンタはそれより、王楼地との勝負に集中した方が良い」
「それもそだね。じゃ、健闘を祈るよ。また……」
「ちょっと待て。確認したいことが一つある────」
僕は冬樹原に進むルートの確認だけをした。
緊急事態になった時のためだ。
「じゃ、またね」
話を終えると開幕でダッシュしていった王楼地の後を追いかけるように、冬樹原も森の奥に入っていった。一旦落ち着いてから森へ向かう生徒たちを見る。
……一応、今回の試験にあたって試験の行動範囲となる『四番地区の森林一帯』、その地形情報をきっちりかっちり暗記した。
暗記力のない僕にしては頑張ったほうだ。
だがまだ現地に赴いてはいない。
不確定な部分もある。
だからこそ、“森に向かう四高の生徒を見て“、見極める。
「四高のリーダー……アゼミチ、ね。僕を楽しませてくれよ」
彼は頭の回転が早そうだし、勿論この試験は作戦勝ちも可能だが、最適解ではない。
土地勘がものを言う勝負でもある。
だから畦道は単純にばらけるより、崖などがなく進みやすいルートを選択し、四高の生徒たちをそこらへ進むように指示しているだろう。見れば分かる。
「……北西方向に向かった生徒はまばらか、それに体格の良い人たちばかり」
よし。僕はみんなより少し遅れて走り出す。行くぞ、北西方向の森へ。北西方向の森は体格の良い生徒小数が向かっている────つまり足場が良くなく、運動神経がある程度ないと進めない道だと予想した。
記憶と合致する。
大丈夫だ。
「やあ、調子は?」
と、その時。僕の隣に並走するように一人の黒髪男が現れた。
「えーっと、名前は……」
「暁士道や。で、どう。調子は?」
「まあまあ、普通よりの良い……かな」
暁士道、なるほど。カフェでアゼミチよりも印象を放っていた、リーダー気質のあった生徒だ。いつの間にか四高のリーダーはアゼミチになっていたが……。
でもわざわざ、なんで僕に接触してくるか分からない。
警戒されているのだろうか。
「調子ええ、そりゃ良いことやな」
「はあ、どうも。で……何の用すか」
「今回オレは適当にこの試験をパスするけれど、そんなことしとる強いヤツらは万とおる。アゼミチくんぐらいならええけど、あまり喧嘩は売らん方がええで」
黒髪男、暁士道はなんと僕に忠告してきた。どうやらアゼミチという生徒は四高で、僕とのあの出来事を漏らしているぽかった。それがどうしてか『僕が喧嘩を売った』なんてコトに変わって伝えられているが。
「忠告に感謝するよ。でも安心してほしい」
「あ?」
「ちゃんと僕は、ツエーからさ」
「ほお、……自信家やな。ほなこの試験の結果、楽しみにしとるで」
「楽しめるように善処する」
「フッ」
薄く笑われた。
「失礼かもしれないけど、一応こっちも聞いていいよな?」
「なんや」
もうすぐで森に突入する、そこで僕は彼を引き離すつもりだ。だから言葉を交わすことの許される時間も、あと数秒ぐらいしか残されていない。
最初にして最後の質問だ。
「暁士道。何故アンタがわざと、リーダーの座から下りた?」
前を向いて走る。横を行く彼の表情はあえて、見ない。
「アゼミチくんは確かに優秀かもしれん。やがな、俺らのクラスにはそんなの比じゃない生徒を抱えとる。その生徒の真価を彼は分かっとらん」
「……はあ、その生徒の名前は?」
つまりいずれ、その生徒がクラスを支配することになるから……ある意味、確信みたいなものがあって、リーダーの座を下りたってわけか。
「教えたってもええけど、無駄やと思うで」
「そりゃどうして?」
「そりゃ──」
そこまで聞いた所で森に突入してしまった。
暁とは別の道をいく。先が聞きたい所だが、試験の先の方が大切だ。
にしても深い深い森だ。
ここから並走して走ろうとすると、いくら運動神経が抜群な生徒でも厳しいものがあるだろう。常に百パーセントの力で走ろうとすれば、それこそ至難の業だ。
僕は彼から離れ、加速していく。地面に深く固定された木の幹に足裏を当てて、加速していく。
「……よし」
全速力で駆けている────から、すぐさま先陣を切った四高校の生徒たちが見えてくる。オーケー。
脳によぎる前の体育の授業。
アレは正直、ふざけすぎた。
だから今回は真剣に。
真剣に挑む。
先の足場に目をやった。
……前方五十メートル先。だいたい勾配二十%程度の坂があった。鋭利で巨大な岩々が立ち並んでいるし、一筋縄ではいかなそうだ。現に四高の生徒たちが苦しそうに登っているからな。
迂回路はありそうだが、見渡す限りでは岩山が広がっているばかり……この坂を越える以外に道はない。
「っし」
空気を吸い込む。
坂が眼前まで迫る。
地面を強く踏み込んで、ジャンプする。
これぐらいは経験と感覚で進んでいけるのだ。
「うお、マジかよっ!」
「アイツ化け物か……?」
飛び越えられる岩の段差は飛び越え、厳しいところには手を掛けて腕力でよじ登る。登りきった先に一つ、黄色のカプセルが落ちていた。
「ふう、これがPカプセルか」
カプセルを開けると、中にはQRコードが入っていた。……素早くスマートウォッチで読み取り、元に戻す。
時間稼ぎの為にも、これを『僕が見逃してしまったカプセル』と思わせるために、木々の奥に入れておく。気が付かれなくて意味がない可能性もあるが、大して時間も使わないし、損はないだろう。
『5ポイントゲット!』
スマートウォッチが振動し、ディスプレイに小さく表示された。
「もっとスピーディーにいかないとな」
一ターン残り時間は、七分。




