13 試験
木曜日。
忙しいと時間が過ぎるのは、とてもあっという間に感じる。この学校に入学してから、しみじみとそんなことを実感した。
広岡の退学が聞かされてから、はや三日が経過していた。
「やっほー北ちゃん」
「ああ、うん」
「“あれから”三日も経てば、もう平常運転って感じだね」
朝、教室に入るといつも通り机に足をのっけている冬樹原がいた。
「そうだな。クラスメイトが島から退去処分を受けて退学になってしまったと言えど、たった一週間の付き合いだったし」
「されど一週間とも言えるけどね」
「だが一週間だ。それに今回、クラスメイトたちが広岡の退学でざわついていたのは……彼が居なくなったことの悲しみじゃなくて、次は自分かもしれない。という保身心理だろうし。時が経てば風化する。それは当然よりも当たり前だよ」
「当然よりも……当たり前?」
彼女は僕の眼を見て、何を言っているのか? と伝えてくる。
僕も同感だ。僕はなんて意味不明な戯言を呟いているのか……。
「まあ、少なくともワチは広岡クンを心配したのだけどね。自己保身なんて考えずに、純粋にさ」
「そりゃご立派で結構。お味噌汁を御御御付と表現するよりも高尚で、とても立派なことだね」
「それに対して北ちゃんは、保身は……ともかく、心配どころか罪悪感の一つさえ感じていないのじゃないかな」
「それに対して、がちゃんと対比になっているのかはともかく」
朝早くに来すぎてしまった為、教室にいる生徒は僕と彼女二人だけである。
「もちろん、罪悪感は感じてない。……生きるのに必死で『罪悪感』なんて感じる暇がない、とも言えるけどね」
きっぱりと、僕は言う。
そこで会話は途切れた。
それから数十分が経過し、ホームルーム五分前にはほぼ全員の生徒が着席していた。いつもならば一分前になっても着席しない生徒がいるのだが、今日は違う。
昨晩、学校からのメールで『明日のホームルームで重大な通告をする』といった内容が皆に送られてきたからだ。
重大な通告。忘れかけていた広岡の退学を微かにでも脳裏に思い出させる。
だからか、生徒たちは皆静かに緊張感を保ち、席に座っていたのである。
感心してしまうね。はは。
「今日も元気そうだな、諸君。おはよう。月は隠れ、陽は昇る。今日も今日とても朝がやってくる」
黒マントで着飾る黒スーツの中二病教師は、緊張なんて知らねえよと────嘲るかの如く大きく扉を開けて教室へ現れた。
「昨晩、全員にメールで通達されていると思うが……重大な通告というか、これからについての話がある」
これからについて。
「ちゃんと聞けよ」
そのアドバイスはこの教室においては不要だろうな。……あまりにも、みんあが静かすぎるから。僕にしてみれば静寂が耳に痛い。
「にしても、重大な通告ってなんだろうね」
「さあ」
「北ちゃんなら、それぐらい予想出来たりすると思うけど」
「天才現役売れっ子ラブコメ作家の冬樹原さんなら予想出来ると思うけどな」
「っち」
……なんでだろうか。舌打ちって、ちょっと酷くないかい? 好感度下がりました、けど。
「そこ、静かに」
挙句の果てには注意されてしまった。理不尽だ。僕はただ話しかけられたから、返しただけなのに。
「さて、重大な通告の内容だが。単純だ。君たちには第四高校と合同で、ちょっと難しい試験をしてもらう。銘打って『学園通学資格維持試験』だ。カッコイイだろう?」
何か面倒ごとだろうなとは思っていたが、よりにもよって試験か……。しかも名前が長い長い。なんだそりゃ、と周りから声が上がってくる。
「この夢島の住民として相応しいか、三年間高校に通学する資格が現時点において維持できているのか。それらを総合的に判断する」
「……判断するって言っても、どういう風に判断するのですか先生! 命迫る二択、組み分け帽子でランダムに。なんてフザケタものじゃないですよね」
「安心しろ、零野」
レノレノの具体例はよく分からないが、運ゲーではないらしい。というか元々そんな試験方法は有り得ないのだが……順当に考えれば入試と同じように筆記テストか。
「この試験では、いわゆる『人生ゲーム』で四高と能力を、ポイントを競ってもらう。あえなく最下位になってしまった者は勿論、この高校に通学する資格が無いということで────退去・退学処分が下される」
違った。まさか、この試験は人生ゲームでポイントを競うという内容らしい。そんなキテレツな定期試験? いや、試験があるものなのか……少々驚く。
「最下位は退学、ですかっ!?」
「だが安心安全、アンド安堵しろ。これは四高との競い合いだ。四高の生徒を最下位にすることが出来れば、第三高校の生徒から退学者は出ない。もちろん、うちのクラスからもな」
なるほど……。
試験内容が人生ゲームなんてフザケた物なのを百歩譲って納得するとしても、相手は第四高校か。なんだか苦手意識があるんだよな……。カフェで彼らと遭ってから、僕は無性に彼らを嫌悪している。
教職に恨みがある、ってわけじゃあないのだけれど。
なんでだろうな、自分でも分からない。
「肝心のルールだが、人生ゲームとは言っても別に難しくない。ただの点取りゲーム。制限時間の中でポイントを取り合うものだ。これは生徒たちの戦略に対する思考力・純粋な運動能力・あらゆる観点からの総合力が問われる試験────」
そして、先生は続ける。
「言ってしまえば、デスゲームだ」
と。




