19 試験にむけて
「にしても、北ちゃんにしては……あの場を収めるのに、エスプリの効いた提案をしてきたよね」
「どうだかね」
「ワチと王楼地の喧嘩を形式的な勝負に発展させ、勝負の場所を今回の試験にあてる。すると問題児である彼女が本気を出してワチに勝ちに来るだろうし、彼女を上手く試験に活用出来る」
「アンタ……いや、お前も大概問題児だと僕は思っているのだけれども」
カフェで僕はある提案をした。
それが冬樹原がいま告げたように『勝負』というモノである。このままだと仲直りは難しそうだし、犬猿の仲のまま何もせず試験に突入すれば、混乱の種になる可能性がある。
もっともこの試験、それが自分にとって直接マイナスを掛けることになるわけじゃあないが、後々のことを考えると……二人は捨てがたい。
だから、僕は『勝負』という案を提示した。
犬猿の仲進んで微妙な空気を生むのならば、それを突き詰めて、逆に試験への熱意に変えてもらおうという算段だ。冬樹原の話を信じるのならば、王楼地は頭が良いらしいからな。まあ推理小説を書くぐらいし、頭が冴えるのだろうよ。
ともかく、彼女に本気を出させれば僕たち一年二組の強さは拡大にあがる。だが彼女が本気を出した“だけ“じゃ意味がない。
『学園通学資格維持試験』。
今回行われる試験内で『平凡者』を選択しポイントを集め、クラスメイトに譲渡したポイントの総数が高いほうの勝ち。
ただの勝負ではなく、クラスメイトに影響を及ぼす勝利条件の勝負にする────そうすることで、彼女たちの力をクラスの為に最大限利用できるってわけだ。
「にしても、ワチが一番驚いたのはね」
「うん」
「北ちゃんが、この勝負をやる許可をクラスメイトに取れたことだよね」
「僕をなんだと思っているのさ……流石にそれぐらいは出来るよ。つっても、作戦会議に出席している古林にメールして、それを石山流に伝えてもらっただけなんだが」
あのカフェで提案した時に、僕は古林に『何があったのか、王楼地の話、これからしたいこと、勝負によるメリット』を出来るだけ分かりやすく書いた文章をメールで送信したのだ。
「古林クンが作戦会議に出席していて良かったねー」
「そうだな」
実際は書店にて、『何かあったら石山流に話を通せるように作戦会議に出席しておいてほしい』と古林にメールでお願いしていたわけだが。
彼女はそのことを知らないし、言う必要もない。そんなわけでグダってしまったが、僕の計画……その第一段階が完了するのであった。
◇
あれから作戦会議は進んでいるらしい。
役職決めの期限まで今日を含めてあと三日という土曜日のこと。今日は学校が休みなので、遅くまで寝ていたら……枕横に置いてスマホが振動した。
全く、朝早くからなんで過労の僕を起こそうとするのか。
「十時か、ん?」
スマホの画面に映る不在着信三十四件という文字。
「……多すぎだろ。僕はあれか、地雷系彼女ちゃんにでも依存されているのか? なーんてこと、あるわけないが」
なんて冗談かましてみるものの、よくよく考えれば、コイツはそんなヤツより質が悪いんじゃないか? 冬樹原有希。青い悪魔は恐ろしい化け物の典型例だ。……対処の方法がいので仕方がないし、仕方がない。
嫌だが、電話に出よう。
「こんな朝っぱらから何さ」
「あ、繋がった。おはよう。それとも、おそようってやつカナ?」
「そっちは元気そうでなによりです……僕はとんでもなく眠いよ」
「そう。北ちゃんなんてどうでもいいけどね」
どうでもいいなら電話してくるな。僕の快眠を邪魔するな!
「それより北ちゃん今日暇でしょ? ちょっと付き合ってもらいたいコトがあるのだけど。あ、もちのろんで手伝える? そうかい。そりゃあ嬉しい。じゃあ十一時に第四区の西公園で待っているよ」
「……は? え、おい。ちょっと待て。勝手に話を進めるなよ! って、もう切れてるし」
ほら、地雷系なんかより数億倍厄介なヤツだろ?
しかも第三区じゃなくて、わざわざ敵地ともいえる第四区の公園て……一体何を考えているか、あのアホ青髪さんは。
急にこじつけられた約束だ、別に反故したって構わないだろう。
だが僕の性格上、そんなことは忍びなくて出来ない。ソレを彼女はよく理解しているのだ。そんな性格を利用して彼女は……はあ、考えれば考えるほど、冬樹原の性格の悪さが際立ってくるな。
こっちから電話を掛けてみるが、当然かからない。
「第四区に十一時って、あと一時間しかねえじゃん。……第三区からのバス、何時だっけな」
ともかく着替えないと始まらない。僕はベッドから体を起こし、歯を磨き、洗顔し、それから外着に着替えた。
何をさせられるか分からないので────また前にみたいに追いかけっこさせられる可能性もあるし────出来るだけラフな格好にする。白のシャツの上に黒のアウター。下はただのジーパン。
「よし」
時刻はまだ十時十二分。間に合うな。
買い溜めしてある惣菜パンを冷蔵庫から取り出して、がっつく。ショルダーバッグに貴重品を突っ込んだ。服ヨシ。腹ヨシ。準備ヨシだ。
「これで良いだろう」
手短に全てを済ませて、僕は寮を出た。




